第11話
登録が済んだ俺は、リーズに言われた通りギルド内で大人しく待っていた。
ただ、普通に待っているだけでは面白くないので、依頼が貼られている掲示板を眺めることに。
その際、俺の格好は他の者たちと違うので、妙な輩に絡まれる可能性も考え、いつも以上に意識的に気配などを消しながら確認していた。
「ふむ……こういう形か」
そこに貼りだされていた依頼は、冒険者の階級ごとに分けられていた。
ただ、俺は大陸共通語というものを読むことができないので、何となく目についた依頼を見つけては、手が空いている受付の人に確認するのを繰り返すことに。
その結果、E級の俺が受けられる依頼は、主に誰かの買い物の代行だったり、街の清掃活動だったりと、雑用的な面が強いことが分かった。
街の外に関する依頼でも、薬草採取という依頼しかないらしい。
次の階級であるD級の依頼に目を向ければ、雑用のほかに見慣れぬ名前の魔物の討伐依頼が貼りだされていたので、D級からようやく冒険者として始まると言ったところだろう。
そんなことを考えていると、リーズの気配を感知した。
その方向に視線を向けると、俺を探しているのか周囲を見渡しているリーズが。
俺は気配をいつも通りに戻し、リーズの下に向かう。
「用事は済んだのか?」
「うえっ!? あ……え、ええ。何とかね」
「それはよかった」
「……アンタ、気配なさすぎじゃない? どうなってるの?」
「そうか? あんまり驚かせるようなら気を付けるが……」
あの極魔島で過ごすうちに、自然と今の気配が身に着いたのだ。
というのも、極魔島では俺より強い妖魔がたくさんいたため、気配を消し続けなければ生き残れない。
それに、こちらから攻撃を仕掛けるときも、格上の妖魔が相手なら、奇襲を仕掛けたりするためにも気配を消すのは必須条件だった。
とはいえ、リーズと出会い、島を出てからは気配を消し続ける理由もないので、普通に過ごしていたつもりだったが……それでも気配が希薄なのは癖になっていた。
「ま、まあそれはいいわ。それより、宿に向かいましょ。アンタも私と同じ宿でいいわよね?」
「それは構わないが……いいのか?」
「ん? 何が?」
「リーズはA級冒険者なのだろう? なら、俺のような人間が簡単に泊まれるような宿だとは思わないんだが……」
掲示板を見ていた時、A級冒険者向けの依頼も目を通したのだが、明らかに依頼の内容も難しそうで、その上報酬金も高そうだった。
いくら受付の人に依頼内容を読んでもらっていても、この国の貨幣がまだ分かっていなかったので、完全に俺の主観でしかないが。
ただ、刀士に当てはめて考えても、黒位の刀士より紫位の刀士の給金が高いのは当然だ。
すると、リーズは少し呆れていた。
「あのね……そんなこと気にしなくてもいいわよ」
「だが……」
「何回か言ったと思うけど、貴方がいなければ私は帰って来ることさえできなかったの。だから、これくらいは恩返しでも何でもないわ。むしろ、護衛してくれたことに対する報酬みたいなもんよ」
「それこそ、俺もあの島を出る切っ掛けになったのは、リーズがいたからだ」
リーズと出会わなければ、俺は今もあの島でダラダラと修練を続けていたことだろう。
それが悪いとは言わないが、やはり外の世界を知るのも大切だ。
「とにかく、アンタは気にしなくてもいいわ。それに、A級冒険者って稼げるんだから」
「それは……素晴らしいな。俺もリーズのように、高い階級になれるよう、頑張ろう」
「……アンタならすぐよ」
新たな目標ができたことを嬉しく思っていると、リーズは何とも言えない表情でそう告げた。
それからリーズの勧める宿屋に向かった。
宿へ向かう道中、リーズは声を潜めながら、申し訳なさそうに告げる。
「それと……私と同じ宿なのには別の理由もあるの」
「ん? 別の?」
「実は……」
リーズは言い辛そうにしながらも、極魔島に流れ着くまでの経緯を語ってくれた。
俺の話にも共感してくれていたように、リーズもまた、家との確執や周囲の柵で悩まされたらしい。
