第10話

 リーズと別れ、登録する列に並んでいると、俺の番になる。


「次の方どうぞー」

「よろしくお願い……ッ!?」


 そこまで言いかけて、俺は受付女性の姿に驚いた。

 なんと、頭に獣の耳が生えているのだ。な、何だ、これは……。

 しかも、よく観察すれば、尻尾まで生えている。

 つ、作り物なのか……?

 街でも似たような恰好の人間を見たが、ただの気のせいか、仮装なのだと思っていた。

 だが、目の前の女性に生えている耳も尻尾も、確実に動いているし、魔力も流れていることから体の一部であることに間違いなかった。

 思わずまじまじと見つめていると、受付の女性が困惑した様子で口を開いた。


「あ、あのぅ……」

「あ……す、すみません! 不躾に見つめてしまい……」

「大丈夫ですよ。ただ……私のどこかおかしいでしょうか?」

「い、いえ。その……貴女のように、人以外の耳を持つ方を初めて見たので……」

「そうなんですか? あ……見たところ貴方様は陽ノ国の方ですよね?」

「そうです」

「陽ノ国の方がいらっしゃるなんて珍しいですね! 陽ノ国は出国制限がかかってるという話でしたが、解除されたんですか?」

「その……そこら辺のことはよく分からないんです」


 すると、受付の女性は一瞬驚きつつも、何かに気づいて納得していた。


「そういえば、先ほどもリーズさんと一緒にいましたもんね。リーズさんも依頼中に亡くなられたって話だったんですけど……何か訳アリって感じでしょうか」

「そんなところです」


 なんて答えればいいのか分からず、つい曖昧な返事をしていると、女性は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「っと……すみません。つい詮索するようなことを聞いてしまって……」

「そんな! こちらも不躾に見てしまったわけですから……」

「いえいえ。確かに陽ノ国では人種以外はいないって聞きますしね。私のように動物の特徴を持っているのは、獣人ビースターです。他にも森の民スピレスト岩の民ガンテールと言った種族がこの街には住んでいますが……」


 どうやら予想以上に人間以外の種族が多いらしい。

 ここら辺も師匠から話は聞いていたが、実際に目にすると驚き具合は大きく異なる。


「あっ……す、すみません! つい話し込んでしまいましたね。それで、こちらの列に並んでいたということは、冒険者として登録するということで大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」

「では、こちらの用紙に……あ、大陸共通語は書けますか?」

「すみません、書けないです」

「では、代筆いたします。お名前をお伺いしても?」

「刀真です」


 俺がそう答えると、受付の女性は用紙に何かを記入し、妙な箱に紙を入れる。

 もう少し何か聞かれるかと思ったが、どうやら名前だけでいいらしい。

 すると、少ししてから鉄の板が箱から排出された。


「はい、完成いたしました。こちらがギルドカードになります」

「ギルドカード……」


 渡された鉄の板には、俺には読めない文字で何かが刻まれていた。


「そちらはE級を示す鉄のギルドカードでして、お名前とランクが記載されています」

「な、なるほど……?」

「また、ランクは最下級のE級から始まり、依頼の達成度などによって――――」


 ここから非常に長いギルドの説明を聞くことになったのだが、何とか理解しようと努力したものの、よく分からなかった。

 EもSもランクも聞き馴染みがない単語だからだ。

 ただ、女性の話を自分なりにまとめると、恐らく刀士の位階に似ているなと思った。

 刀士の最下位が黒位であるのに対し、冒険者の最下位はE級……つまり、今の俺だ。

 他にも昇級方法などを説明されたが、とりあえず依頼を真面目に受け、ギルドに認められた場合に課される試練を達成すればいいらしい。まあ俺に関係のある話かは分からないが、依頼を受ける以上は手を抜くつもりもない。

 ともかく、ようやく説明が終わったところで、女性が頭を下げた。


「……長々と語りましたが、説明は以上となります」

「そ、その……ありがとうございました」

「いえ。それと申し遅れましたが、ギルドの受付をしておりますリリーと申します。刀真様のこれからの冒険者としての活躍をお祈りいたします」


 そして、リリーさんは丁寧なお辞儀をするのだった。


***


 私……リーズは、ギルドに到着すると、まずギルドマスターの部屋に向かった。

 ノックすると、部屋から女性の声が聞こえてくる。


「失礼します」


 中に入ると、そこには赤銅色の髪を雑にまとめた、一人のガンテール女性がいた。

 ガンテールは岩の民と呼ばれているように、本来は険しい渓谷や鉱山に住んでおり、鍛冶の技術が優れた種族である。

 長い間鉱石と共に生きてきた彼らは、体内に少しずつ鉱物が蓄積していき、体の一部が特殊な鉱石に覆われていた。その証拠に目の前の女性も、首元がゴツゴツとした鉱石で覆われていた。

