第9話

 極魔島を飛び出してからは、いたって順調な航海だった。

 時折、見知らぬ海の妖魔が飛び出したが、どれも問題なく対処できた。

 しかも、風を気にしない魔導船は非常に優れており、海流の問題さえ解決してしまえば、あとは楽だった。

 そんな穏やかな航海を続けていると、リーズが声をかけてくる。


「あと少しでアールスト王国の港町……レストラルに着くはずよ」

「そうか」


 何だかんだ数日は航海しているが、食料などの心配はない。

 リーズのマジックバック? とやらにあらかじめ食料があっただけでなく、俺が海で捕って来れるからだ。

 問題があるとすれば、海風に晒されるため、非常に肌がべたつくことくらいだろうか。


「うぅ……早く思いっきり水浴びしたいわ……」

「魔法で水なら出せるが……」

「アンタがいるのに、ここで水浴びなんてできるわけないでしょ!」

「あ……す、すまない」


 どうも俺は、一人でいる時間が長すぎたせいか、相手を思いやるという力が不足している。

 普通に考えれば、女性が男の前で水浴びなどできるはずがなかったな……。

 ただ、リーズもここ数日で俺の人となりが分かって来たのか、呆れたようにため息を吐く。


「はぁ……本気で怒ってるわけじゃないわよ。ただ、気を付けなさい」

「ああ……」


 このように、度々リーズを怒らせては、反省しての繰り返しだ。成長がないのか、俺は。

 正直、こうして許してくれるリーズの存在が本当に有難い。普通ならば絶縁ものだ。

 ようやくここ数日で友人となれたリーズに、嫌われるのは辛いからな……。

 すると、気分を変えるようにリーズが続ける。


「そういえば、レストラルに着いたら刀真はどうするの?」

「……考えてなかったな」

「嘘でしょ!?」


 リーズを送り届ける以外に、目的をもって出てきたわけじゃない。

 せいぜい世界を見て回ろう程度の軽い考えだった。

 そこまで考えたところで、俺は重大なことに気づく。


「はっ!? しまった……!」

「ど、どうしたの?」

金子きんすが……ない……!」

「金子? あ、お金のことね。ビックリしたじゃない……」


 何故かリーズは呆れたようにため息を吐いた。


「いや、十分大事なことだろう?」

「確かにお金がないのは問題だけど……街に入るためのお金とか、宿代くらいは私が払うわよ」

「いや、それはさすがに……」

「いいから。こう見えて私、稼いでるし。それに、アンタがいなければあの島から出ることもできなかったのよ? だから、お礼として受け取りなさい」

「……ありがとう」


 リーズには本当に頭が上がらないな。

 初めて出会えた異国の者が、リーズでよかった。

 心の底からそう思っていると、リーズは何かに気づく。


「そうだ! どうせなら、刀真も冒険者になれば?」

「ん? 冒険者と言えば……確か、リーズもそんな肩書だったな?」

「ええ。冒険者って言うのは、その名の通り世界を冒険する人たちのことよ。街の冒険者ギルドに登録すれば、簡単になれるわ」

「まあ俺の目的も旅だから、それは構わないが……何かいいことがあるのか?」

「ええ。まず、冒険者と言っても、旅をするだけじゃお金は減ってくばかりよね? だから、基本的に街の雑用だったり、魔物を討伐したりして、お金を稼ぐの。その稼いだお金を貯めて装備を整えたら、旅に出たり、ダンジョンに挑んだりするって感じね」

「その雑用などはどうすればいい?」

「ギルドの中に掲示板があるんだけど、そこに張り出されてる依頼から選んで受けることができるわ。まあ色々言ったけど、実力さえあればお金を稼ぎやすい職業ってのが、冒険者よ」

「なるほど……」

「中には貴族に召し抱えられたり、騎士になったりする人もいるけど、そういうのはごく一部だし、何より選民思想の強い連中が多いから。平民で騎士になっても、大成するのは難しいわね」


 そういう点はどこの国も一緒なんだな。

 それにしても、話だけ聞いた限りだと、冒険者というのはいい職業のように思える。

 すると、リーズはさらに続けた。


「それに、一番のメリットは、アンタみたいに事情を抱えた人や、身元不明な人間でも登録できるってこと」

「ん? それは……大丈夫なのか?」

「もちろん、危険と言えば危険よね。だから冒険者には荒くれ者が多いんだけど、その分自由だし、何か犯罪を起こせば必ず罪が重くなるわ。自由には何かしらの対価が必要ってこと。大体こんなところかしら。ちなみに依頼を達成すれば、ギルドでお金もすぐもらえるから、今すぐお金の欲しいアンタにはピッタリよ。どう? よさそうでしょ?」


