第8話 名前はタマ
タマ(仮称)が目覚めた。
奴隷商では倒れていて判らなかったが、目がクリクリしている猫耳美少女だった。
「ここはどこですか?」
どうやら奴隷商から買われたことも認識していなかったようだ。
「とりあえず、食え」
俺はタマに病人食を与えた。
宿屋の女将に用意させたそれは、オートミールという麦を柔らかく煮崩したものだろう。
味付けは薄い塩程度の病気でなければ食いたくもない代物だ。
「良いのですか? 食べてしまいますよ?」
いったい、どのような扱いを受けていたのだろうか?
それを食べてしまったら怒られると怯えているようだ。
こんな粗末な病人食、食べたからって誰も怒りはしない。
「ちょっと、待て」
そう言うとタマは泣きそうな顔になった。
いや、冷めきっているから魔法でちょっと温めるだけだ。
「ほら、温かくなった。さあ、食え」
その一言で我慢できなかったのか、タマは病人食に食らいついた。
「慌てて食べると胃がびっくりするぞ。
全部おまえのだからゆっくり食え」
「うん」
病人食を食べ終わったタマは、周囲をキョロキョロと観察しだした。
最初に宿に担ぎ込まれた様子からすると、劇的な回復だ。
「良かったタマちゃん。元気になったのね」
クレアがタマを思いっきりハグする。
タマはクレアの大きな双丘に顔を挟まれている。
うらやまけしからん。
だが、タマの手足がバタバタと暴れだした。
「おい、息が出来ないんじゃないか?」
「あ!」
おまえ、せっかく治したタマを殺す気か!
さすが残念さんだな!
クレアが離れ、タマはやっと一息ついた。
物理的にだがな。
そしてタマは不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「奴隷商から買ってくれたのですか?」
「ああ」
「タマは名前なのですか?」
「そうよタマちゃん」
いやそれは仮称なんだよ。残念さん。
「今日からタマですのね」
タマはそれが決定事項だと認識したようだ。
私の名前はタマ、私の名前はタマと、名前を記憶に刻みこもうとしている。
「本名で良いならそれでもかまわんが?」
そう提案するとタマは首を横に振って否定した。
「ご主人様からもらったタマが良いのです。
でも、タマは病気だったのです」
そう言いながらタマは首を傾げて俺とクレアを見る。
どうして治っているのかが不思議なのだろう。
おそらく自分でも死期が近いと悟っていたのだろう。
「俺が治したから安心しろ。
ただし、治療で溜まった魔力をどうにかしなければならん。
1日1回は必ず、あとは必要な時に魔力を吸うからな」
「ありがとうなのです。
ご主人様、奥様、タマは何の仕事をすれば良いのですか?」
「奥様って♪」
いやいや、クレアは俺の妻じゃないからね?
残念さんは浮かれているが、その態度がタマに誤解を与えるだろ!
それにこいつ、タマから魔力が吸えれば、自分がお払い箱ってわかってるのか?
「こいつは残念さんだ。
俺の妻ではない。だから奥様はやめるように。
そして、その魔力を吸わせることこそがタマの仕事だ」
「ザンネンさんだったのですね。
でも、魔力を吸うのはタマの治療なのです。
命を救ってもらったのにタマの仕事がないのです」
タマに残念さんと言われてクレアが落ち込む。
ざまあ。
だが、タマは治療以外に明確な仕事が無いと言われて戸惑っているようだ。
「奥様がいないのならば、タマは夜のお仕事をするのです」
「せんでいい!」
何を言い出すのか、この子は。
いったい誰がこんなことを吹き込んだ?
おい、残念さん、俺をロリコンを見るような目で見るな!
「ご主人様には皆そうするようにと教えられたのです」
あのマッコイだかマルコイだか(マルセロである)め!
年端も行かない子に変なことを教えやがって。
だが、何か仕事を考えないとタマが負い目を感じてしまうか。
「タマには野営での食事の支度を任せるつもりだ。
今は宿だから仕事がない。
それに病み上がりだ。旅の途中で倒れられたら俺が困る。
今はゆっくり静養しろ」
「わかったのです。料理は得意なのです」
「やった。これで野営食の心配がなくなるぅ」
え? まだ着いて来る気か?
タマが居れば用済みだってわかるよね?
あれだけ旅程を嫌がっていたからには、自分から辞めるって言い出すところだよね?
それに心配じゃなくなるって、俺の飯が不味かったってことか?
嫌なら食わなくて良いんだぞ?
まあ、良いか。
タマの病状が安定するまでは、魔力タンクの予備は必要か。
それに、タマが歩けなくなったら、こいつに背負わせれば良いか。
病み上がりだしな。そうしよう。
ただし、こいつ、野営でまだタダ飯を食う気だな。
「ああ、クレア、野営でこちらの飯を食うならば日給は大銅貨8枚に減額な」
「えー。
でもこの仕事がないと食い扶持が……」
クレアが何か言っているようだが聞こえなかった。
「わかったわ」
どうやら、クレアもまだ一緒に旅を続けるようだ。
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