第5話
「……マジかよ」
鈴代とゲームセンターに行った翌日、下駄箱から上履きを取り出そうとした京の足元に紙切れが舞った。
それを見た瞬間になんとなく嫌な予感がした京だったが見ないという選択肢はない。
ここに放置していけば誰かに拾われて面倒なことになるだろうし、持っていって読まなければ本人が来るだろう。
京はそれらの状況をできることなら避けたかった。
『お昼休みに屋上で待っています。鈴代』
紙切れに書かれているだけあって短い文章だ。
前置きなどなく要点だけがある。
つまりは屋上への呼び出しだった。
この紙切れは鈴代が京が学校へと登校してくる四十分も前に京の下駄箱に入れたものだ。
その光景を誰かに見られることがどのような事態を招くのか理解していた鈴代の配慮によってこの手紙を京が受け取ったことを知る人間はいない。
しかし昨日が初対面、下着で釣られて遊びに出かけた程度の関係性で二度目の呼び出しを受けた京の心中は穏やかではなかった。
数秒その場で固まり無視するべきか否かを迷った末昨日と同じ理由で行くことを決意し、京は手に持っていた紙切れを握りつぶしてポケットに入れるとため息と共に下駄箱を閉めた。
「おっはー」
その後ろ姿に声をかける一人の少女。
長い髪を束ねず揺らす笑顔の少女の声に、京は振り返りながらその名前を呼ぶ。
「瑠夏」
「うい、瑠夏ちゃんだよー」
山城 瑠夏は京と保育園から同じ学校に通う幼馴染だ。
朝から元気がいい山城と対照的に普段以上に元気がない京はまた一つため息をついた。
「お、元気ないじゃん、どしたん?」
そんな京のため息に靴を履き替えつつ瑠夏が小首を傾げる。
既に上履きに履き替えている京が瑠夏に歩み寄りつつ、頭ひとつ身長の低い少女が靴を履き替え終えたタイミングで階段を目指して歩き出した。
「いや、別に、どうって言う事じゃないだけど」
「うーん、まぁ、困ったら言ってくれればおけってことで」
まさか彼女など出来たことのない幼馴染が女性関係で悩んでいるとは思わず、大方昨日のテストの結果が悩みの原因だろうと推測した瑠夏は深く踏み込まずに二度頷き話題を変えた。
「てかさ、私の悩み聞いてくれよ」
「おう、悩んでなさそうだけど言ってみ?」
「今日日直なのに今登校した件について」
瑠夏のクラスでは二人の日直が7時半までに登校し、クラス名簿を用意したり軽い掃除をする事になっている。
現在の時刻は8時5分。
始業まで後15分あるが日直としては遅刻している。
しかももう一人の日直が来ているのならばその日直の負担は二倍だ。
既に間違いなく迷惑をかけている瑠夏だった。
「それはもう悩みとかじゃなくてさ、今急ごうとかいう気はないわけ?」
「いやー、途中から参加しといて中途半端にやるよりさ、今日は諦めて次回浜吉を休ませるべきだと思うね、私は」
「開き直ってんじゃねーよ」
浜吉とは瑠夏とペアで日直になる浜崎吉子のあだ名である。
呼び始めたのは瑠夏だが既にクラスの大半が浜崎のことを浜吉呼ぶほどに定着した。
最初の頃はなんとか別のあだ名へとシフトチェンジを狙っていた浜崎だったが、あだ名の定着具合に本人が白旗をあげ、既にトークアプリの名前を浜吉に変えている。
実際に喋ったことのない京も浜吉と言われれば浜崎の顔が浮かぶほどだ。
「私のペアだった不幸を呪うんだね。浜吉」
「アホか」
そんな他愛のない会話に気持ちが多少上向いた京とその様子に安心した瑠夏がそれぞれのクラスへと別れた。
京が自分のクラスの前に辿り着き、スライド式の扉を開く。
「おはよ」
「おう、ちょっと話しかけんな」
教室に踏み入って早々目についた友人に京が挨拶の声をかける。
返ってきたのは辛辣な言葉だった。
しかしその言葉に京が傷つくことはない。
むしろ涙目になりながら、鬼気迫る表情で昨日配られた数学の答案用紙に正しい答えを記入すると言う課題をこなしている友人に同情の目を向けた。
「なんで家でやんないんだよ」
「うるっせぇな!忘れたんだから仕方ねぇだろ!!」
ガリガリとシャープペンシルの芯を削りながら苛立ちを向けてくる少年、柏木 悠も先程の山城と同じく京の幼馴染だ。
哀れな幼馴染の姿に京は自らのバッグから取り出した答案用紙をこれみよがしにひらひらと揺らめかせる。
「そうか、そんな態度ならこの答案用紙は必要なさそうだな?」
「いや〜、やっぱ持つべきものは友。そう、つまりはお前のことさ、親友!!」
「はっ、ジュース奢れや」
「おうよ」
半ば奪い取るように解答用紙を奪われ、その代わりに京はジュースを手に入れご満悦だ。
昼休みの約束も頭の片隅に課題をこなす友人の姿を見守る。
そんな京の視界に一人の少女が映り込む。
白いガーゼと包帯は視界に入れば自然と京の目を引いた。
教室の前を過ぎる鈴代の姿を目で追う京に気がついた鈴代も自然と京を見返した。
しかしその歩みを止めることはなく、鈴代はすぐに視線を切って通り過ぎる。
鈴代の背を複雑な気持ちで見送る京を横目に柏木がポツリとつぶやいた。
「……ジュースは二本奢ってやるからな」
「バカ、そういうんじゃねーよ」
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