第12話
翌日。
俺は早朝に目を覚ますと、宿の裏庭に向かった。
裏庭は中央に井戸が設置されてる以外は何も置かれていないものの、あまり激しい運動はできなさそうだ。
なので、ひとまず日課である体の鍛錬や柔軟、覇天拳の型を終えると、俺は皇刀を出現させた。
「本当は木刀がいいんだが……」
実戦を想定した訓練なら、命刀を出現させ、修練するのが一番である。
しかし、時と場合によっては周囲を荒らしてしまう可能性があった。
この裏庭も壊さなければ修練してもいいという話だったが、何かの拍子でそんな事故が起こらないとも限らない。
なので木刀のようなある程度安全な道具を使って修練したかったのだが……ないものを考えても仕方がないな。
俺は皇刀を構えると、一つ一つ確認するように降神一刀流の型を確かめていく。
そしてそれが済むと、今度は実戦を想定し、対象者を思い浮かべながら型を駆使して仮想修練を行った。
ただ、今の俺が想像できる相手は、ほとんど妖魔ばかりで、師匠も初代皇帝陛下も思い浮かべることができない。
というのも、実力の差があり過ぎて、まともに打ち合える光景が浮かばないのだ。恐らく一太刀目で終わるな。
いつかは二人を想定して修練できるよう、今は励むばかりだ。
こうして仮想修練を終えた俺は、手にした皇刀に目を落とす。
「……やはり、型をなぞるだけだな」
伝承されてから多少は腕が上がったとは思うものの、やはり実戦で使えるような状態じゃない。
あの初代皇帝陛下のように、変幻自在の攻撃はまだまだ遠かった。
それに……。
「あの歩法は難しすぎる……」
降神一刀流の中には、刀の構えのほかに、歩き方まで含まれていた。
もちろん覇天拳にも歩法は存在するが、こちらは師匠からしっかりと教えてもらえたので、身についている。
しかし、降神一刀流に関しては変則的な方法で伝承され、まさに型や技を脳内に叩き込まれただけの状況なのだ。
だからこそ、その技術を脳内だけでなく、実際に初代皇帝陛下と戦った時の感覚を呼び覚ましながら修練している。
その中の一つが歩法であり、かなり特殊だった。
「魔力や闘気の流し方は分かるが……」
それは魔力と闘気を体から分離させつつ、そこに歩法を加えることで、俺の姿が何人にも見えるようにするものだった。
伝承の時には使っていなかったが、もしこれを使われていたら本当に手も足も出なかっただろう。
それくらい、増えた姿が本物と同じであり、見分けがつかないのだ。
そのための技術として、魔力と闘気の分離と、特殊な足運びが存在する。
「どちらも修練あるのみ、だな」
思わずため息を吐くと、俺は気持ちを切り替えて最後の型の修練を始めた。
まず俺は上段に構えをとると、あの初代皇帝陛下が極魔を相手に見せた、最後の一太刀を思い浮かべる。
――――静寂。
ただ、一太刀。
そこに雑念はなく、自然体。
俺はどんどん集中していき、やがて周囲の景色や音が消えた。
そして――――。
「――――ッ!」
一刀。
振り下ろし、残心。
その瞬間、消えていた音や景色が元に戻り、俺は体中から汗が噴き出した。
「かはっ! はぁ……はぁ……」
たった一太刀。
振り下ろすだけのそのひと動作で、俺は汗だくになっていた。
「こ、これは……実戦じゃ使えない……な……」
最終目標は、あの初代皇帝陛下のように自然と繰り出せること。
しかし、今の俺は散々時間をかけ、極限まで集中して初めてそれなりの一太刀しか振り下ろすことができなかった。
「はぁ……はぁ……まずは、一回で息切れしないように慣れないとな……」
もう体を動かすのも億劫なほど、今の一太刀だけで疲れ果てていた。
「これは、今後も確実に修練の最後だな」
そう決意したところで、俺は気怠い体を引きずりつつ、井戸から水をくみ上げると、その水で全身の汗を洗い流すのだった。
***
ある程度身だしなみを整えた俺は、まだまだ朝早いため、朝食までの時間を潰すべく、街を散歩することに。
