第7話
『ストライク!!!』
京はため息混じりにスコアボードを眺めた。
そこに表示されるストライクの文字。
それが京のものであれば内心では喜んでも表には出さず格好をつけたところだろうが、相手のもの、それも今日が初ボーリングの初心者のものとなればため息も出る。
既にと言うべきか、まだと言うべきか、投げ始めてから3ゲーム。
初めはボールの持ち方も知らなかった少女がたった3ゲームで自分のスコアと並んだのを見て、京はそれなりのショックを受けていた。
「ナイスストライク!」
「……うん」
それでも最後の意地と鈴代を誉める京だったが、鈴代はボードの画面が移り変わり表示された自らのボールの軌道に見入っている。
そして何か得られるものがあったのか、二、三度頷くと席に座り8号のボールを磨き始めた。
「なぁ、その、鈴代ってさ、本当に今日が初めてなんだよな?」
「……そうだね。何度か横目に見た事はあったけど、こうしてボールに触れるのは初めて」
「いや、それにしては随分とお上手なんで、ね」
京も本当に鈴代が初心者であるかを疑った訳ではない。
なぜなら1ゲーム目の序盤、鈴代のスコアは確かに散々だったからだ。
ガター、ガター、ガターに続くガター。
まともにピンが倒れ始めたのは1ゲームの中盤を過ぎたあたりからだった。
確かに初心者だったのだろう。
しかし今のスコアは京にほとんど並んで147ポイント。
もう数ゲームも投げればポイントを抜かれるのではと京はヒヤヒヤしていた。
しかし放課後のボーリング、それも初心者に教えながらとなれば3ゲーム投げ終わるまでにかなりの時間を消費している。
ちょうどよく6時を過ぎたタイミングで終わった3ゲーム目に感謝しながら京は鈴代に帰宅を促す。
「じゃ、時間もちょうどいいし帰ろうか」
「……」
鈴代がボールを拭いていた手を止めて、スマホを昨日と同じバッグから取り出して時間を確認する。
鈴代は時間の経過に気がついていなかったらしく、スマホの画面を見てキュッと唇を結んだ。
「どうした?まだ投げたいのか?」
その様子にそれほど不満ならもう1ゲームくらいと思い尋ねた京に、鈴代は無言で首を振って応える。
鈴代はスマホをバッグにしまうとタオルを置いてボールを片付けてしまった。
それを見ながら京もボールを片付けていく。
片付け方はいつのまにか周囲を見て学んでいたことを察し、京は鈴代に対して素直に感心する。
こういった部分に要領の良さが発揮されているのだろうとすら考えさせられた。
「よし、帰るか」
片付けを終え、荷物をまとめ終えた二人は料金を払いボーリング場の外に出た。
夏に向けて日の落ちる速さが緩やかにはなっているものの、六時を過ぎればある程度は暗くなる。
スマホをいじりながら隣を歩く鈴代を横目に京はまた何を話すべきかと考えた。
「鈴代って実はスポーツ得意なんだな」
「……そんなことはないよ。足は早くないし持久力もいまいち。ボーリングは相性が良かったから」
「そうなのか」
ボーリングの上達の仕方を見て、勉強だけでなくスポーツも得意なのかと嫉妬の火を燃やしかけていた京に対して、鈴代は自慢や謙遜ではなく素直に答えた。
事実鈴代のスポーツの成績は中の上と言ったところだ。
スポーツテストで測るような内容だと中の下くらいになる。
ルールが加われば強みを発揮できるが、鈴代は身体能力が高いわけでは無い。
「でも正直たった3ゲームで追いつかれるとは思わなかった。次は勝てないかなぁ」
「……次、うん。次、だね」
随分と含みのある言い方をする鈴代に京が視線を送ると鈴代は京達が歩く歩道から車道を四車線挟んだ向こうの店を見ていた。
全国チェーンのドラッグストア。
特に変わった様子のない店を見つめる鈴代に京が声をかける。
「何か買いたいものでも?」
「……うん。先に帰ってて」
「いや、もう暗くなりかけてるし駅までは送るよ」
「ありがと」
鈴代とタイミングよく青に変わった横断歩道を渡りドラッグストアへと入る。
付き添いで入った京もなんとなく店を回ったが、結局買うものもなくすぐに店を出て入り口でスマホをいじりながら待つことにした。
十五分程して京がスマホから視線を上げて店内を見るとレジで女性の店員と会話をしている鈴代が見えた。
会話はすぐに終わり自動会計機で会計を終えた鈴代がそれから一分ほどで外に出て来る。
「お待たせ」
「うん、何買って……いや、何でもない」
「……行こうか」
鈴代と合流した京は何の気もなしに出しかけた質問を途中で打ち切った。
鈴代の手に下げてある黒い袋を見ればそれが何であるかおおよその見当がつき、それが触れてはならないものであることを理解したからだ。
その気遣いに鈴代は当然気づいたが、何も言う事なく歩き始めた。
その態度に悶々とする京がそれは異性と一緒の帰りに買うものではないだろうと心の中で鈴代に文句を言う。
危うくデリカシー欠如のレッテルを貼られるところだったと内心で冷や汗を拭う京だった。
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