 リーズの言う通り、冒険者は俺に合ってるように思える。特にお金が手に入れやすいというのは有難い。今は無一文だからな。

 それに、俺の身元というか、事情はかなり特殊なため、身元を探られずに登録できるのも大きい。

 まず、俺はおそらく護堂家から除籍されていない。

 というのも、あの島に生贄には護堂家の長男という身分が必要だからだ。

 そのため、俺は護堂家の長男のまま生贄にされ、死んだ扱いになっているだろう。

 しかし俺は生きているため、護堂家の籍は残っていることになる。


「冒険者のことは理解したが……入国は大丈夫だろうか。俺は身分を証明できるようなものもないのだが……」

「あー……他国からの入国もお金がかかるけど、それも私が払うわ。ただ、刀真はすごく目立つはずよ。なんせ陽ノ国人だし」

「何故だ? 陽ノ国と交易しているんだろう? なら、そのレストラルという街にも陽ノ国人はいるはずだ」

「それが、ほとんどいないのよ」

「……何?」


 それは予想外の言葉だった。


「私も詳しくは知らないけど、陽ノ国の方針で出国制限がされてるみたいよ? 何なら入国も簡単じゃないし」

「ふむ……」


 何故そんな方針がとられているのかは分からないが……まあいい。

 今の俺には関係ない。どうせ死んでると思われているのだ。

 ただ……。


「状況は理解した。そのうえで、リーズには頼みがある」

「ん? 何よ」

「俺をただの刀真として扱ってほしい」

「……護堂を隠すってこと?」

「そうだ」


 出国制限がかかっているのなら、俺がレストラルで活動し始めれば異国にいる陽ノ国人ということで噂になる可能性が高い。そうなると、アールスト王国の商人が陽ノ国で話すこともあり得る。

 その際、護堂家だと分かれば、面倒なことになるだろう。

 すると、リーズは真剣な表情で頷いてくれた。


「刀真も色々あるみたいね……いいわ。アンタは今からただの刀真よ」

「ああ。……ありがとう」

「気にしないで。家の柵ってのは、私もよく分かってるから」


 そう口にするリーズは、どこか寂しそうだった。

 すると、不意にリーズが指をさす。


「あ、あれを見て!」

「ん?」


 リーズの示す先に目を向けると、遠くに港が見えてきた。


「あれがアールスト王国のレストラルよ!」


 ――――こうして俺たちは、無事レストラルに到着することができた。


***


 港にたどり着くと、すぐに役人らしき人物が現れ、色々と手続きをすることになった。

 ただ、リーズが港に着いた瞬間、周囲は妙にざわめいていた。

 少し耳を澄ましてみると、どうやらリーズが帰ってきたことに驚いているらしい。

 理由は知らないが、リーズは途中で死んだことにされていたようだ。

 まあ極魔島に流れ着く前の経緯を詳しく知らないので、何があったのかは分からない。

 とはいえ、リーズから話さない限りは俺も訊くつもりがなかった。

 他に、俺の姿を見て騒ぐ者たちも数多く存在した。リーズの言う通り、他国に陽ノ国人がやって来るのは珍しいのだろう。

 そういうわけで、周囲を観察していると、手続きを終えたリーズが帰って来た。


「ったく……ようやく終わったわ」

「お疲れ様」

「ん。それより、早くギルドに行きましょ。さっきから視線が鬱陶しいったらないわ」


 顔をしかめるリーズの後をついて行きながら、俺たちは関所を抜けた。

 関所を抜けると、レストラルの街並みが見える。

 そこは陽ノ国では見かけない衣服を身に纏う人々が多く行き交い、建物も石造りで驚いた。陽ノ国は基本木造の建物だからな。

 それに、見たこともないような人種も見受けられ、しっかりと武装した者たちもたくさんいた。

 こうして物珍しそうに街並みを見ている俺は、完全に田舎者丸出しだっただろう。

 事実、街に入ってからさらに人目が俺の方に向いているのを感じていた。

 周囲を興味深く観察していると、リーズがとある建物の前で立ち止まる。


「ついたわ。ここが冒険者ギルドよ」

「ここが……」


 そこには、見知らぬ文字で書かれた看板に、剣と盾の印。

 他の建物より大きく、その上街の中心部に建てられていた。

 リーズに続く形で中に入ると、そこは異国の酒場と言った印象を受けた。

 というのも、この場で酒を飲んでいる人がかなり多いからだ。

 ただ、リーズが現れた瞬間、建物内の雰囲気がガラリと変わり、様々な視線が寄せられる。中にはリーズとともにいる俺にも視線が向けられた。

 周囲を観察していると、リーズはそんな彼らを呆れたように見つめる。


「はぁ……勘違いしないでほしいんだけど、酒場じゃなくて、ここは冒険者ギルドであってるからね。職業柄、荒くれ者が多いし、依頼終わりに一杯飲みたいって言う連中のために、ギルド内にも小さな酒場が併設されてるのよ」

「なるほど……」

「私は少し別の用事があるから、アンタはあそこで登録してきなさい」


 リーズが指し示す方に視線を向けると、そこには受付らしき場所があり、すでに何人か並んでいた。


「分かった」

「それと、宿のこともあるから、このギルドからなるべく動かないでね」


 リーズはそれだけ告げると、一人どこかへ向かってしまう。

 それを見送りながら、俺も登録のために列へと並ぶのだった。

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