第12話


 京と未来の出会いから一月が経ち、桜が散って季節は春から夏へと移り変わる梅雨の時期に入ろうとしていた。


 二人の交流は時折京のバイトや未来の用事などによって間をあけつつも続いている。 


 今朝登校してきた京は靴を下駄箱に入れるため下駄箱の扉を開く。


 そこには以前のようにメモ用紙が置かれてはいなかった。


 互いを名前で呼び始めた日から数日が経った頃、毎日昼休みには屋上に上がるのだから置き手紙は必要無いと告げたからだ。


 未来と遊びに行った次の日にだけ食べられる手作り弁当は京にとってすっかり馴染んだ物にありつつある。


「おはよー」


 下履きから上履きに履き替えている京の背中を叩きながら声を掛けたのは幼馴染の瑠夏だ。


 折り曲げていたスカートの丈を戻しながら上履きを履き替える幼馴染に京はため息をつく。

 

「おはよ。ほんとに朝から元気だな」

「華の女子高生が朝なんかに負けてらんないよ!」


 この一ヶ月でさらに元気になったのでは無いかと京が思うほどに瑠夏は常に明るい。


 瑠夏の身長より高い位置にある下駄箱から自分の上履きを取り出し、靴を履き替えると瑠夏が京に何かを言いたげな視線を送った。


「なんだよ」


 それに対して普段は言いたい事を言い淀んだりしない瑠夏が言葉に悩んでいる様子を見て、京は首を傾げる。


「いや、まぁ、そのー、ねっ」


 本当に随分と言い淀んだ瑠夏が珍しく言葉選ぶ。


 頬を掻き、普段は下から嫌と言うほど合わせてくる視線を逸らして頬を染めた。


「あの噂ってさ、本当?」

「噂ってなんだよ」

「えっ?いや、噂って言ったらあれしか無いでしょ?」

 

 今日は妙に歯切れの悪い物言いをする瑠夏に京は真剣に頭を悩ませた。


 京はそこまで学校の噂話というものに興味を持たない。 


 誰それが付き合った、誰それが別れた、あいつがこんな良いことをした、あいつがあんな悪い事をした。


 噂話など気にすればきりがなく、そんな事より勉強時間を多く取りたい京は噂話というものにはっきり言って疎い。


 しかし教室というスペースにいれば大抵の大きなトピックは掴めているものだと京は思っていた。


 例えばクラスのマドンナは先輩の彼氏ができたらしいし、隣のクラスの生徒が停学になったという噂は京も知っていた。


 しかしそれらは京にとってあまり関係のある事ではなく、わざわざ京がそう言った話題に疎い事を知る瑠夏が自分に尋ねてくる意図も京には分からない。


「あー、もうっ」


 本当に心当たりが無いといった態度の京に痺れを切らし、ついに瑠夏が京の制服の首元を掴んで耳を自分の口元へと近づける。


「京が三組の鈴代さんと付き合ってるって噂の事だよっ」

「は、はぁ!?」

 

 小声で声を荒げるという小技を披露した瑠夏の言葉に京が純粋に大きな声を上げる。


 その声の大きさに廊下に出ていた生徒が何人かは京達の方を見るほどの声量だった。


「声が大きいって!せっかくこっそり聞いたのにっ」

「い、いや、なんだよその噂は?俺と未来が付き合ってる!?」

「な、名前呼び!?」


 京は驚きのせいで余計な事を口走った。


 名前呼びなどすれば十分に親しい間柄を示してしまう。


 あまりの事に瑠夏も飛び上がりそうなほど驚いている。


「いや、俺と未来はそう言うんじゃ無いって!普通に友達だよ」


 それから数秒程は頭が真っ白になった京だが、冷静になれば言われていることは理解できた。


 京が気がつかないうちに心配していた事態になっていたと言うだけの話だ。


 わかってしまえば京にも弁明の言葉がある。


「でも毎日お昼休みは二人で屋上にいるって」

「そりゃ友達と飯ぐらい食うだろ」

「二人っきりでわざわざ屋上に?」

「こう言う噂にされるから人目を避けてたんだよ」

「放課後一緒に帰ってるのは?」

「それは友達がいないあいつが遊びに行きたいって言うから」


 まるで尋問のように繰り出される瑠夏の質問に京は淡々と答えていく。


 そこには動揺や誤魔化しの様子はない。


 なぜならば京と未来は本当に恋人ではなく友人という間柄であり、京の言葉に嘘はないからだ。


「……ふーん」

「なんだよ」

「別にぃ」


 明らかに疑っている様子の瑠夏に京は言いたい事がたくさんあったが、それらの言葉は出てこない。


 違うと否定しようとすればするほど最初の出会いや手作り弁当など、京の常識にある友達の範疇から外れた部分が思い出された。


 しかしそれでも京は思っていた事を一つだけはっきりと口にする。


「ミクの事をみんなは避けてるけどさ、話してみたら良いやつなんだよ」

「……そっか」


 先程までは疑いの視線を向けていた瑠夏が今度はたった一言で納得したように頷いた。


 それは京の言葉にさっきまでの誤魔化がなく、本心からの言葉であることが長い付き合いの瑠夏にははっきりと伝わったからである。


「じゃあ私も話しかけてみようかな」

「おう、結構喜ぶ……いや、うん、喜ぶかは分からん」

「そこんとこははっきりしてくれよ」

 

 最後の場面で京の未来に対する信頼は揺らぐ。


 ぼっちに慣れた未来が突然話しかけてきた瑠夏にどう反応するかは京にとって完全に未知数だった。


「まあ機会があったら紹介するわ。ほら、自分とこの教室に行け」


 歩いているうちに自分のクラスの前まで辿り着いた京がしっしと手を振り瑠夏を追い払う。


 そんな京の脇腹に一発拳をお見舞いして瑠夏は自分のクラスへと入っていった。


 脇腹を押さえながらそれを見届けて京も自分のクラスに入る。


「朝から疲れた」

「お疲れのところ悪いが親友、ちょっといいか?」


 ため息をつきながら教室に入って早々、もう一人の幼馴染である悠がスッと立ち上がり京と肩を組んだ。


「で、ここだけの話なんだけど鈴代とはどうなんだ?」


 京は冷静に親友の首を少しだけ締め上げた。






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