 また、ガンテールは採掘や鍛冶を続けてきた種族だからか、男性は筋骨隆々な者が多く、女性も筋肉質で背が高い。

 そんなガンテールの女性こそ、このレストラルにある冒険者ギルドのマスター……ベラさんだった。

 ベラさんは部屋に入った私を見ると、目を見開く。


「あ、アンタ……生きてたのかい!?」

「……その、何とか……」


 そして、すぐに私の下に来ると、力強く抱きしめた。


「よかった……よかったよ……! アンタが死んだって聞いた時、アタシは……」

「……ごめんなさい」


 私はベラさんに謝る。

 ベラさんは私が冒険者として活動を始めた頃から、ずっと面倒を見てくれている大切な恩人だ。恥ずかしいから口には出さないが、姉のように思っている。

 ……もし私が最初からベラさんの言うことを聞いて、信頼できる仲間を作っていれば、こんなことにはならなかったのだが、こうして再会できたのは本当に嬉しい。

 謝る私を、ベラさんは責めずにさらに抱きしめた。


「いいんだよ! こうしてアンタが無事に帰ってくれば……!」

「うぐっ……べ、ベラさん……苦しい……」

「ん? あ……すまないね。つい……ハハハハハ!」


 思わずベラさんの背中を叩くと、ベラさんは豪快に笑った。

 ベラさんもガンテール女性特有の高身長かつ筋肉がすごいので、魔法使いの私なんかじゃ簡単に潰されてしまう。

 ……まあそれ以外にも、胸が大きいからそこで窒息しそうにもなるんだけど。

 思わずベラさんの胸を見つめていると、そんなことに気づかずにベラさんは真剣な表情を浮かべた。


「それにしても……一体何があったんだい?」

「その……実は……」


 私は自分が受けた依頼のことや、陽ノ国に向かう商船で起こった出来事など、しっかりと説明した。

 元々ベラさんは私の経歴を知ってるから、ブレタン侯爵との確執についても分かっている。

 ただ、一つだけ言葉を濁したのは、あの極魔島から脱出した件だ。

 極魔島の噂は、陽ノ国と交易が始まってから、この街にも轟いている。

 そのため、そこから脱出したと言っても、普通は信じられないだろう。

 まあベラさんなら私の言葉は信じてくれると思うが、刀真のことを説明するのが難しかったのだ。

 そのため、商船で襲われてから何とか脱出した後、同じく陽ノ国から抜け出して旅をしている刀真と出会い、ここまで一緒に来たことにした。

 すると、そんな私の説明を聞き終えたベラさんの表情に、激しい怒りが宿る。


「まさか、アタシのギルドで舐めた真似をするヤツがいるとはね……」


 その舐めた真似というのは、私の情報をブレタン侯爵に流した職員のことだろう。

 それにしても……さすがは元S級冒険者。

 ランクは一つしか変わらないのに、絶対的な力の差を感じさせられた。


「分かった。アンタの情報を流したヤツは、こっちで調べてしっかり処理しとくよ。ただ、ブレタン侯爵については……難しいかもしれないが、目を光らせておく」

「……ありがとうございます」


 いくら冒険者ギルドが自由な集団とはいえ、貴族の力は大きい。

 しかも、今回私が受けた護衛対象であるガルド商会もこの街では大きな力を持っている。

 そこに闇ギルドまで絡んでくると、さすがのベラさんでも手が回らないはずだ。

 特にブラッドラットはアールスト王国の中でも非常に厄介なことで有名だし……。

 つい重い雰囲気になる中、私は話題を変える。


「そういえば、私以外のことで何かあったりしましたか? 例えば、優秀な冒険者が現れたとか、強力な魔物が出現したとか……」

「あー、ナイナイ。魔物もそうだが、冒険者に関しても最近はどいつもこいつもまともなヤツがいないよ。こんなんじゃいつまで経っても辞められやしない」


 うんざりとした様子でそう告げるベラさん。

 その言葉に、私は苦笑いを浮かべた。


「その……まだ婚活中なんですか?」

「当たり前だろう? 理想の旦那を手に入れるまでは諦めないよッ!」


 そう語るベラさんの瞳に、炎が宿る。

 ……ベラさんは、ギルドマスターの中でもかなり変わっている。

 というのも、元々冒険者としてまだまだ現役でありながら、結婚資金を集め終えると婚活のために引退。

 しかし、無職というのは世間体が悪いので、ギルドマスターになったという、なんとも言えない経歴を持っていた。

 そのため、結婚すればギルドマスターを辞めると常々口にしている。

 そんなベラさんだが、スタイル抜群の女性であり、しかもすごい美人だ。

 普通なら引く手あまたなんだろうけど……。


「えっと……ベラさんの理想って……?」

「そりゃあもちろん、アタシより強いヤツに決まってるじゃないか」

「そんなこと言ってるから結婚できないんですよ……」


 元S級冒険者のベラさんより強い人なんて、そうそういない。

 確かにガンテールはその種続柄、力の強い人に惹かれるって聞くけど、いくら何でもベラさんが基準なのは無謀すぎる。


「で、でも、同じガンテールならベラさんより力の強い人もいるんじゃないですか?」

「ダメダメ。アイツらはガサツだし、むさ苦しいし、嫌だね。アタシは癒しが欲しいんだよ!」


 元S級冒険者をしのぐ力を持っていながら癒される存在など、とんだ矛盾だ。本当に結婚する気はあるのだろうか。口に出したら怒られるので、黙っているが。


「それに、ガンテールの男どもは武具のことしか頭にないんだから」

「あー……それはそうかも……」

「だろう? その上、並みのガンテール男じゃ、アタシに勝てないんだからさ。それよりも、アンタの話を聞かせな! まだ隠してることとかあるんじゃないかい? 例えば……一緒に来たって言う刀真のこととかさ」

「ええ!?」


 あ、やっぱり誤魔化しきれてない!?

 私はニヤリと笑うベラさんに捕まり、色々なことを聞き出されるのだった。

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