第14話

 ――――ギルドの修練場。

 ここは普段、新人冒険者の中でも希望した者が受ける、冒険者講習会に使われることが多い。

 もちろん、普通の修練場としても活用することができるが、大体他の冒険者は手の内を晒すのを嫌い、別の場所で修行している。

 だが、今の私……リーズにとって、そんなことはどうでもよかった。


「――水よ。我が手に集え!」


 私が呪文を唱えた瞬間、右掌に水の塊が出現した。

 その水はふわりとした丸みを帯び、掌の上で回転している。

 ただ、その出来に私は唇を噛んだ。


「……こんなんじゃダメだ」


 ここ数日、私は同じような特訓をずっと続けている。

 それには理由があった。

 ――――思い出すのは、封魔玉で魔法を封じられた時。

 私は、何もできなかった。

 おばあ様に学んだ魔法を、使うことすらできなかった。

 S級冒険者や、魔法使いの頂点たる『十王じゅうおう』は、封魔玉を使われてもある程度魔法が使えると聞く。

 そんな彼らと私の違いは、魔力の運用方法にあった。


「もっと速く……そして正確に……」


 魔力をより速く循環させ、魔法を発動することで、水の塊は完全な球体となり、激流を生み出せる。

 しかし、私の制御が甘いがゆえに、どこまでもふわりとしたものにしかならなかった。


「たかが二節の魔法ですら、このレベル……」


 魔法は唱える呪文の節が長くなれば長いほど、扱いが難しくなる。

 そんな中で、二節の魔法は初級ともいえる難易度だった。


「A級冒険者ってのが聞いてあきれるわね」


 思わず自嘲する。

 ――――ブレタン侯爵から自分の身を護ることに必死で、ただ冒険者のランクを上げることしか考えてこなかった。

 もちろん、上のランクになるほど依頼も難しくなるが、私は効率だけを重視して、ランクを上げてきたのである。

 だからこそ、他のA級冒険者に比べて経験も乏しければ、自分を磨くことに時間を割いてこなかった。

 それでもA級冒険者になれば、国での待遇は貴族と同じ。

 だからこそ、もうブレタン侯爵に怯えなくていいと……世間知らずな私は考えていた。


「今にして思えば、笑えるわね」


 生まれた時から私の自由はなかった。

 まるで最初からどこかの貴族に嫁ぐためだけに育てられてるようで、お父様は私を道具としてしか見ていなかった。

 私の自立心など、邪魔でしかなかったのだ。

 そんな私の唯一の安らぎが、おばあ様との時間だ。

 その昔、冒険者として活躍していたおばあ様は、そのまま貴族だったおじい様に見初められ、結婚。

 おじい様も武勇に優れ、貴族としても立派だった。

 私はおばあ様から冒険譚を聞いたり、魔法を学んだりした。

 かつて世間で名を轟かせた、【黄金の魔女】の手解きを受けていたのだ。これほど贅沢なことはない。

 私の夢が冒険者になったのも、そんなおばあ様に憧れたからだ。

 そんな二人を両親に持ったお父様は……私から見ても平凡な人だった。

 だからこそ、周囲の期待に応えるべく、何でもやるのだ。


「……」


 ……思い返せば、お父様も辛かったのだろう。

 優秀な親を持ち、勝手に期待されることが。

 そして自分たちのせいで苦労するお父様に、おばあ様たちは何も言えなかった。

 同時に、お父様もおばあ様たちが生きていた頃は、不機嫌そうな顔をしつつも、私が魔法を学ぶことに口を出さなかった。

 だが、おばあ様たちが亡くなると、すぐに魔法から引き離された。

 じゃあお母様はというと、元々下級貴族出身のため、お父様のやることに口は出さない。

 しかも、お母様は私しか生むことができなかった。つまり、後継者となる長男がいないのである。

 そのせいで、女として生まれた私を、お母さまは認めてくださらなかった。

 家を飛び出してだいぶ経つが、今の伯爵家がどうなったのか、私には分からない。

 最初は連れ戻されると思っていたが、伯爵家から誰かがやって来ることはなかった。

 結局、私は邪魔でしかなかったのだろう。もしかしたら、後継ぎが生まれてる可能性だってある。

 そうなると、ますます伯爵家に私の居場所はない。

 そんな中、唯一私を認めてくれたおばあ様。

 おばあ様から学んだ魔法が、あんな方法で封じられるなんて……死ぬほど悔しい。

 私は自分の弱さが許せなかった。

 A級冒険者になれたのも、私が強かったんじゃない。おばあ様の魔法が強かったのだ。

 私が憧れたおばあ様の魔法は、最強でなきゃいけないんだ……!


