第17話

「おめでとうございます! 刀真様はC級の昇格基準を満たしました」

「おお」


 初のゴブリン討伐から一週間。

 俺はコツコツと毎日依頼を受け続けたことにより、C級への昇格基準を満たすことができた。

 ただ、D級に昇格する際は大した試験はなかったものの、C級からは難易度が上がるらしい。

 というのも、D級からC級の間には一種の壁のようなものがあり、この試験を乗り越えて初めて一人前となる。

 他にも、C級からは護衛の依頼も追加されるため、確かな実力と人柄がより重要視されるそうだ。


「刀真様はどんな依頼も真面目にこなしてくださいますし、今まで一度も失敗してません。なのでギルドとしましてもC級昇格への資格を与えることになりました。新規登録者の中でもかなり早い方ですよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいですね」


 あまり褒められる機会もないからな。嬉しい。


「それで、正式に資格を得たわけですが、どうしますか? 試験を受けますか?」

「そうですね。ぜひ、お願いいたします」

「かしこまりました」


 リリーさんはそういうと、一度奥へと引っ込み、少ししてから一枚の紙を手に戻って来た。


「こちらが、C級昇格試験の内容です」

「これは……」


 リーズから文字を習い始めたおかげで、多少大陸の文字が分かるようになった俺は、その紙に書かれた内容に少し驚いた。

 何故なら……。


「最近、レストラルからメリアンの間に出現した、盗賊の討伐依頼です」

「なるほど……一つ質問なのですが、C級昇格の試験の対象は毎回盗賊なんですか?」

「いえ、これは盗賊が発見された場合の依頼となります。もし盗賊がいなければ、他の試験になります」


 メリアンというのは、このレストラルから一番近い街の名であり、その間に出没する盗賊を討伐することで、俺は晴れてC級になれるようだ。

 そして、この試験の意図をすぐに察する。


「護衛依頼に備えて、ですね?」

「そうです」


 C級から受けることが可能となる護衛依頼では、対処するべき存在は魔物だけではなく、盗賊のようなならず者も含まれているのだ。

 そういった事態を想定し、対人戦に慣れさせる目的があるのだろうが、それよりも一番は……。


「その……C級に上がり、盗賊と戦うことになれば、必然的に人を殺す場面にも遭遇するでしょう。そんな状況でも対処できるようにするための試験でもあるんです」

「ふむ……」


 確かに、人を殺すとなると、心を乱す者も多いだろう。

 かくいう俺も、まだ人を殺めた経験はない。

 ただ……。


「大丈夫です。こちらの試験、受けさせていただきます」

「大丈夫ですか? もし厳しいようでしたら、辞退することも可能ですが……」


 これもまた、D級とC級の壁というやつだ。

 中には人を殺す可能性を嫌い、辞退する者もいるのだろう。

 だが、俺はあまり気にしていなかった。


「ご心配、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」

「……かしこまりました。では、こちらで受付させていただきます。それと、試験監督としてB級以上の冒険者に同行していただきます」


 さすがに盗賊討伐を一人に任せるはずがない。

 C級への昇格試験ではあるものの、本当の受注者は別にいるのだ。

 その冒険者に同行し、一緒に盗賊と戦うことで、試験としているだけだった。

 とはいえ、その同行者に甘えて戦わなければ、普通に試験は落ちるだろう。


「それと注意点ですが、あくまで同行者は同行者にすぎません。自分の身は自分で守ることを心掛けてくださいね」

「分かりました。ありがとうございます」


 リリーさんに礼を告げると、そこから試験の開始日や集合時間、場所を聞き、ギルドを後にするのだった。


***


 夜。

 食堂でリーズと夕食をとっていると、俺の試験の話になった。


「へぇ、ついにC級の試験を受けるのね」

「ああ。中々の昇格速度だと褒められたぞ」


 生まれてこの方、褒められた記憶がほとんどない。

 なので、些細なことではあるが嬉しかったな。

 だが、そんな俺の反応を、リーズは珍妙なものを目にしたように見てくる。


「? どうした?」

「いや、私からすると遅いなと思って……」

「そ、そうか……」


 やはりA級冒険者ともなると、昇格速度は尋常じゃないのだろう。

 つい落ち込んでいると、リーズが慌てる。


「ま、待って! そういう意味じゃないから!」

「そういう意味?」

「だから、アンタの実力にしては昇格が遅いってこと。アンタほどの腕があれば、もっと早く昇格試験を受けれたと思うんだけど……たぶん、討伐依頼をあまり受けてなかったからでしょうね。それさえなければ最速だったんじゃない?」

「そう……なのか? とりあえず、ありがとう。そこまで俺の腕を買ってくれているのであれば、昇格試験は成功させねばな」


 信頼からくる言葉だったようで、俺は笑った。

 すると、リーズは真剣な表情に変わる。


「盗賊討伐の試験だったことが運がいいのかどうか分からないけど、この試験で決定した以上、必ず人と戦うことになるわ。そして、人の死を目にするはず。何より、その死は自分の手で行うことになるの。刀真はまだ、人を殺した経験はないわよね?」

