3. 百年ぐらい生きようよ
リールー、リールー、リールー!
体中が痛い。目の前がちかちかしている。視界がおかしい。右目が視えない、返事もない。
何をされた? 何があった? どこをやられた?
皮膚が裂けたような痛みがあちこちにある。けれど目は、右目は痛んでいない。なのにリールーが応えてくれない。
内側から左の腹が痛む。魂を齧られる痛みに似ているが、じわじわと濡れた感覚が広がって、出血しているとわかった。矢傷でも刀傷でもない痛みだが、放っておけば命に関わる。下腹の居候が目を覚ましてしまう。
そうなったら、確実に犠牲者がでる。
離れないと。
約束したのだから。
なるべく人は殺さないと。
例えそれが居候によるものだったとしても、抱えたのはわたしなのだから。
立ち上がって、とにかく、遠くへ。立ち上がらないと。血止めをしなきゃ。
応えてよ。いつもみたいに、ツンツンするだけでいいから。
悪寒。
気が遠くなる。
誰かが叫んでいる。
誰かが体に触れている。
触るな。触っていいのは
※ ※ ※
ユエさん。
起きてください。
起きてください。
ユエさん。
仕方のない人ですよ、荷台に乗るとすぐ寝るんですから。ほら、城下ですよ。
――クォン? クォンが、生きてる。
なんですか? 私が生きてちゃおかしいですか?
ほら、モンチャンもいますよ。私たちの耳長馬の。まさか忘れてないですよね?
結婚してからいつの間にやら二年も経ってしまって、よし思い切って晴れ着を作ろう、贅沢しよう、って早起きしたんじゃないですか。寝ぼけてます?
考えたんですけどね、ユエさんの薄い肌色には深みのある鮮やかな色がきっと似合うと思うんですよ。
お、
――だけど、クォン、わたしは、この時の事を覚えていないのに。なくしてしまったのに。
――あなたに話してもらった事なのに。
――リールーに教えてもらった過去なのに。
やっぱり寝ぼけてるでしょう?
そうそう、聞くところによると
あ、目の色変わりましたね。
――別にいいでしょ? 好きなんだもの
あはは、なら、仕立て屋に行く前に寄りますか。晴れ着を作るなら気分も盛り上げなくっちゃですし、ついでに天守堂にもお参りしておきましょう。
――化け猫にも御利益あるかなぁ。
またまたぁ。きっとありますって。未熟な我々をお守りくださる事でしょう。
〝車ひくぅぅ、馬ぁの背中に、花添えてぃ
荷台の上にゃ嫁乗せてぃ
朝も早よぅからはるばる参れり
五層のお屋根の高いことぉ〟
はいユエさん。
――えー、やだよ。恥ずかしい。
――あれは、だって、術の一環というか。
――なんでもない時に人前で唄うのは恥ずかしいんだってば。
あらあら、そうですか? おほん。あれ、おかしいですね。ご免なさい、少し待ってください。さすが、天守堂への道は険しいようで。こんなに険しかったでしたっけ?
――クォン。モンチャンがいない。山だ。わたしたち山にいるよ。ここは、この道は、あなたが
なんだか山道がきつくて。年ですかね。
胸の調子も、どうにも。
――だめ。止まって。わたしの脚、止まって。クォンを置いていってしまう。あんなに、あんなに遠くに。
無念です。
もっと、長生きするつもりでしたのに。もっと、長く、一緒に。
――止まって、止まれ、止まれよ!
それでも、あなたと過ごした三十年、私は幸せでした。あなたは三十年間、私を幸せにしてくれました。産まれてから死ぬまでのあいだに、ユエさんと過ごす三十年があってよかった。
あなたにはこの先も、きっと幸せがあるんですよ。そうに決まっています。だから怖がらないでください。
右目殿、どうか、どうか後を頼みます。
愛していますよ、ユエさん。
――いやだ、クォン、あきらめたら、いやだ。
あれ? へへ。まだ生きてます? 意外と、二、三日ぐらいは、死なないものですね。
――そうだよ。そうだよ。クォンも死なないんだよ。元気になって、百年ぐらい生きようよ。ねぇ、百年ぐらい、生きようよ。まだ半分ぐらいだったじゃない。また唄を聞かせてよ。
――ねぇ、今度は一緒に唄うから……ねぇ、クォン。
――わたしもね、生きている間に、この三十年があって良かった。
――愛してるよ。
だけどね、時々、触ってほしいんだ。
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