外に出ると、やはり活動している人は少なく、冷たい空気が肺を満たした。
「そうだな……こっちに行ってみるか」
そう決めた方向は、俺たちが最初に着いた港とは反対の方角だった。
まだ薄暗い街を当てもなくぶらぶらと散歩をしていると、不意に人の気配が集まっている場所があることに気づく。
「これは……」
こんな朝早くから何をしているのか気になった俺は、その気配の方に向かう。
すると、そこは港とは別の門があった。
よく見ると、門の向こうには平原が広がっていて、どうやらここから他の街などに移動するらしい。
そして俺が察知した気配は、門を出てすぐのところに集まっているようだった。
「総員、構え! ……第一の型!」
『ハッ!』
気配の方に向かうと、そこには統一された鎧を身に付けた男たちが、列になって剣を振るっているのが見えた。
恐らくこの街の衛兵だと思うが、早朝から訓練をしているらしい。
そんなことよりも、俺はその兵士たちが振るう剣術に興味が出た。
「これは……大陸の剣術か」
俺が正確に知る武術は、師匠の覇天拳と降神一刀流だけ。
他の流派は何も知らないので、大陸の剣術は非常に気になる。
とはいえ、無断で見学するのもあれなので、外に出るついでに担当兵士に声をかけることに。
「すみません」
「ん? どうした……って、まさかこんな早い時間から外に出るのか? それに、その恰好は……」
「見ての通り、陽ノ国から来ました。とはいえ、昨日この街に来たばかりなんですけどね」
「なるほど……それは珍しいな。まあいい。外に出るのであれば、身分証を確認するが……」
「これで大丈夫ですか?」
俺はギルドカードを差し出すと、兵士の人は受け取り、確認したのち返却される。
「大丈夫だ。それにしても、こんな朝早くからどこに行くんだ? E級とはいえ、この時間から薬草採取というわけでもないだろうに……」
「その、兵士の方々の訓練を見学させてもらうと思いまして……」
「見学?」
すると、俺の言葉に兵士は怪訝な表情を浮かべた。
「武者修行として大陸に出てきたので、見慣れぬ武術があると見てみたいと思うんですよ。難しいですかね?」
「いや、それくらいなら……ひとまず隊長に掛け合ってみよう」
何とも言えない表情を浮かべていた兵士は、その後隊長に確認を取りに向かった。
何となく武者修行と口にしたが、案外間違っていないかもな。
世界を見て回る中で、俺の力も磨くわけだから。
そんなことを考えていると、先ほどの兵士が戻って来る。
「許可が下りたぞ。ただ、邪魔にならないようにしてくれよ」
「分かりました、ありがとうございます」
許可が下りたということで、俺は早速訓練しているところへ向かう。
すると、俺の姿を認識した兵士たちが怪訝そうな表情を浮かべた。
「よそ見をするな! いいから気にせず訓練を続けろ!」
『ハッ!』
隊長と思われる人物が一喝すると、兵士たちはすぐに気を引き締めなおし、訓練を再開させた。
俺はその隊長に頭を下げる。
「すみません、無理を言ってしまい……」
「いや、特に問題はないが……我々の訓練など見て、楽しいか?」
「はい。あの門の兵士にも言いましたが、武者修行中ですので、少しでも身になることがあればと。もしよろしければ、どんな剣術なのか教えてもらえますか?」
「う、うーん……君がいいのなら、まあいいか。今訓練しているのは、アールスト王国では一般的な王国剣術だ。特に変わったところもない、ごく平凡な剣術だと思うが……すまない。これ以上の説明は難しい。強いて言うならば、アールスト王国を建国されたレオナルド・アールスト陛下の忠臣、初代剣聖が編み出したと言われている。まあ剣聖が編み出したにしては平凡な剣術だと思うがな」
「……」
訓練している兵士を眺めながら、隊長の言葉を聞いていたが、俺は平凡だとは思わなかった。
というのも、いくつかの型を流れるように繰り出す兵士たちを見て、より強く実感する。