「だから……!」

「――――そんな焦ったって、強くなりゃしないよ」

「っ!」


 不意に、声が投げかけられた。

 声の方に視線を向けると、そこには呆れた表情を浮かべるベラさんの姿が。


「ったく……ここ数日のアンタはとても見てられないねぇ。昔はA級冒険者を目指して突っ走ってたのに、今度は強さを求めて突っ走るのかい?」

「それは……」

「第一、アンタはもうA級冒険者じゃないか。実力だって十分ある。それなのにまだ力がいるのかい?」

「……」

「……ま、強くなるってのは悪いことじゃない。でも、今のアンタじゃ、何も変わりゃしないよ」

「じゃあ……どうすればいいって言うんですか……!」


 私はつい、声を荒げた。

 そんなことは私だって分かってる。

 ただの八つ当たりだってことも。

 でも、私が自由になろうとすればするほど、邪魔するものが多すぎるのだ。


「別に貴族に生まれたくなんてなかったわよッ! どうして私が、こんな目に遭うのよ! 私に自由はないわけ!? 夢見ちゃダメなの!? 仕方ないでしょ、自由になるには力がいるんだから! そりゃあベラさんみたいに強ければ、何の心配もないでしょうよ! でも、私は違う! 強くないと、何もできないのよ……!」


 いったん叫び始めると、私は止まらなかった。

 ベラさんに言っても仕方がない。

 こんなことをしてる間にも、ブレタン侯爵たちは何か仕掛けてくるかもしれない。

 今度こそ、死ぬかもしれないのだ。

 そう思うと、口にしないと不安で押しつぶされそうだった。

 すると、ベラさんは真剣な表情で私を見つめる。


「じゃあ訊くけど……アンタは何のために強くなりたいんだい?」

「え……」


 そう言われて、私は固まった。


「さっきまでの様子と、今の発言。どう考えても一致しないと思わないかい?」

「そ、それは……」


 私は自分の発言のズレに気づいた。

 ベラさんが来る前は、おばあ様の魔法を最強だって示すために強くなると誓った。

 でも今は、私が自由になるために強くなりたいと言っている。

 ――――私は、何のために強くなりたいの?

 おばあ様の魔法を証明したいのか。

 自由になりたいのか。

 分からない。


「別に、強くなるための理由なんざ、一種類じゃなくてもいいんだよ。ただ、今のアンタはあやふやすぎて、どこに向かってるのかも分からない。そんな状況じゃ、中途半端な強さしか手に入んないよ」

