第16話

『ご飯、一緒に食べたいです』


 京のスマホに一件の着信。

 視線を時計に動かした京は通知を見るまでもなくその文面を察知した。

 それもそのはず、ここしばらく週に5日はほぼ同じ時間に、全く同じメッセージが同じ人物から送られてきている。

 

「もうそんな時間か」


 京がそう呟くと同時に授業の終わりを告げる金が鳴る。

 授業担当の教師から号令の指示があり、学級委員が号令を担当する。

 不思議と一、二、三限より元気のよい挨拶が行われて京のクラスも春休みに入った。


「京、行くぞ」


 同じタイミングで通知が来たであろう悠が立ち上がりながら京に声をかける。


「あぁ、トイレ行ってから行くから先行っといてくれ」


「りょーかい」


 悠はそう言うと自分の弁当を持って屋上へと向かった。


 京は自分の言葉通りトイレへと向かう。


「鈴代さんって可愛くなったよな」


 そしてトイレの中に入ろうとした時、そんな会話が中から聞こえてきた。


 特段気にするような内容では無かったが、京はトイレの扉を開くのを躊躇ってしまう。


「最近は包帯なんかも無くなったからだろ」


「だよな。元々可愛かったけど最近ケータイ見てる時とかちょっと笑っててさ。それがめっちゃ可愛いんだよ!」


 その会話を聞いた京はトイレの戸から手を離して自分の弁当を取りに向かった。


 胸にもやつく物を感じながらロッカーから弁当箱を取り出して屋上へと向かう。


 その途中にあったトイレで用を済まし、手を洗う時、自分でも驚くほど京は不機嫌な顔をしていた。


「腫れ物扱いだったくせに」


 そう呟いた京は頬を叩いて屋上へと足を進める。

 

 京が屋上にたどり着いた時、そこには既に悠、瑠夏、未来の三人が揃っていた。


「おう、遅かったじゃん」


「ま、私達の方が早かった感はあるけどね」


 扉を開けて入ってきた京を悠と瑠夏が迎える。

 

 一拍遅れてお弁当から目を離した未来が京を見て微笑んだ。


 いつも通りの光景、しかし京は先ほど耳にした『可愛くなった』の言葉を思い出す。

 

 実際に京から見てもその通りだと思った。


 包帯もガーゼもなく控え目に笑う未来はほんの数ヶ月前と比べても綺麗になっている。


 そんな未来の笑みから目を逸らして京も三人の元へと歩み寄った。


「あれ、珍しいな」


 歩み寄った京はその場にいた三人を見てそう呟やく。


 京の目に映ったのは、普段よりも幾分か大きな弁当箱を待った未来と、普段より小さめの弁当箱を持っている瑠夏だった。


「へへっ、実は今日はお弁当交換してるんだよ」


 そう言われて京はなるほどと頷く。

 

 それが未来から言い出した事なのか、はたまた瑠夏から言い出した事なのかは京には分からない。


 しかしどちらから言い出したにせよ楽しむこと至上主義のような瑠夏も、友達っぽい事に憧れを持っている未来もノリノリだった事には察しがついた。


「そんで俺とお前は仲間はずれだぜ。京が弁当作れるなら俺も交換してやるけどな」


 頷く京に楽しそうに笑う悠がそう言うと、京は緩んだ口元が下がり、そして眉間に皺を寄せた。


「お前の手料理は二度と、二度と食べないと誓ったから無理だな」


 そして悠の提案を断固として拒否した京もベンチに座る。


「はぁ?お前いつまであの事根に持ってんの?」


 その京の態度に悠はバツが悪そうに目を逸らす。


「いいか、あの件について俺は生涯お前を許す気はない」


「あーもう、悪かったって」

 

 悠は謝るが、京は微塵も許す気は無く、目を逸らすことで拒絶の意を示した。


 その二人の様子に未来が首を傾げ、瑠夏の方に視線を送る。


 それを見た瑠夏がため息を吐きながら首を振った。


「昔悠がお菓子を作ってクラスで配った事があったんだけどね、京のにだけ悪戯ですっごく辛いソースを仕込んでたの。それでそのお菓子を食べた京があまりの辛さに気絶してね」


 瑠夏の説明に京はますます眉間の皺を深め、悠はバツが悪そうに唇を尖らせた。


「だから悪かったって。俺もちょっと辛いくらいだと思ってたんだよ」


「そうかそうか。味見もせずに人にあんな物を食わせるとはな」


 そう文句を言う京と、十割非があるのに不服そうな悠。

 

 呆れてため息を吐く瑠夏の姿を見て、未来がそっと小さく笑った。


「……何がそんなに面白いんだよ」


 友の手によって無様を晒した昔の話を未来に笑われたと思い、京も唇を尖らせた。


「だって、三人とも凄く楽しそうだったから」


 その未来の言葉に三人が何とも言えない表情を浮かべる。


「……そんな事ないだろ」


 流れる沈黙の時間の中、京はそう呟く。


 その姿は誰から見ても、京自身から見ても照れ隠しだと見え透いていた。

 

 しかしその事に触れる者はおらず、その日はモヤモヤとした気持ちを抱えながら悠、京、瑠夏の三人は昼食を終えることになった。


 


 

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白蕾 @himagari

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