第5話 小悪魔という名の悪魔1

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「ふふふ! 丹生くん、偶然だねぇ!」

「…………。偶然というのは、そう何度も発生するようなものでもないし、俺の後ろを尾行してきた奴が言う台詞じゃない気もするが……偶然だな」

「うぐっ」

 授業が終わった放課後に俺は件の公園に向かうかどうかを決めかねていた。

 その迷っている最中に町中をウロウロしていたのだが、どうも誰かに尾けられていると思って後ろを振り返ったところ――先の会話である。

 どうやら、イブリースが俺の後を勝手に尾けてきたらしい。彼女は女子の数人に部活を紹介してもらうという予定が入っていたはずなのだが、急遽キャンセルでもしたのだろうか。

「そもそも丹生くんが悪いんだよ! 私がお昼休みにあれだけアタックを仕掛けたのに全て知らぬ存ぜぬで貫き通しちゃうし! そうなってくると、丹生くんの悩みが何かって凄く気になっちゃうじゃない! 友達には『丹生くんが気になる!』って色々と端折って言ったら、変な勘違いされちゃったし! 『気になるなら、ドーンとアタックしてきなさい!』って絶対違う意味に受け取られて送り出されたし! どうしてくれるの、丹生くん!」

「いや、そこは端折るなよ。俺のせいじゃないだろ、それ」

 しかし、これで昼休みの怪しい行動の意味が分かった。

 一人で考え事をしたかったので、冬場で人のいない中庭でパンと飲み物だけという簡素な食事を摂っていたのだが、そこにも「偶然だね!」とイブリースは現れたのだ。

 そして、根掘り葉掘りと俺の悩みを聞いてくる。

 俺はその質問責めを適当にはぐらかしていたのだが、どうもそれが彼女は気に入らなかったようだ。放課後まで粘ってくるとは、見上げた根性である。

「とにかく、丹生くんの悩みをお姉さんに打ち明けるんだよ! その悩みをズバッと解決してあげるからね!」

「同い年だろ。お姉さんじゃないし」

「そこは良いの! とにかく、丹生くんの悩み相談を受けない限り、私は帰らないよ! 丹生くんの家にまで乗り込む所存だよ!」

「どういう脅し方だよ……」

 地味に嫌なのが、ムカつくな。

 これは、何かしら適当な相談でもして煙に巻くしかないか。

 公園は……今日は諦めよう。

(あっさりと諦めがついたのは、きっと行かない理由を探していたからだろうな……)

 惜しいような惜しくないような複雑な感情が入り混じる。覚悟を決めるにも、そうでないにしても、何かしらの理由が欲しかったのだろう。優柔不断な男だな、俺は。

「そうだな。イブリースは金持ってるか?」

「何? カツアゲ? 丹生くんって実は怖い人?」

「違う。その辺の店に入って話そうと思っただけだ」

「三十円ぐらいならあるよ?」

「日本の物価を嘗めるなよ?」

 昼御飯を買った後の釣り銭レベルの所持金って何だよ。ルーマニア通貨レウを両替し忘れているのか?

「仕方ない。なら、今回は俺が奢ってやる」

「わーい」

 わーいって子供か。

 俺はハンバーガーのチェーン店で安い珈琲でも奢ってやるつもりで歩き出そうとしたのだが、ぐいっとイブリースに腕を取られる。

「奢ってくれるなら、あっちがいいな!」

「…………」

 イブリースが指し示した方向には、緑色のセイレーンのマークの珈琲屋。

 奢ると聞いた瞬間に高い方を要求してくる辺り、彼女は一度辞書で『慎ましい』という言葉を調べた方が良いのではないだろうか。

 それが、彼女の為であり、俺の財布の為でもあると思うのだがどうだろう。

「ほら、私の転校祝いとしてさ。ぱーっとやっちゃおう」

「誰の金だと思っているんだ?」

「丹生くん?」

「一応、正常な判断は出来るらしいな。疑問形なのはさておいて」

「でも、ほら、こんな美少女とお茶しながら、お喋り出来るんだよ? フランペチーノにケーキまで付けちゃおうって気にならない? 私のパパは喜んで出してくれるんだけど?」

 何のパパか聞いて良いか、それ?

 本物の父親だよな?

「帰っていいか?」

「分かった! 分かったよ!」

 踵を返し掛けた俺の腕が、イブリースに強引に引っ張られて、俺は逃げる事さえ許されない。傍から見れば痴情の縺れに見えなくもないか?

 正直、やめて欲しい。

「フランペチーノ一杯だけにするから!」

 いや、ハンバーガー屋の方に行こうよ? 安いよ?

