第6話
洞窟に足を踏み入れると、そこは外の様子とは異なり、石造りのしっかりとした構造になっていた。
どう考えても、人の手が入ってる。
もしかしたら、遥か昔に怨霊を祀るための祠として建てられたのだろうか。
そんなことを考えながら進んでいくと、やがて広い空間に出た。
その瞬間、周囲の壁面にかかっていた松明に火が灯る。
「なっ……」
『――――ずいぶんと時間がかかったものよ』
「!」
不意に、声が響き渡った。
俺はすぐさま戦闘態勢をとるが、何故か相手の姿が見えない。
師匠と別れ、さらに修行したことで魔力や気配に敏感になっているはずだが、まったく察知できないのだ。
すると、謎の声の主が笑う。
『ククク……そう構えるな。余は目の前におる』
「ッ!」
次の瞬間、俺の目の前に壮年の男性が姿を現した。
なびく黒い長髪に、豪華な衣服。
その出で立ちは非常に厳かで、ただ者ではないことが一目で分かった。
だが――――。
「体が……透けてる……?」
『すでにこの世を去っておるからな』
「な、ならばこれは一体……」
驚く俺に対し、男性は笑みを浮かべた。
『フッ……余の子孫でありながら、細かいことを気にするな?』
「し、子孫!?」
『まあよい。ここまで来たということは、この島にいる妖魔を相手にしながらここまで来たのだろう?』
「そ、そうですが……」
『ならば、貴様は余の試練を突破したことになる。そして資格を得た。余の全てを受け取る資格をな』
「ま、待ってください!」
俺は思わずそう声を上げた。
なんせ、分からないことが多すぎるのだ。
目の前の男性が何なのか、それに子孫とはどういうことなのか。
それに、試練や資格など……いきなりのことで何も分からない。
だが、男性は呆れた表情を浮かべた。
『はぁ……余を相手にその態度とは……とても
「陽龍家!?」
男性の口から出たその家名に、俺は目を見開いた。
何故なら陽龍家とは、陽ノ国の皇族を示すものだからだ。
すると、そんな俺の反応を見て、男性が訝しそうな表情を浮かべる。
『ん? 何を驚いている? ……いや、待て。貴様、余の子孫にしては妙だな? 何故、【
『王刀』とは、まさに皇族が扱う命刀のことであり、俺が持っているはずがない。
その瞬間、男性の気配が変わった。
『ふん……国で何が起きたのかは分からぬが、確かめてみればよいだけか』
「え?」
『――――その力、見せてみよ』
「ッ!?」
一瞬だった。
確かに男性の言葉に驚いたりはしていたが、警戒を怠ることはなく、隙を見せたつもりもない。
だが、この男性はそんな俺の懐に一瞬で潜り込んできたのだ。
そして、男性の手にはいつの間にか白銀の刀身と美しい青い刃文が広がる、一本の刀が握られていた。
『死ぬなよ?』
「ぐぅううう!?」
咄嗟に魔力と闘気を限界まで引き上げ、腕に纏わせると、男性の一撃を受け止めた。もし一瞬でも闘気と魔力を纏わせるのが遅れていたら、腕は斬り飛ばされていただろう。
何とかその威力を逃がそうとするが、あまりにも一撃が強烈過ぎて、威力を殺すことができず、大きく吹き飛ばされる。
しかし俺は、男性の攻撃を受け止めた瞬間、痛手を受ける前に妙な感覚に襲われていた。
それは、何故か男性が放った今の一撃が、一体どういうもので、何という技なのかが脳内に流れ込んできたのだ。
突然の現象に驚いていると、男性は頷く。
『やはり、伝承できるということは、俺の子孫であることに間違いはないな。ならば、このまま続けよう』
「何を――――!?」
制止の言葉をかける間もなく、怒涛の勢いで男性の攻撃が放たれた。
男性の剣撃は変幻自在で、こちらが防ごうとすれば、その隙を一瞬で突き、刀の軌道が変化する。
しかもその一撃一撃が凄まじい威力で、俺は紙一重で受け流しながらなんとか持ちこたえた。
するとやはり、男性の攻撃を受けるたびにその動きや技が、俺の脳内に流れ込んでくるのだ。
男性が口にしていた伝承という言葉を思い返すと、今の俺は、男性から何かを伝承されているのだろう。
とはいえ、もし魔力と闘気のどちらか一方でも使えなければ、一瞬であの世に行っていただろう。
そのうえ、目にも魔力と闘気による強化を限界まで施しているのだが、これがなければ男性の動きを追うことさえできないのである。
ただ、何より恐ろしいのが、このすべての攻撃を目の前の男性は涼しい顔で行ってくることだ。
つまり、この男性にとって、この程度の剣撃は本気ですらないということになる。
島の奥地にたどり着けたことで、多少腕に自信が出てきた俺だったが、そんなものは一瞬にして吹き飛んだ。
だが、このままやられっ放しというのは、あまりいい気はしない。
俺がやられるだけならば問題なかろう。
しかし、俺が負けるということは、師匠から受け継いだ【覇天拳】も負けることになる。
それだけは許せなかった。
「舐めるなッ!」
『ほう?』
俺は男性の息を読み取ると、その隙を縫って動き、攻撃を回避する。
これは男性から攻撃を受け続け、ようやく脳内に送り込まれた動きや技を整理できたことで、成功することができたのだ。
