第9話


 すっかり暗くなった路地を京と鈴代は並んで歩く。


 街灯に照らされて伸び縮みしながら通り過ぎていく影を眺める二人に会話は無かった。


 京は既に自らの母親に女友達を家まで送って行くから遅くなる旨を連絡している。


 普段の京ならば今はポケットに入られているスマートフォンを弄りながら歩くところだが、今は到底そんな気分では無かった。


 鈴代の手持ちに増えたガーゼと包帯を見て最悪自分の殴られるだろうという覚悟を固めていたからだ。


 正直他人の子供にまで手を出さないだろうと八割思っている京だが「大事な娘をこんな時間まで連れ回すなんて何を考えているんだ」と言われれば殴られる他ない。


 もっとも鈴代が親から大事にされているのかどうかは京にとっては未知数ではある。


 しかしそう言った想定をしておく事が大切であると言うことは最低限京にもわかっていた。


「……ありがとう」

「ん、なに?」


 覚悟を固めるため悶々と眉間に皺を寄せていた京とは対照的に少し明るい表情の鈴代が突然小さな声で呟いた。


 その声を微妙に聞き逃して意味を理解しかねた京が疑問を返す。


「こうして友達と帰るの、ちょっと憧れてたから」

「……今はそんな事言ってる場合じゃ無いと思うんだけど」


 一人悩む京とは裏腹に鈴代はこの状況を新鮮に思っていた。


 親しい友人ができる前に他人から距離を取られた鈴代は自宅まで友達と歩くと言うイベントを未経験だったからだ。


 そんな言ってしまえば浮ついた気持ちから出た言葉だったが、言われた京は苛立ちでは無く不思議と照れ臭さを感じた。


「……まぁ、友達だからな」


 鈴代がなんとなく放った『友達』という言葉。


 それは当初京が鈴代とそうなる事を避けていた関係だった。


 それでも二日も遊んでお昼休みにご飯を食べていたの間にか京の中に鈴代に対する情が湧いていた。


 その情はには多少は劣情という下心も含まれていたが、その大半を表す言葉は友情だ。


 だから鈴代から友人だと言ってくれた事が京にとっては照れくさい程度には嬉しい。


 照れ隠しに鈴代とは逆側に視線を逸らしながら改めて京の口から友人という関係性を認めた。


「……友達?」

「な、なんだよ!鈴代が言ったんだろ!?」


 鈴代も自分の口からぽろりと溢れた友達という言葉に胸のもやもやがすとんと落ちたような感覚があった。


 それなのに京から返ってきた言葉には不思議と困惑してしまって繰り返した言葉は疑問形になってしまう。


 自分は京のことを友達だと思っていても京がそう思ってくれているかは分からない。


 友達ってどうやって作るんだろうと一人休み時間に考え続けた問題の答えはわからないのに、答えはわからないまま友達ができた。


 それが酷く不思議に思えてしまったから、友達という関係に疑問が生まれて首をかしげる。


「……うん、友達。青山君は私の友達でいいの?」

「……いいよ、別に」


 それでもそんな疑問に奪われたく無い関係だと思ったから、鈴代は考えることも投げ出して勝手に京とは友達だと決めてしまえた。


 京にとって友達とは作るものでも成るものでもなくいつのまにか出来ているものであるため、繰り返される鈴代の問いにぶっきらぼうに答えながら赤面している。


「……よしっ、そんじゃ鈴代の親に謝りますかね!」


 いつの間にか京の中にほんの数秒前まであった暗い気持ちが霧散していた。


 理由は単純だ。


 知り合って間もない女子の親に謝りに行くための道のりが、友達の親に謝りに行くための道のりに変わったから。


 ただ二人の関係を再確認して、友達だと口にし合っただけだというのに、京の心は本当にすっきりと晴れてしまっていた。


「うん、私もお母さんに友達の紹介する」

「あー、まぁ、それはそのお母さんがそんなに怒って無かったらな」

「……お母さんは本当に優しいよ?」


 先程からお気楽な鈴代の様子から本当に鈴代の言う通り優しい親かもしれないと思いつつも、鈴代のガーゼや包帯を見て不安がどうしても拭えない京だった。

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