 出し渋る俺であったが、イブリースに半ば強引に押し切られて珈琲屋の方に連れて行かれる。

 そして、席を確保してから奢らされたわけなのだが……。

 コイツ、さくっと特大ベンティサイズを頼みやがった。何て奴だ……。

 可愛い見た目とは裏腹なアグレッシブな物乞いっぷりに戦慄を禁じ得ない。

「それで? 丹生くんの悩みって何なのかな?」

 その上で何事も無かったかのように向かい合わせにテーブル席について語り合う。

 そこはまず、俺に感謝して欲しいのだが?

 俺は明後日の方向を向きながらも、皮肉たっぷりに告げてやる。

「現在の悩みは、俺を財布代わりに使う極悪非道なクラスメートがいる事だ。奢らせるだけ奢らせて謝礼のひとつも無いときた」

「それは許せないねぇ!」

「お前だ!」

 冗談のつもりで言ったら本気で怒り出すとか、頭の中お花畑か?

 あ、お花畑だったわ!

「え、私? あっ、丹生くん、からかったね! 可憐な転校生をからかうなんて酷いよ! ……あと、御馳走様です」

 お前さんの生き方は、可憐って言葉に失礼だと思うぞ。そして、ひっそりと素直な面を入れてくるな。やり難い。

「でも、本当に丹生くんが何に悩んでいるのか、教えてくれないかなぁ?」

 そうは言われた所で、俺の悩みは人に相談出来るものでもないので、それっぽい話を言ってみるのだが……。

「それ、嘘でしょ。話し方の熱量で分かるんだよねぇ」

 何故だか、全て看破されてしまう。

 そもそも話し方に熱量なんてあるんだろうか。

 むしろ、「私は嘘を見破る超能力の持ち主です!」とか言われた方がまだ納得出来るのだが。

 結果、俺はかなりギリギリのラインで事情を話す事になってしまった。

「なるほど。もしかしたら、知り合いが今朝、先生が言っていた連続殺人事件の犯人かもしれないので心配していると……」

 知り合い=俺というだけで嘘は言っていない。

 だからこそ、イブリースの冗談みたいな看破能力を欺けたのだろうけど。

「分かっただろう。あまり広めたくない話なんだ。だから、イブリースも絶対に他人には言うなよ?」

「分かったよ。じゃあ、この件は私と丹生くんの二人だけで調べようね!」

「…………。話聞いてたか?」

「聞いてたよ? 他人の手が借りられないなら、私たち二人でやるしかないよね!」

 いや、俺としてはイブリースに手を引いて欲しいのだが?

「連続殺人事件だぞ。怖いとは思わないのか?」

 普通の女子高生であれば、ここは引くべきところである。心臓に毛でも生えてなければだが。

 イブリースは……生えてそうだよな。

「勿論、怖いよ?」

 驚くべき事に彼女はそう言った。

 失礼だとは思うが、俺のイブリースに対する印象は『傲慢で我儘で思い込んだら一直線の猪突猛進型のお嬢様』だ。

 そんな彼女なら当然、「いざとなったら丹生くんを盾にして逃げるから!」ぐらい言うものだと思っていた。

 だが、彼女は真摯な表情で手元のカップを見つめる。

「でも、可哀想でしょ?」

「可哀想?」

「だって、その人は殺人事件の犯人じゃないのに、いつまでも丹生くんに疑われたままなんだよ? 可哀想過ぎるじゃない」

「いや、そいつは殺人事件の犯人かもしれないんだぞ?」

「丹生くんのお友達だよね? だったら、多分良い人なんで、犯人じゃないでしょ」

 きっぱり言い切る。

(恐らくは、純粋無垢で疑う事すら知らない目をして、そんな事を言っているんだろうな)

 そんなイブリースを見てしまったら、その目をスプーンでくり貫きたくなってしまうので、絶対に視線を向けたりはしないので分からない。

 だが、何となくそんな雰囲気なのではないかと肌で感じる。 

 とりあえず、俺は何とか平常心を保ちつつも「だといいな」と返すだけに留めた。

(……ようやく分かった)

 彼女はお節介で厚かましいだけかと思っていたが、そうではない。

 彼女はとにかく純粋で正義感が強いのだ。

 悪いものは悪いと言い、困っている人がいれば放ってはおけない――そういう人間なのだろう。

(俺とは真逆だな)

 世の中を穿って見て、自分自身でさえも信じる事が出来ない俺。そんな俺の友達なら信頼に値する? 俺にはとてもじゃないが、そんな風には思えない。

(殺人衝動を抑えるのにギリギリの俺の、その友達だと言うのなら悦んで人を殺しているだろうよ)

 俺は湯気の立つ珈琲に口を付けながら、そんな事を考えていた。

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