むしろ、この剣術を生み出した初代剣聖という人物に畏怖さえ覚えた。
確かに隊長の言う通り、特に変わった動きがあるわけでもないが、この剣術の神髄は応用の幅が恐ろしいほどに広いことと、誰でも戦う力を得ることができることにある。
それは流れるような動きからも見て取れた。
すると、兵士たちの動きを真剣に見つめる俺に対し、隊長が困惑した様子で訊いてきた。
「そ、その……ところで君は、誰なんだ?」
「え? あ、ああ……すみません。私は刀真と申します。昨日、この街に来たばかりの陽ノ国人です」
「あ、ああ! そういえば、昨日は【
「ゴールデン・ウィッチ?」
「ん? 知らんのか? A級冒険者のリーズ・エレメンティアのことだよ。一緒にいたんだろう?」
「ええ。確かに一緒にこの街まで来ましたが、そんな呼び名は初めて耳にしました」
「まあ陽ノ国出身であれば、それも仕方がないことか。だが、彼女はすごいぞ? かつて同じ異名で恐れられた、アリア・エレメンティアの再来とまで言われてる」
「エレメンティア……リーズと所縁のある方なんですか?」
「彼女の祖母だな。恐らく、祖母から魔法の手ほどきを受けたのだろう。それにしても、同じ冒険者としての道を辿るとは思わなかったがな」
それは俺も感じていた。
確かにリーズが冒険者になったのは、ブレタン侯爵との婚約が嫌だったからというのもあるだろう。
しかし、他にも探せば道はあったはずだ。
そんな中でも冒険者という危険な職業を選んだのは、彼女自身が誰かに憧れていたから……恐らく、そのアリアさんという人物だろう。
だから、彼女は冒険者になる道を選んだ。
そのことを彼女の実家がどう思っているのかは知らないが、簡単に許可を出したとは思いにくい。貴族というのは面倒なのだ。
まさかこんな場所でリーズの話が聞けると思わず、つい話し込んでいると、隊長が続ける。
「それより、どうかな? 何か参考になる物でもあったか?」
「はい。やはり、見に来て正解でした」
俺が素直にそう告げると、何故か隊長は驚く。
「ほ、本気で言ってるのか? 特に変わった技はないだろう? 所詮、切り払いや上段切りなど、ありふれた動きの組み合わせでしかない。真の実力者のように、斬撃を飛ばしているわけでもないが……」
「別に斬撃を飛ばせるからと言って、実力があるかどうかは分かりませんよ。それに王国剣術は、確かに一つ一つの動きは簡素ですが、その代わりどんな相手でも万全に対処できるはずです」
「何?」
この王国剣術というものは、動きや型自体は非常に簡単だ。
しかし、見知らぬ流派の者と王国剣術が戦うことになったとしても、王国剣術を極めていれば、問題なく対処できるだろう。
それほどまでに動きの応用が利く上に、流れが完成されている。
これならどんな状況でも対処できるだろう。
これは今の俺には非常にありがたかった。
というのも、降神一刀流は防ぐ間もなく相手を仕留める怒涛の攻撃刀術だが、初代皇帝陛下はそれらの攻撃的な技を上手く使い分け、防御にも応用していた。それはまさに、刀術を手足のように使いこなせていることの証左。
だが、俺はまだその領域に達していないため、技や型を覚えたまでに過ぎず、変幻自在な攻撃はまだまだ未熟だ。
そこでこの王国剣術を上手く組み込むことで、俺自身の応用力の向上につながるというわけである。
しかも、動きが簡単ということは、どんな者であっても学ぶことが簡単ということだ。これはまとまった戦力を鍛えるという点では非常に優れているだろう。
「やはり、素晴らしい剣術ですね。もしよろしければ、明日も見学しに来ていいですか?」
「あ、ああ。それは構わないが……」
「ありがとうございます! あ……そろそろ日が昇りますし、失礼しますね」
「う、うむ」
俺は隊長や訓練中の兵士に頭を下げると、街へと戻るのだった。
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