第4話


 ショーツの興奮冷めやまぬ京は頭が冷えて考えた。


 さて、どこに連れて行こうかと。


 相手が鈴代であると言う点を考慮しなければ、女の子に誘われて遊びに行くと言う高校生男子的に嬉しいシチュエーションだ。


「えっと、鈴代さんはどこか行きたいところとかあるの?」


 友人の女子を含む数人のグループで遊びに行ったことくらいはある京だが、女子と二人きりで遊びにというのは初めてだ。


 一体どこに連れて行けば楽しませられるかなど分からない。


 ならば本人に聞くのが一番かと真っ先に尋ねた。


「わからない」


 しかし尋ねた相手が悪かった。


 鈴代はそもそも友達と遊びに行った事すらがない。


 友達と遊びに行く、ということが頼みのメインである鈴代だが、その頼みの中にはエスコートまで含んでいるつもりだった。

 

「あー、じゃあカラ……、いやゲームセンターでいい?」


 京がカラオケと言いかけてやめたのは初対面の女の子が二人きりの個室は嫌がるかもしれない、と思ったからだ。


 それに京から見ても友達と遊びに行った事のなさそうな鈴代の歌唱力は未知数。


 少しハスキーな声には期待でそうだけれど、おそらく音痴だろうと言うのが京からの正直な評価だった。


「ゲームセンター、うん」


 ゲームセンターに行った事のない鈴代はどんな場所なのかも分からない。


 イメージとしてはあまり健全な場所ではない。


 しかし、そもそもどこにも行ったことがない鈴代に断ったところで他に提案できる場所もない。


 自らに何も望まない鈴代はあっさりと頷いた。


 靴を履き替え黙々と歩く寄り道。


(あー、気まずい)


 今日が初対面の女子と話すことなど無い京は話題が見つからない。


 これがもし普通の女子なら多少の話題を見つけることくらいはできるつもりの京だが、相手は被虐系女子鈴代だ。


 どんな話題を振っても地雷の予感しかせず京は白目を剥きそうだった。


 幸いにも提案したゲームセンターは学校からそこまで遠くない。


 徒歩で30分程、距離にして2キロの道だ。


 長い時間だがギリギリで耐えられないこともない程度。


 時折スマホを触りながら苦しい道を乗り切った。

 

「イオンモール?」

「そ、中にゲームセンターがあるから」


 そう言っていくつかある入り口のうち一番近い出入り口から中に入る。


 財布の中にお金が入っているのを確認してエスカレーターを登りゲームセンターへと辿り着く鈴代と京。


 そこを最初に見た鈴代の印象は意外と綺麗、だった。


 ショッピングセンターに併設されている全国展開のゲームセンターだが、ここは子供が遊べるメダルゲームコーナーとクレーンゲームで遊べるコーナーとがある。


 店内は子供連れの親も多く鈴代がイメージしていた暗い内装、柄の悪い大人達がたむろしている場所とは大きく違っていた。


 キラキラとしたゲームセンターに目を釘付けにしている鈴代を横目に京は景品を吟味し始める。


 これは簡単そうだと言うものからこれは無理だろうと苦笑いするものまで様々ある景品達。


 一通り景品を見終わり、どうしようかと鈴代を確認すると、いつの間にか隣からいなくなっていた鈴代は一つの台の中を食い入るように見ていた。


 あそこにあったのは何だったかなと、京がそちらに近づき台の中を覗き込む。


 そこには顔がちょいブサなマスコット風の猫がそれより二回りほど小さい子供らしき猫を抱きしめているぬいぐるみがあった。


 何だこの景品は、とタグを見てみるとちょいブサ猫シリーズとそのまんまな名前が書いてある。


 筺体内のポップアップには『SNSで人気爆発!』と大きく書かれていた。

 

「こんなのが人気なのか」


 まあこれは要らないなと京が台を離れようとした時、鈴代がそっと京の袖を引いた。

 

「これ、どうやるの?」

 

 そう言いながら背負っていた黒の小さなバッグからシンプルなデザインの青い財布を取り出した鈴代。

 

(え?これが欲しいの?)


 ぬいぐるみのセンスがかけらも理解できなかった京は若干戸惑いながらもお金を入れる場所、操作方法を軽くレクチャーする。


 アームに爪が三本あり、制限時間内であれば自由にレバーで移動できる台だったのでそこまで説明も動かすのも難しく無い。


 鈴代がその台をやっている間に他の景品でも取ろうかと他の台を見たがそこまで気になる景品がなかった。 


 そして最終的に帰ってきた鈴代の台の様子を京が窺う。 


 そこには最初に始めた位置からほぼ動いていないぬいぐるみの姿があった。


「あー、ちょっと待って」


 追加で百円を入れようとしていた鈴代を止めて代わり京が自分の財布から取り出した百円を入れる。

 

「こういうのは景品を掴んだあと上までは上がるんだけど、そのあと緩むから普通に掴んでも取れにくいんだよ」


 そう言いながらレバーを操作した京はぬいぐるみの中心とクレーンの中心がかなりズレた位置で降下のボタンを押す。


 すると一本の爪がぬいぐるみが子供を抱き抱えるために前で組んでいた手と体の間にすらりと入った。


 そもそもゲームセンターに鈴代を誘ったのは京が自分のクレーンゲームの腕に自信があったからだ。


 女の子と遊びに行くのだがら多少はいいところを見せたい京が、ここぞとばかりに上手いところを見せた。


「こんな感じで隙間とかを狙うと結構動くから……」


 そう言いながら動作を続けるクレーンを見ているとぬいぐるみの腕に引っかかり浮き上がった景品が獲得口まで運ばれてきた。


 レクチャーしながらもまさか一回で取れるとは思っていなかった景品があっさりと落ちてくる。


「まぁ、こんな感じで」


 一回で取れたのは殆どまぐれだったが、格好をつけたい京はさも当然かのようにその景品を取り出し口から拾い上げる。


 そして鈴代の方に差し出した。


「あげる」


 鈴代はそう言われて差し出されたぬいぐるみと京の顔を交互に見る。


 少しの間悩んだ様子を見せる鈴代に、まさか断られるのではと思った京が少し強めにぬいぐるみを押し付けると、鈴代はようやくそれを受け取った。


「……ありがと」


 ぬいぐるみに口元を埋めた鈴代がそう言うと、不覚にも京は胸が高鳴ってしまう。


「別に」


 照れた京が不器用にそう言って顔を背けて歩き出し、ぬいぐるみを抱きしめる鈴代がそれに続く。


 こんなちょいブサな猫のぬいぐるみはいらない、と鈴代に押し付けた京は若干の罪悪感を感じていたため、素直に感謝を受け取れなかった。


 それからメダルでのゲームコーナーに移動した二人はほんの少しだけ時間を潰してゲームセンターを後にした。


 ショッピングモールを出て駅まで二人で歩き別れるまでの間、鈴代は片時もぬいぐるみを手放すことは無かった。

 


 

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