さらに、今まで防いできた中で見つけた、男性自身の息遣いや体の動きから推測することで、より確実な隙を見つけることに成功する。
そして、今までの攻撃の仕返しと言わんばかりに、俺は全力で拳を放った。
「『覇天拳』ッ!」
師匠から受け継いだ奥義。
――――師匠の【覇天拳】を体得するうえで必須となるのは、万物の終わりを見つけること。
言葉にしてもよく分からないだろうが、師匠と初めて出会ったときにも言っていた通り、何事にも終わりが存在する。
その終わりに繋がる点というものがすべての物には存在し、そこを突くことで、強制的に終わりへと導く……これこそが【覇天拳】の神髄である。
どんな頑強な岩であっても、その終わりの点……『
俺はこの空間に漂う空気の終点を見つけると、そこを穿ちながら拳を放つ。
これにより、空気は拳に対する抵抗を止め、最速の拳となる。
さらに魔力と闘気で限界まで強化したことで、今この一撃はまさに神速と言えるだろう。
必中を確信する中、俺が男性に目を向けると……男性は獰猛な笑みを浮かべていた。
『クハハハハ! よい、よいぞ! 外はずいぶんと刺激的になったようだ!』
そして、男性は体を深く沈め――――。
『【
何が起きたのか、分からなかった。
気づけば俺の体は、無数の斬撃によって切り刻まれていたのだ。
体から上がる血飛沫に目を見開くと、男性は刀を肩に担ぐ。
『フッ……まさか余の本気を見せることになるとはな』
「何、が……」
俺は思わず膝をつくが、よく見ると傷自体は浅いことに気づく。
『余の技を伝承するのに、伝承者が死んでは意味がなかろう? まあ余と切り結べぬような軟弱者はお断りだがな』
男性はそう語るものの、今の俺の耳にはあまり入ってこない。
――――負けた。
師匠から受け継いだ技を駆使し、全力を尽くしてなお、負けたのだ。
呆然と手を眺める俺に対し、男性は一瞬口をつぐむと、ため息を吐く。
『はぁ……貴様、何を悔しがっておる?』
「え……?」
『余がこの境地に至るまで、どれほど時を重ねたと思っておる。それがまだ齢十、二十の小童に、負けるはずがなかろう』
「それは……」
『そんな余に、一瞬とはいえ、本気を出させたのだ。それを誇らぬというのであれば、それはあまりに不敬である』
「!」
そこまで言われて、俺は気づいた。
確かに、俺は師匠の技を駆使して負けた。全力を尽くしてなお、完璧に負けたのだ。
それは覆しようのない事実である。
だが、それはこの男性が俺以上に修練を重ねた結果なのだ。
師匠とこの男性が戦ったのであれば、戦いの行方がどうなったのかは分からない。
しかし、俺ごときがこの男性に一瞬でも勝てると思ったこと自体が烏滸がましく、男性を侮辱する行為なのである。
俺はすぐにその場から立ち上がると、男性に向けて頭を下げた。
「大変、失礼いたしました。そして、ご指導、ありがとうございます」
こんな達人と相手にできるなど、そうあることではない。
それに、この男性と戦う中で、俺の体には確かに男性が使っていた刀術が流れているのだ。
『フッ……分かればよい。それにしても……徒手格闘でここまでやるとはな。陽ノ国では珍しい。そんな貴様には不要かもしれぬが、余の技術は確かに貴様に伝えたぞ』
「その……何故私なのでしょうか?」
俺はようやく疑問の一つを口にすると、男性は告げる。
『言っただろう? 余の子孫かつ試練を突破し、資格を得たからだと』
「も、申し訳ございません。私は貴方様が誰なのか分かっていないのですが……」
……いや、実際は誰なのか、今までの会話から何となく想像がついている。
ただ、とても信じられないから、聞いているのだ。
すると、そんな俺の心情を察してか、男性はニヤリと笑った。
『それは……貴様が調べるがよい。陽ノ国男児であるならば、刀術を学んでいても損はなかろう。よく見れば、刀も振るうようだしな』
男性は俺の手に視線を送る。
そこには、師匠との修行を始めてからも続けていた、木刀の素振りでできたマメがあった。
……これは、俺がずっと刀に対して未練を捨てられない証だ。
師匠からその素晴らしい技術を学びながらも、意味がないと分かっていながら、木刀を自作しては素振りを続けてきたのだ。
何の流派もなく、ただ上段から振り下ろすだけの毎日。
しかし……俺はやはり、木刀を振るう時間が好きだった。
すると、男性の体がどんどん薄くなっていく。
『さて、そろそろ時間だ。このまま余の子孫が来なければ、せっかく残したこの
「神念?」
『余が何万年もこうして生き続けられるわけなかろう? これは生前、余がこの場に結界と共に残した意思だ。これのおかげで、余は貴様と対話できておる』
「な、なるほど……」
『ともかく――――よくぞ我が試練を乗り越えた。そんな貴様に、最後の褒美をくれてやる』
「!」
男性は手にしていた刀を突き出すと、刀は空中に浮かび上がった。
浮かんだ刀は、ゆっくりと移動し、俺の胸……心臓部へと溶けるように消えていく。
その瞬間、俺は心臓と今の刀が繋がったことを感じた。
ま、まさか……!
