第16話
翌日。
レナードさんと話していた通り、剣の訓練に参加させてもらうことになった。
「これが訓練用の剣だ。どうだ?」
受け取った剣を軽く振ったりしながら、重心や手の感覚を慣れさせる。
他にも、ざっと剣の状態を確認した。よく見ると、刃が潰れている。
これなら訓練に使用してもある程度の事故は防げるだろう。
「はい、大丈夫です」
刀とは異なり両刃の武器であること、また刀とは鋭さもその扱い方も異なるため、降神一刀流をそのまま扱うのは無理だろう。
とはいえ、今回はあくまで王国剣術を学ぶための訓練だ。そんなことを気にする必要もない。
剣の確認を終え、レナードさんに視線を向けると、彼は目を見開いていた。
「どうしました?」
「え!? あ、ああ、何でもない……では、軽く刀真の実力を確認しておきたい。まあ今の様子を見るに、普通ではなさそうだが……ロッツ!」
レナードさんが声を上げると、一人の衛兵がやって来る。
よく見ると、彼は初めて門の外に出る際、手続きをしてくれた者だった。
「最初はこのロッツと戦ってみてくれ」
「ロッツだ。前に手続した時も変わってるとは思ったが……まだ参加してるなんてよほど暇なんだな?」
「あはは……刀真です。暇かどうかはさておき、非常に有意義な時間ですよ」
このロッツさんは、最近までは午前中の門番としての活動をしていたため、どうしてもこの早朝訓練には参加できていなかった。
その代わり、午後から別の門番に交代すると、彼らのための訓練が行われる。
そんなロッツさんは、どうやら今日から仕事の内容が変わったようで、この早朝の訓練に参加することになっていた。
というより、よく見ればロッツさん以外にも今までの訓練では見慣れない者も多く、逆に顔なじみの衛兵の姿がなかった。
すると、その理由をレナードさんが教えてくれる。
「詳しくは話せないんだが、昨日とある連絡が届いたんだ。その関係でかなり忙しくなって、今勤務内容や仕事の割り振りが見直されてるんだよ」
「なるほど」
「それと申し訳ないんだが、同じ理由で明日からは君との訓練もしばらく難しくなるだろう」
どうやら衛兵としての仕事が忙しいようだ。何か街で行われるのか?
もしかすると、この間俺が詰所に転がしたブラッドラット関連かもしれないな。
そんなことを考えつつ、レナードさんの言葉に了承した俺は、改めてロッツさんと向き合う。
「ロッツさん、よろしくお願いいたします」
「おう、よろしく」
「それでは、模擬戦を始めるが……ロッツ!」
「はい?」
「……本気でやれよ」
「?」
レナードさんの言葉に、ロッツさんは首を捻っていた。
「両者、構え!」
俺は静かに目を閉じ、精神を集中させる。
そして――――。
「――――開始ッ!」
「先手は譲って……!?」
試合の始まりの合図とともに、俺は目を開けると、ロッツさんを見据えた。
完全な戦闘状態に移行した俺に対し、ロッツさんは気圧され、震えながら後ずさる。
「お、おい、マジかよ……」
「――――」
「ッ!?」
俺の気配に飲まれたことで、ロッツさんに隙が生まれると、俺はその隙を逃さず、一息で彼との距離を殺した。
懐に潜り込んだ俺は、手にした剣を横に薙ぐ。
一見、ただの切り払いに見えるが、王国剣術はここからどんどん技が派生していくのだ。
すると、不意を突かれたロッツさんは、ほぼ反射的に俺の攻撃に対し、剣を盾に防ぐ。
これはロッツさんが長年、王国剣術を学んでいたからこそ、無意識に行った防衛反応だった。
俺はまだ、この数日で王国剣術を見て学んだに過ぎない。
しかし、彼らは剣術の神髄は理解できておらずとも、日ごろの訓練で動きが体に染みついているのだ。
そのことに驚いているのは俺ではなく、ロッツさん自身である。
今の一撃でやられると思っていたのか、目を見開いていた。
「う、嘘だろ……」
だが、いくら模擬戦とはいえ、まだ戦闘の最中。
驚きは隙を生む。
切り払いを防がれた俺だが、そこから剣に体を寄せると、変則的な上段に構え、ロッツさんの受けの体勢を崩しつつ、俺の体を軸に円を描くように剣を回し、逆方向から再び切り払いを放った。
呆然としているロッツさんは、さすがにこの攻撃には反応できず、そのまま俺の剣が彼の脇腹に触れる。
その瞬間、俺が勢いを殺したところで、レナードさんから制止の声がかかった。
「そこまでッ!」
武器を下げると、俺は距離を空け、頭を下げる。
「ありがとうございました」
「あ、あ、ありがとう、ございました……」
何が起きたのか、まったく分からないと言った表情で、ロッツさんは下がる。
すると、模擬戦を見ていた他の衛兵たちも唖然としていた。