「ああ」

「……想像してるより心に来るだろうから、気を付けてね」


 リーズの言葉に、俺はしっかりと頷いた。

 実際どう感じるのかは分からないが、俺はこの十年で生死観がだいぶ変化している。

 いたって単純だ。

 俺が生き抜くために、相手を殺す。

 それだけだ。

 もちろん、無益な殺生をするつもりはない。

 しかし、理由があれば、躊躇う理由もなかった。

 そして、相手を殺した以上、俺は生き抜く必要がある。

 それこそが、今の俺だ。

 他にもリーズから助言を受けつつ、しっかりと体を休めるのだった。


***


 試験当日。

 俺はいつも通り鍛錬を終えると、少し早めに集合場所……衛兵たちと訓練した、正門に向かった。

 時間前に到着すると、そこにはまだ衛兵以外の姿はない。

 大人しくその場で待っていると、ふと慌ただしく移動する気配に気づく。

 ただ、その気配は馴染みのあるもので、レナードさんたちだった。

 レナードさんは正門で佇む俺を見つけると、目を見開いた。


「刀真! どうしたんだ? こんなところで……」

「今日、C級昇格試験を受けることになりまして、ここで待ち合わせを予定してるんです」

「もうC級か! いや、確かに刀真ほどの腕なら当然だな。それにしても……この時期の試験となると、盗賊の方か?」

「ええ。レストラルとメリアンの間に出現したらしいですね」

「ああ。ただ、今日は出てくるかどうか……」

「え?」


 レナードさんの言葉に首を傾げると、彼は少し辺りを見渡し、顔を寄せる。


「実は、今こちらに領主様が向かってきているのだ」

「それは……公爵様、ということですか」

「ああ。そして領主様はもうすぐ到着されるだろう。それを迎えるために俺たちが集まっているわけだ」


 だからか……衛兵の方々が慌ただしいなと思っていた。

 となると、その領主はちょうど俺たちが向かうメリアンとの間の道を利用する可能性が高い。そこの道が一番交通に便利だからだ。


「気づいたみたいだな。領主様も盗賊の話は耳に入ってるだろうから、もしかするとすでに討伐されてるかもしれないが……さすがに領主様を襲うような馬鹿な真似はしないだろう。だからこそ、今日は引っ込んでる可能性が高いんだよ」

「なるほど」


 しかし、それは困ったな。

 もし盗賊が討伐されていれば、俺の試験はどうなるんだろうか。

 まあ別のものに変更されるんだろうが……。

 そんなことを考えていると、門の向こうから近づく気配に気づいた。

 それは馬に乗っているようで、かなりの数である。


「レナードさん。その領主様が来たのでは?」

「え? あ……総員、準備!」


 俺がそう告げると、レナードさんは慌てて号令をかける。

 すると、衛兵の方々は一瞬にして一列に並び、姿勢よく待機していた。

 そしてしばらくすると、一台の豪華な馬車が見えてきた。あれが公爵様の乗っている馬車だろう。


「総員、敬礼!」


 レナードさんの一声で、衛兵の方々は右手を額に当て、直立不動となった。

 そんなレナードさんの前に馬車が止まると、中から一人の男性が姿を現す。

 綺麗に整えられた青色の髪に、透き通るような水色の瞳。

 その顔つきは険しい。

 身なりはこの大陸ではかなり上等だと思われるものを着ており、一見文官のように思えたが、服で隠れているものの、その身体は武人といえた。

 この方が、この地を治めている公爵なのだろう。

 他にもその公爵様だけでなく、従者のような初老の男性も戦える者の身のこなしだった。この感じは……凶手に近いな。

 何よりこの公爵一行の中で、ひと際力強い気配を放つ者がいる。

 その方は、従者の男性のように公爵様の少し後ろに控える形で待機している、鎧姿の中年男性である。

 鎧自体はレナードさんと同じものだと思うが、彼から放たれる気配は圧倒的に違う。

 達人特有の、洗練された気配を身に纏っていた。

 不躾にならぬよう気を付けながら、一行を観察していると、公爵様はレナードさんにねぎらいの言葉をかける。


「こんな早い時間からすまないな。それで、例の者たちはまだ?」

「ハッ! 現在は詰所の牢屋に……」


 やはり、ブラッドラットの件で来たようだ。

 少しでもこちらに注目してくれればと思っていたが、上手くいったようで何よりである。

 すると、公爵様は俺の存在に気づき、微かに目を見開いた。

 ただ、この国の礼儀作法は知らないので、陽ノ国形式で最敬礼を。


「……そうか。では、案内してくれ」

「ハッ!」


 最敬礼をする俺に対し、公爵様は微かに気になる様子を見せつつも、ブラッドラットの方が気になったようで、そのままレナードさんの案内で去っていった。

 去った気配を感じたところで顔を上げると、一息つく。


「ふぅ……失敗したな。観察より先に、頭を下げるべきだった」


 この大陸に来て初めての実力者である。

 正確にはギルドの奥にも強い気配を感じているので、達人がいるのだろうが、直接目にしたのは初めてだ。

 それに、あの身のこなしは剣を扱う方だろう。

 だからこそ、つい舞い上がって観察を優先してしまった。

 これは反省しなければな。

 それよりも……。


「ぜひとも手合わせ願いたいところだが……難しいだろうな」


 相手は貴族であり、俺は身元不明の陽ノ国人。まともに相手などされんだろう。


「そういえば、盗賊らしき気配はなかったな」


 あの一行の中に盗賊の存在は確認できなかったので、恐らく盗賊とは遭遇しなかったようだ。

 公爵様も盗賊よりブラッドラットの方を優先したらしい。

 街の平和を考えると盗賊を優先したほうがいいように思えるが……何か理由があるのだろう。

 そんなことを考えながら、俺は今回同行させてもらう冒険者を待つのだった。

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武神伝(仮) 美紅(蒼) @soushi

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