「じゃあ、どうすれば……」


 つい弱気になってそう口にすると、ベラさんは呆れたように続けた。


「何度も言ってるだろう? 仲間を作んなって」

「あ……」

「アンタは何でも一人でやろうとしてるけど、一人で強くなる必要はないんだよ。信頼できる仲間がいるだけで、大きく違ってくるもんさ」


 それは、ガルド商会の船から身を投げるとき、強く感じたことだった。

 あれだけ身に染みたにもかかわらず、私はまだ一人にこだわっていたのだ。

 それなのに……。

 すると、ベラさんは笑う。


「ま、さすがに一緒に旅とかはできないけど、アンタの特訓に付き合うくらいはできるよ」

「え!?」

「当然だろう? アタシだって、アンタの仲間みたいなもんなんだからさ」


 その言葉に、私は涙が込み上げてきた。

 ……まだ、安心できるわけじゃない。

 理由はまだ定まってないけど、私自身が強くなるのも大きな力になるはずだ。

 それに、昔は私も色々な人にパーティーを誘われたけど、それを断ってまで一人でい続けたのだ。今さらパーティーを組んでくれる人なんていないだろう。

 そこでふと、私の脳裏に刀真の姿が浮かんだ。

 何だかんだ変な縁から行動を共にすることになったが彼は、私のことを仲間だと言ってくれた。

 しかし、結果的に面倒な状況に巻き込んだ私が口にしていいのか……そう思うと、一歩を踏み出せない。

 こうして私は、どこか悶々とした気分のまま、ベラさんに特訓に付き合ってもらうのだった。


***


 俺……刀真は、夕食のために食堂に向かうと、リーズと顔を合わせた。

 最近はリーズも色々と忙しいようで、食事の時間が合うことも少なかった。

 しかし、それでも俺が宿に泊まるための資金は払い続けてくれているのだ。

 もう依頼を受けて金も稼げるようになったのだが……リーズは俺への恩返しだと言って、聞いてくれない。

 まあ独立する場合は、今の宿ではなく、もっと質素な場所に移ることになるだろうが、それでも金を払ってもらったままというのも居心地が悪い。

 ……そのうちきちんと金を貯め、返済しようと思うことで、ひとまず納得している。

 ただ、この間のような襲撃があった際、リーズの近くにいた方が対処できるという意味では有難かった。

 それはともかく、久々に顔を合わせた俺たちは、一緒に食事をすることにした。


「そういえば、最近刀真はどう?」

「まあ知っての通り、薬草採取やら街の清掃などに勤しんでるぞ」

「ふーん……あれ? でも確か、D級に昇格してたわよね? 魔物の討伐はしないの?」

「そのうちするとは思うが、今は魔物より人の相手だな」


 またブレタン侯爵が仕掛けてくるかもしれないから。それに備えて対人技術を磨いておくべきだ。

 とはいえ、そう簡単に人と戦うことなどできないので、そのうち衛兵の方々に対戦を願ってみようと思っている。

 そんなことを考えていると、リーズが戸惑うように俺を見ていた。


「人の相手って……何の話?」

「ちょっとした見学をな」

「見学って……この街に何か見学するようなものってあったっけ?」

「衛兵の訓練だ」

「アンタ何してんの?」


 心底呆れた様子でそう言われてしまった。


「いや、せっかく大陸に出てきたのでな。未知の武術に興味があって……」

「……ごめん、私には分からない感覚だわ。でも、そういう変わった武術が知りたいなら、王都に行くといいかもね」

「王都?」

「ええ。このアールスト王国最大の都市よ。色々な人が集まるだけじゃなく、毎年闘技場では腕に覚えのある連中が集まって、王者を決める闘技大会が行われてるの。それに、王都では色々な道場もあるし、刀真にはピッタリかもね」

「おお」


 なんというか、話を聞いているだけで非常に面白そうな内容だった。

 とはいえ、俺は王都までの道を知らない。


「うーん……もし可能ならば、リーズと一緒に行きたいものだな」

「え!?」


 すると、リーズは俺の言葉に目を見開く。


「あ、アンタ、私と一緒にって……今の私の状況分かってる? 一緒にいれば、それだけ危険なのよ?」

「それは承知している。だが、せっかくリーズと知り合えたのだ。ここで別れるのも寂しいなと……」

「……」


 素直に思ったことを口にすると、リーズは呆気に取られていた。

 そして、正気に返ると顔を逸らす。


「……アンタ、距離感おかしくない?」

「え」


 予想だにしていなかった指摘に、俺は言葉が詰まった。


「俺は……距離感が……おかしいのか……?」

「た、確かにここまで一緒に来たけど、それだけで簡単に友人って言うし、しかも危険だって知りながら一緒にいたいっておかしいでしょ!」

「おかしいのか……!?」


 かつてない衝撃だった。

 ……いや、冷静に考えてみればそうかもしれない。

 師匠や初代皇帝陛下を除けば、俺が十年ぶりに出会えた人間であり、普通に接してくれたリーズに対して好意的な感情を抱いている。

 だが、リーズからすれば俺などその辺の者たちと大差ないのだろう。

 俺だけが友人だと思っていても、リーズがそう思っていない可能性を全く考えていなかった。

 ああ……人との距離感とは何なんだ……。

 衝撃的な事実に落ち込んでいると、リーズはそんな俺を見て、噴き出した。


「ぷっ……あはははは! そ、そんなに落ち込まないでよ!」

「し、しかし……」

「あー……私が悪かったわ。アンタの言う通り、私たちは友達よ」


 そう口にしたリーズは、何故か目を見開き、固まった。


「……そっか。これが……」

「ん?」


 リーズは何かを小さく呟くと、首を振った。


「……何でもない。それに、刀真には文字を教える約束もしてるし……よし、決めた!」

「な、何だ?」


 驚く俺に対し、リーズは笑みを浮かべる。

 そして――――。


「私たちでパーティーを組みましょ!」


 その言葉に俺は目を見開くと――――。


「パーティー……とは何だ?」


 リーズがずっこけた。

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