第1話 記憶の無い男1

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「…………」

 冬の穏やかな午後の光を浴びて、俺はゆっくりと目を覚ます。

 見慣れた教室。いつもと変わらぬ淡々とした授業風景。

 生徒達は無駄口も叩かずに板書をノートに書き写し、教師は寝ている人間や、ついていけない人間を容赦なく切り捨てて授業を進めていく。

 そんないつも通りの風景。

 単調にして、変わらない日常。

 そんな日常が一番幸せなのかもしれないと誰かが言っていたが、俺にはまだピンと来ない、そんな光景。

「…………」

 カリカリとノートの上を筆記具がひっきりなしに走る音。そんな神経質な音につられるようにして、俺はゆっくりと意識を覚醒させていく。

 あぁ、そうか。そういえば、授業中だったな。

 そんな当たり前のことを思い出しながら、俺はゆっくりと筆記具を手に取り、そしてノートの片隅に走り書きした文字を見つめていた。

 ――殺人鬼。

 その文字を見ただけだというのに、先程までの強烈な悪夢の続きが見えてしまったような気がして、俺は思わず顔を顰める。

 日頃から変化のない、退屈な日常。

 そんな鬱屈とした日常に堪りかねた、自分の奥底に潜む感情が創り出した歪んだ願望。

 それが先の夢の殺人鬼である。

「…………」

 そう、夢。夢なのだ。

 一糸乱れずに授業を受け続ける生徒達を見守りながら、俺はゆっくりとその文字を消しゴムで消す。

『殺戮をすることで快楽と充足を得ることが出来る殺人鬼が自分の中にいるんです』

 馬鹿馬鹿しい話だが、それが真実でもあり、事実でもあった。

 俺の中の暗くじめじめとした部分に巣食う魔物のような感情は、まさに殺人鬼のそれであった。

 人を殺すことによってでしか、快楽と充足感を味わうことが出来ない殺人狂。

 いつだって、ハイテンションで、相手を殺す時には信じられないほどのエクスタシーを感じることが出来る……。

 それが、俺の奥底のさがだ。

 そして、俺は夢の中とはいえ、何度も殺人鬼と同化して……。

 それが悪いことだとは思わないが、病んでいるとは自分でも思う。

 例え、夢の中の事とはいえ、人を何人も殺しておいて罪悪感の欠片すらも覚えないのは、どう考えても精神的に病んでいる証拠なのだから。

「…………」

 手を止める。

 ノートは消しゴムを何度も掛け過ぎたせいで変に擦り切れていた。

 そうだ。本当はそんな倫理的なことを気にしているわけじゃない。

 手が、何故か、脂汗でべとべとする。

 そんなべとべと感が、あの時の血や肉の感触を思い出させるような気がして、俺は慌ててハンカチで手を拭う。

 俺が気にしているのは……。

 あの夢の世界と、今の現実の世界との境目が、いつの日か、俺こと――丹生明日斗にぶあすとには分からなくなってしまうのではないか、という事だったのだから。

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