そんな中、レナードさんがため息を吐きながら近づいてくる。
「刀真……一つ訊くが、君の冒険者ランクはD級だったよな?」
「はい」
「……早く昇級することを強く勧めよう」
もちろん、俺も冒険者としての階級を上げていきたい。
階級が上がれば上がるほど、依頼でいただける金が増えるからだ。
そうなれば、リーズの支援を受けずに済む。
とはいえ、そう簡単な話でもない。
「最近D級に上がったばかりなので、まだまだ先ですよ」
「ううむ……陽ノ国人は、皆刀真のような実力なのか?」
「さあ……それは分かりません。私自身、陽ノ国でもかなり特殊でして、他の刀士とは縁がないのですよ」
俺が知る刀士の実力と言えば、十年前の刀次のものだけだ。
さすがに今の俺が十年前の刀次に負けるとは思わない。
しかし、刀次がどのように成長しているのか分からないため、何とも言えなかった。
父上に関しても、古我流を学ばせてもらえなかったので、どんな実力なのかも未知数だ。
皇族を守護する陽ノ国最強の証、七大天聖の一人だからな。亜神である師匠や、初代皇帝陛下程ではないにしろ、とんでもない達人なのは間違いないだろう。
七大天聖と戦うような機会があるとは思わないが、何かあった時のため、力をつけておくべきだ。
それよりも、先ほどの模擬戦である。
やはり刀と剣では扱いが異なるため、振っていて違和感は拭えなかった。
だが、初めて実戦で使ったにしてはよかった方だろう。
それに、改めて王国剣術の流れるような動きに感動した。
あとはこれを降神一刀流や、覇天拳に上手く組み込めるかどうかだな。
「さて……どうでしたか?」
「む? あ、ああ。そうだな……言うことがない。というより、何も言えん。君に指導するには、道場の師範クラスだろう」
「道場……確か、王都にあるんですよね?」
「そうだな。まあ王都に限らず、大きな都市には大体存在するぞ。君も訪れる機会があれば、寄ってみるといい」
そう言われると、より王都に向かうのが楽しみだ。王国剣術以外の流派も見れるだろう。
とにかく、もっと本格的に王国剣術を学ぶなら、王都や大都市にあるという道場に通う必要がある。
「すまないなが、君の実力を見たうえで言わせてもらうと、これ以上の訓練の参加は無意味だろう」
「そ、そうですか……」
少し残念だ。
とはいえ、ここで我儘を言っても仕方がない。
俺はレナードさんに頭を下げた。
「わざわざお時間をとっていただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。最初は君のことを変な若者だと思っていたが……君はこんな場所で燻ってるような者じゃないな。最後に素晴らしいものを見せてもらったよ。お互い、頑張ろう」
「はい!」
「ではな。何かあれば、遠慮なく衛兵の詰所まで訪ねてくれ」
最後にもう一度レナードさんや衛兵の皆さんに頭を下げると、俺は宿へと戻るのだった。
***
午後。
俺はギルドで初の魔物討伐の依頼を受けてみることに。
本当はもう少し対人技術を学びたいところだったが……冒険者の階級を上げることも重要だ。
そんなわけで、『ゴブリン』とやらの討伐依頼を受けた俺は、ソイツが出現するという街付近の森に足を運んでいた。
「ここまで来るのは初めてだな」
森の木々は陽ノ国や極魔島でも見かけない種類であり、植物もいくつかは初めて目にする物もあった。
「そのうち、この大陸の植物がまとめられた本などが読めればいいんだが……」
師匠から話は聞いていても、実物を見たことがないのも多いので、いずれはちゃんと確認しておきたいな。
「っと……今はそれよりも、ゴブリンとやらだ」
依頼を受ける際、リリーさんからゴブリンの簡単な説明を受けた。
まあ俺がゴブリンを目にしたことがないというと、向こうは驚いていたが……陽ノ国人ということで納得された。
ともかくゴブリンは、成人男性の腰辺りくらいの大きさであり、緑色の皮膚と大きな鼻、耳が特徴らしい。
群れで活動する知能はあるものの、そこまで脅威的な存在ではないそうだ。
ただ、繁殖力が非常に強いらしく、増えた仲間を養うため、手あたり次第様々な生物に襲い掛かるらしい。もちろんその対象には人間も含まれる。
そのため、ゴブリンの巣を見つければすぐに殲滅するのが基本だそうだ。
「実力は分からないが……D級の依頼ということは、まだ手ごわい魔物というわけではないのだろう」
特殊な能力があるわけでもなく、時折錆びた剣などを手にしている以外は木の棒などで殴って来るらしい。
「さてと……視てみるか」
俺は魔力と闘気を目に集中させると、森全体を見渡した。