そのせいで命の危険に晒され、今回のような事態になったと。
「刀真には感謝してもしきれないわ。でも、私を送ってくれたせいで、刀真までブレタン侯爵やブラッドラットの連中に襲われるかもしれない。だから、せめて私が貴方を護れるよう、同じ宿にと思ったの」
「なるほど……」
ブレタン侯爵とやらは会ったこともないので何とも言えない。ただ、貴族がわざわざ正面から俺に手を出してくるとは考えにくい。陽ノ国の公家もそうだが、彼らは体面や体裁を気にする。いちいちただの陽ノ国人である俺に手を出さないだろう。
しかし、間接的に、裏から仕掛けてくる可能性は高い。
その手段が恐らく闇ギルドとやらで、ブラッドラットという連中には気を付けた方がいいだろう。
闇ギルドは雰囲気から察するに、陽ノ国でもよく公家が活用していた凶手のようなものだろうし……。
とすれば、闇夜からの不意打ちもあり得る。
「だから、ごめんなさい。本当なら最初から私のことを伝えておくべきだったわ。でも、私は自分のことを優先して……」
「リーズ。たとえ君にどんな背景があろうと、俺があの島を出ると決めたんだ。そこに後悔はない」
「でも……」
「それに、俺はもう、君とは友人だと思っている。君が困っているのなら、俺にも手伝わせてくれ」
「……ありがとう」
リーズは小さくそう呟いた。
事実、ブレタン侯爵がどんな手段を講じてくるかは分からないが、なるようになるだろう。
それに、いざとなれば逃げればいい。
恐らく俺が極魔島で一番鍛え上げられたものこそ、逃げ足と言ってもいいだろう。彼我の戦力差を見極め、逃げられなければ死ぬからな。
そんなこんなでリーズの利用している宿に到着した。
「ここが私の利用してる『ヒーリス』よ」
「おお……」
紹介されたヒーリスという宿は、冒険者ギルドからも近く、周辺に様々な店が立ち並んでおり、非常に利便性の高そうな立地だった。
その上、外観も白い石造りで、綺麗である。
中に入ると、ギルドに併設されていた酒場をもっと大きくし、さらに清潔にしたような食堂が広がっていた。
右手には受付らしきものがあり、そこに立っていた女性がリーズに気づく。
「あら! リーズちゃん! 無事だったのね!」
「ごめんなさい……心配させちゃったわね」
「いいのよぉ、こうしてリーズちゃんが無事だったのなら! それで、どうする? いつもの部屋は空いてるわよ?」
「それじゃあいつも通り、一週間ほどお願いします。それと……彼の部屋も用意できるかしら?」
「彼? って、あらあら! ごめんなさい、気づかなかったわ」
すると、女性は俺の姿を認識すると、慌てて謝罪する。
「いえ、こちらこそすみません。どうやら気配が希薄なようで……」
「まあまあ。それで、部屋に関してだけど、空いてるわよ」
「なら、彼の分もお願い。ひとまず同じく一週間で、代金は私が払うわ」
リーズがそういうと、女性は目を見開く。
「珍しいこともあるわね……今まで一人だったリーズちゃんが誰かを連れてくるなんて……しかも、男の子!」
「もう! 変な詮索はしないでよ? 別にそういう関係じゃないんだし」
「あら、ごめんなさいね。この歳になるとどうも……ふふふ」
女性は朗らかに笑うと、俺に向き直り、頭を下げる。
「ようこそ、ヒーリスへ。私はアンナ。よろしくね」
「刀真です。こちらこそ、お世話になります」
アンナさんとの挨拶後、俺たちは部屋の鍵を受け取りながら、宿の説明を受けた。
陽ノ国では湯浴みが普通だったのだが、このレストラルでは湯浴みの文化はないようで、毎日新鮮な水と布を運んできてくれるので、それで体を拭いたりするそうだ。
また、裏庭があるらしく、そこには井戸もあり、そこで顔を洗ったりしていいと。
ちなみに、その裏庭で軽く修練をしていいか訊ねると、物さえ壊さなければ大丈夫だと言われた。これは有難い。
ここ数日は海の上だったので、変則的な修練しかできなかったからな。
他にも、ここでは宿泊代に朝食と夕食代も含まれているらしい。ますますリーズには頭が上がらないな。