『我が【
そして、男性は最後に笑うと、そのまま消えたのだった。
呆然とその場に立ち尽くしていると、突然、洞窟全体が激しく振動し始めた。
「こ、これは……!」
しかも、その揺れはどんどん大きくなり、このままだと洞窟が崩れてしまう。
俺は慌てて出口へと駆け出すと、洞窟の頭上がどんどん崩れてきた。
背後で崩れていく気配を感じながら、そのまま外まで駆け抜けると、洞窟は完全に崩れてしまう。
突然の状況に困惑していると、ふと瓦礫の一部に文字が刻まれていることに気づいた。
あれは……俺が気づかなかっただけで、最初から洞窟のどこかに書かれてたのだろうか?
そんなことを考えながら、何気なく瓦礫の文字を読み上げる。
「刀身……一如……? ッ!?」
その瞬間、俺の視界が暗転した。
そして、気づけば夜になり、雨が降っている。
だが、俺の体は雨に濡れていなかった。
「(なんだ……? ッ!)」
自分の体を確かめていると、不意に背筋が凍り付くような気配に襲われる。
すぐに気配の主を探し、視線を彷徨わせると……そこには『魔』が立っていた。
全身から溢れ出る気配は禍々しく、その闘気や魔力が可視化できるほど濃密で、あらゆる『魔』というものが集まり、人型となったような存在だった。
まさに――――『
すべての魔を極めたような存在に、俺は目を見開いていると、その極魔に相対するように一人の男性が現れた。
その男を目にした俺は、さらに驚くことになる。
何故ならその男こそ、先ほど洞窟で出会った男性に他ならなかった。
男性は極魔と相対すると、獰猛な笑みを浮かべる。
『フッ……ずいぶんと暴れまわったようだが……ここで終わりだ』
『グゥゥウウ……ガアアアアアアア!』
極魔は全身から身の毛もよだつ波動を放つと、魔力と闘気で強化した俺の眼でやっと捉えられる速度で男性へと襲い掛かった。
その攻撃に対し、男性はあの白銀の刀を手に、応戦する。
最初こそ極魔が圧倒してるように見えたが、それは間違いだと気づく。
『フッ!』
『グアアアアアアアアアア!』
男性の刀が閃き、青い閃光が走ると、極魔の体から血飛沫が飛んだ。
極魔は体を斬られるたびに、血液だけでなく、その身に宿す禍々しい気配も溢れ出ていく。
徐々に最初の印象と変わり、男性が圧倒し始めたところで、男性の動きは俺が戦った時と同じことに気づいた。
まるでこの身に流れる刀術の使い方を教えるように、男性はすべての技を駆使して戦う。
しかし、俺が男性から直接伝承された技であるものの、その威力や速度は間違いなくこの戦闘で使われているほうが上だ。
これが、あの男性の本気の戦闘。
一つ一つ、俺が伝承された技を紹介されてるように、男性は的確に極魔の体を斬り裂いていく。
そして、最後には極魔は膝をつき、動くことができなくなった。
『ガ……グガガガ……!』
『――――終わりだ』
上段に構えていた男性は、恐ろしいほど静かに刀を振り下ろす。
それは攻撃とは思えぬほど、何も感じない一撃だった。
男性の一撃を受けた極魔は、そのまま砂が崩れるように消えていく。
その光景を目にしたところで、俺の視界は再び暗転した。
「……はっ!?」
気が付くと、そこは先ほどと変わらぬ崩れた洞窟の前。
慌てて洞窟の瓦礫から文字を探すと、まるで最初からなかったかのように文字が消えていた。
どうやら俺は、あの文字を読んだことで、この地に刻まれた記録を見ることができたのだろう。
「ッ!?」
その瞬間、俺の体の中に大きな力が確かに根付くのを感じた。
恐らく、男性から伝承した技術が完璧に体に馴染んだのだろう。
この記録がなければ、不完全なままの伝承していたはずだ。
それはまさに、あの男性による伝承者への最後の贈り物。
……正直、まだ混乱してる部分はある。
とはいえ、今の光景を目にしたことで、確信した。
「……初代様の御力、この護堂刀真がしかと受け取りました」
俺はその場に跪くと、深く頭を下げるのだった。
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