第15話


「いやぁ、楽しかったな」


「ねっ!めっちゃ楽しかった!!」


 カラオケにて三時間の時間を過ごした四人は会計を終えてエントランスから外へと歩き出した。


 出口の自動ドアを歩く四人の先頭は悠。


 続いて瑠夏、未来、そして最後に京が並ぶ。

 

「未来ちゃんも歌うまかったね!」


「あ、ありがとうございます」

 

 瑠夏の言葉に照れ笑う未来。 


 結論から言うと未来は歌唱力があった。


 意外にも低音から高音までしっかりと声が通っており、音程もそこそこにとれていたのだ。


「選曲も良かったしな」

 

 悠も未来の歌声には驚いていた。


 基本的に女性アーティストの人気曲を歌い上げる未来の歌は誰が聴いてもいい歌声だった。


 稀に歌う男性アーティストの曲はご愛嬌ではあったが、それもまた良さだと京も思わされた。


「んん、ありがと」


 照れ笑う未来は恥ずかしげに見えて大満足だ。


 ぼっち生活が長かった未来にとっては憧れのカラオケ。


 緊張しつつも部屋やお風呂で、いつかくると信じた今日のために歌を口ずさみ続けた日々の勝利だった。


「俺、もう未来に勝てるとこないのかな」


 一方京は多少自信を喪失していた。


 なぜなら京の最高得点が90点に対し未来は91点。

 僅差とはいえこの一点の差は大きかった。

 

「ほんとセンスの塊だよなぁ」

「……私は京の歌、好きだよ」

「同情はいらないからな」


 未来の言葉は本心だったが些細な慰めが京のプライドを刺激してしまった。


 京は普段ならこんな言葉に苛立ったりはしない。


 その事を自分でも自覚し、なぜこれほど苛立つのかと思いながら傷ついているであろう未来の顔を見る。


 しかし、意外にも京が見た未来の顔は落ち込んでいたり傷ついたりしている表情ではなかった。

 

「うん、じゃあ次も勝負だね」


「お、おう」


 未来の表情は晴れやかであり、むしろこれまでにない程に爽やか笑顔だった。

 

「まぁ、次は負けないしな」


 その笑顔に思わずときめく京は頬を掻きながら強がりを返す。


 ほんの一瞬2人の間に沈黙が流れるが、その沈黙は長くは無かった。


 沈黙を破ったのは未来の笑顔に負けず劣らず印象に残る、京の友人2人がこれまで見せたこともないような下卑た笑みだった。

 

「なんだお前ら!!」 


「いやいやー?」


「なんでもー?」

 

 顔を赤くした京にニヤニヤと笑う瑠夏と悠。

 

「もうお前らには宿題は見せてやらねぇからな!」


「これからは未来ちゃんに教えてもらうからいいもん」


「あえっ!?み、未来さん、俺にも見せてくれる?」


 なんとか立場を取り戻そうとする京と被害の受け皿にされそうな未来。 


 未来に迷惑をかけるくらいなら俺が見せるとは言えない京だった。


「お前ら美来にまで甘えんな!」


「私はいいよ?」


「未来も甘やかすんじゃない!」


 四人は暗くなっていく街をわいわいと騒ぎながらそれぞれの帰路まで並んで歩いた。


「よし、そんじゃ私らはここで」


「未来さんは京が送っていくだろ?」


「あぁ、そのつもり」 


 三叉路で瑠夏と悠は別れていった。

 

「またね!」


「またなー」


 そう言って軽く手を振る二人に京は手を挙げて返し、未来も遠慮がちに手を振り返した。


 二人が角を曲がりの姿が見えなくなったところで京は未来の家の方角に歩き出す。


 その後に二人のいなくなった道を名残惜しそうに見ていた未来が続いた。


「いい奴らだろ」


「……うん」


 恥ずかしそうに笑う未来はスマホを取り出してソワソワと画面を眺めていた。 


 京がチラリとみた未来のスマホの画面にはメッセージアプリのホーム画面が開かれている。


 未来が思っていたより友達二人と馴染めていた事に京は安心した。


 次はどこに一緒に行こうかと考えながら歩く京と、口元を緩ませてスマホを見つめる未来は特に会話もなかった。


 それでもひと月前まではあった沈黙の気まずさはなく、未来の家に着くまでその調子だった。


「そんじゃまた明日」


「……うん」


 しかしいざ玄関まで別れようとすると未来は歯切れが悪そうに目を伏せた。


「どうかした?」


「……ううん。また明日ね、京」


 何かあったかと京が首を傾げると、未来は僅かな逡巡の後に首を張った。


 その様子に京は特に気にすることも無く頷いて未来に見送られた。


 そして京が一人歩いていた時、京のスマホが着信音を鳴らして振動した。


 なんの通知かとスマホの画面を見ると瑠夏からのメッセージ通知だった。


「……いつの間に撮ったんだよ」


 通知をタップして開いた画面には一枚の画像が送られてきていた。


 テレビ画面を眺めて歌う京の横顔と、その後ろで写真を撮る瑠夏、その瑠夏に肩を抱かれる未来と、その様子を眺める悠が写っている。


 その写真を見て京は自然と笑顔になってしまう。


 そして更に瑠夏からメッセージが届く。


『瑠夏ちゃんに誤魔化しは多用しないのだ!』


 というメッセージに何の事かと眉を寄せる京に、その答えとなるメッセージが届いた。


 そのメッセージは今画面を開いてる瑠夏からのものでは無く、メッセージの送信主の名前は鈴代だった。


 どういう事かとまだ友達に追加されていないメッセージ画面を開くと一言だけメッセージがあった。


『みんなとのカラオケ楽しかった。ありがとう』


 そのメッセージを見て京はようやく理解した。


 京は未来に『俺も楽しかった。また明日』と返し、瑠夏のメッセージ画面に戻った。


「……余計な事しやがって」


 そうぼやく京は口元緩ませ瑠夏にメッセージを返した。

 数秒後に返ってきたメッセージには短く一言だけ。


『どういたしまして』


 と書かれていた。



 



 

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