そんなこんなで一度部屋に向かうと、どうやらリーズの部屋とはお隣同士だった。
「これなら何かあっても、すぐに対処できるわね」
「そうだな」
「それと、もう夕方だし、下で一緒に食事をとりましょう。陽ノ国以外の食事は初めてでしょう?」
「ああ」
そんな約束をした後、一度部屋に入ると、その内装に驚く。
まず、陽ノ国とは違い、床に布団を敷いて寝るという習慣がなく、ベッドという寝具が置かれていた。
他にも座椅子ではなく、椅子や机など、陽ノ国ではあまり見ない様式の家具が多い。
ただ、俺は普通の陽ノ国人とは違うので、そこまで戸惑いがなかった。なんせ十年間は野外で寝泊まりしていた人間だからな。今さら別の文化に触れたところで何も思わない。むしろ、大陸の文化どころか、人間の文化に触れること自体が久々だ。
内装をある程度観察し終えた俺は、約束していた下の食堂へと向かう。
すると、すでにリーズが座っていた。
「すまない、待たせた」
「別に大丈夫よ。それと、注文はこっちでしちゃうけど、大丈夫?」
「ああ。文字が読めないからな」
「うーん……これはそのうち文字も教えるべきね……」
リーズはブレタン侯爵についての情報を集めたり、色々動く必要があるようで、常に一緒に行動するというわけにはいかなかった。
とはいえ、手が空いてるときには文字を教えてもらう約束をする。
「まあ適当に街を探索しつつ、リーズが落ち着くのを待つさ」
そんな感じで談笑していると、ついに食事が運ばれてきた。
俺の前に置かれたのは、なんらかの動物の肉を焼いたものと、新鮮そうな野菜、温かそうな汁物に、見慣れぬ茶色い物体だった。
「これは……?」
「そういえば、陽ノ国って主食がお米だったわね。これはパンって言うんだけど、この大陸では主食とされてるものよ」
「なるほど……」
ひとまず見つめていても食事が冷めるだけなので、俺は手を合わせたのち、パンを口に含んだ。
すると、ほのかな甘みとふわりとした食感が口に広がる。
続いて肉や野菜に手を付けるが、そのどれもが非常に美味だった。
思わず無我夢中で食事を続けていると、リーズが呆気にとられる。
「そ、そんなに急いで食べなくても……」
「あ……す、すまない。まともな食事は……十五年ぶりだからな」
「十五年!?」
俺の食事が兵糧丸に変わったのは、十歳の頃。
まさに俺が命刀を発現できなかった時からだ。
それまでも魔力が扱えなかったことで、雑な対応をされてきたが、それでもまだ人間らしい食事をとっていた。
しかし、命刀の件からはもう……。
「……本来食事とは、こういうものだったな。食道楽になるのも頷ける」
俺は今、十五年ぶりに食事の喜びを嚙みしめていた。
それと同時に、目の前の食事から強い力を感じ取っていた。
これは……今、俺の体内に取り込まれた食材の持つ力か。
今までの俺は、兵糧丸というまさに栄養補給だけを考えた物を食べてきた。
そこには力や生命力などは一切感じ取れない。
兵糧丸以外では、素材そのままで丸焼きにして食べてきたが、あれも食材の持つ力を吸収するという点では優れている。しかし、ここまでその力が引き出されてはいなかった。
料理人が味も考え、その食材の良さを最大限引き出しているからこそ感じ取れる力強さだ。
今俺が口にしている食事は、栄養効率という面では確かに非効率的だろう。
だが、この食事はその食材が持っていた生命力や力が俺の血肉となっていくのを確かに感じていた。
「島でも殺した相手の血肉は己の物にしてきた。しかし、この食事は違う。それぞれの食材の良さを調理技術を駆使することで、本来食材に備わっている力や生命力、味が極限まで引き出されている。これは素晴らしい」
「そ、そう」
俺の発言に何とも言えない表情を浮かべるリーズ。
そんな彼女をよそに、俺は目の前の食事に没頭していくのだった。
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