すると、俺の視界が一気に変わる。
これはリーズのために三角熊を見つけた時にも使った技だ。
木々や植物の大地や大気から吸収して循環させている魔力や、虫や小動物のような生物たちの魔力。
今の俺の視界は、この世界に生きているすべての物の魔力の流れが見えていた。
こうして森を見渡していると、見慣れない魔力の波形を見つける。
「あれかな?」
さすがに未知の魔物は魔力だけでは判別できない。
ひとまずあたりを付けた俺は、その場から移動する。
しかし、俺が見つけたのはかなり森の奥の方で、しかも妙に見つけ辛そうな位置だった。
気配を消したまま、見慣れぬ魔力の下までたどり着くと、そこには確かに魔物がいた。
しかも、リリーさんから聞いていた特徴と合致する。
ただ……。
「巣があるみたいだな」
依頼ではゴブリンを五体討伐するようになっていたが、俺の目の前には五十体以上いる。
よく見ると、近くの崖に穴があり、そこが巣になっているようだ。
しかも、周囲にはいろいろな生物の骨が転がっており、中には人間のものも。
「なるほど。これは放っておけないわけだ」
定期的に衛兵や俺のような冒険者が巡回しているようだが、それでもすべてを駆逐できるわけではない。
特にこの森自体も広く、この巣はそんな中でも見つけ辛い位置にあった。
だからこそ、今まで残っていたのだろう。
「依頼では五体だけだったが……放置するわけにはいかんな」
殲滅することを決めた俺は、まず近くにいたゴブリンの背後に立つと、後頭部に掌底を放つ。
「グゲェ!?」
「ギャギャ!?」
その瞬間、俺の掌底を受けたゴブリンの頭は、勢いよく破裂した。
しかし、その様子を見て、俺は顔をしかめる。
「……予想より脆いな」
D級の魔物がどの程度か分からなかったので、極魔島にいた堕飢を基準に攻撃を加えた。
堕飢なら白位刀士で狩る対象であり、D級と同じように最下級から一つ上の階級だからだ。
その結果、かなり悲惨な状況となってしまった。
「確か討伐依頼は討伐証明がいるんだったな」
ゴブリンの場合、耳だったはずだ。
だが、今の俺の一撃でその耳すらも粉々に吹き飛んでしまったのである。
「特に魔力も使っていないが……戦い方を変えよう」
「グギャー!」
別の戦法を決めていると、仲間が殺されたことに怒るゴブリンたちが、一気に襲い掛かって来た。
「フッ」
今度は人差し指と中指を立て、剣指を作ると、ゴブリンの眉間を貫いた。
「ギャッ!?」
「グゲ!?」
「ゲゲェ!?」
その際、意識するのは王国剣術の流れる動き。
動きを簡略化し、次の動作に繋げる。
だが、その次の動作が読まれないよう、多くの選択肢がある態勢に移行していく。
そこから怒涛の攻撃に移り、決して手を緩めない。この手数の多さは、降神一刀流にはない。
突き、切り払い、一刀。
徐々に体が慣れてくると、俺の集中力も高まっていく。
そして集中力が最高潮に達したころ、あれだけいたゴブリンは、一体も残すことなく殲滅していた。
一応、周囲の気配を探ったが、他にゴブリンの気配は感じられない。殲滅できたと考えていいだろう。
「ふぅ……まだまだ荒いが、動きは掴めたな」
今回は剣指だったため、普通の王国剣術に近い形だった。
これを降神一刀流や覇天拳に応用できた時どうなるのか……今から楽しみだ。
「さてと……必要な分だけ切り取り、あとは燃やすか」
俺は五体分の耳を回収すると、地面に手を置いた。
「土よ」
そして、大地に魔力を流しつつ、短く詠唱すると、地面が徐々に変動し、そこそこな大きさの穴が出来上がった。
「ふぅ……やはり魔法は慣れないな」
師匠曰く、俺は天魔体という体であり、魔力を扱うのに最適な体であるものの、魔法に関しては不得意だった。
基礎的な魔法は使えるが、三節以上は今のところまともに扱えない。
だからこそ、こんな穴を掘るだけの魔法で苦労するのだ。
「これなら手で掘った方が早かったな……まあこれも魔法の修行と考えよう」
何とか納得させると、俺はそこにゴブリンの死体を集めていく。
そしてすべて集め終えると、今度は火の魔法でゴブリンたちを燃やした。
幸い、俺の魔力は膨大なので、一節の魔法であっても、魔力を大量に注ぎ込めば中々の火力になる。
そのため、集めたゴブリンの死体は一瞬で灰に変わった。
それを見届けると、俺は再度土に魔力を流し、穴を埋める。
「これでいいな」
後処理が済んだことを確認すると、俺は討伐証明の耳を手に、街へと戻るのだった。
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