第3話
「おはようございま…す」
「おはようございます…ずず…」
「おでこ、どうかしましたか?」
合わせていた目線を少し上にずらすと額に青白いシートが張られている。
「風邪を引きました…面目ない」
体の芯からする寒気と体表から感じる暑さがどうにも気持ち悪い。首痛いし肩も痛いし…加えて頭も重いしぐわんぐわんする。
歩くのにも足が重いし…風邪って本当に苦手だ…。
「大丈夫ですか?病院行きますか?」
「いや、大丈夫。薬は飲んだしそこまで重いわけじゃ無いから…」
モモイより早く目覚めた紅葉が色々用意してくれたおかげで今は安静にしておけばそれで良いくらいだ。
「あ、マスターさん。ベッドで横になっていなきゃだめですよ」
キッチンにいる紅葉から心配そうに注意される。
「ごめんごめん。話ついでにパソコン取りに来ただけだからさ」
「じゃあ俺動画見て寝落ちするね。おやすみ、モモイ」
「おやすみ、なさい…」
掛け布団で全身を覆った瞬間にため息と同時に全身の脱力する感じがたまらなく気持ちいい。桃源郷はここにあったか。
「マスター。肩までお掛けしますね」
「お、ありがとう」
そう言って優しく布団をかけなおしてくれた。やはり桃源郷はここにあったか。
さてさて、新しい動画上がってるかな~。
「マスター。寒くないですか?」
「大丈夫。ありがとう」
お、出てるじゃん。見ようかな…。
「マスター。喉乾いていませんか?」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」
あ、あの映画まだ見てなかったな。そろそろ配信終わるし忘れる前に見よ…。
「マスター」
「モモイ…大丈夫だよ」
「でも…」
「ただの風邪だから。寝てたら明日明後日には治るもんだし」
「本当ですか?」
久しぶりに見たかもしれない。モモイの子供みたいな顔して心配そうな表情するの。
「それならもう寝てください。パソコンは没収です」
「えぇ…動画くらい見せてよ…」
「だめです。早く治すためにも寝れるように集中してください」
寝るのに集中するって言ったって…。
「寝れるように集中すると反って寝れなくなるものよ。それに、モモイがそんなに話しかけてたら寝れないじゃない」
あ、カンナ起きてたんだ。
「そ、それもそうですね…。すみません、マスター…」
「ううん。色々気遣ってくれてありがとうね。それと、やっぱりお水欲しいかも。お願いできる?」
「はい。持ってきますね!」
笑顔で台所に向かって行くモモイと入れ替わる様にカンナがこっちに来た。
「まるで子供よね」
「でも、そこらの子供より優しいし、俺以上に精神年齢は上だと思うぞ」
「それもそうね……けど、モモイがああなってるのなんて初めて見た」
「モモイって元々あんな感じじゃ無いのか?」
「最前線で戦ってた私達の内一人でもあんな感じだと思う?」
「それもそうだな…」
「モモイの性格があんな丸くなったのなんて記憶を失ってからよ」
「じゃあ昔はカンナみたいだったのか?」
「…私の性格が尖ってるってこと?」
「ち、違いますよ~やだな~」
「ふん。どうだか」
嘘でも否定しないとその軽く握った拳の矛先がどこに行くかわかったもんじゃないからな。
「でも、もしかしたら私より尖ってたかもしれないわね。少なくとも周りにはそう振舞っていたように見えたわ」
「そうだったのか…」
周りには?それってつまり本心は違っていたという事なのか?何者にも厳格に接するのは戦場では必要なことかもしれないけど…。
「そう思うと私達に心がある理由とか本当に謎で謎で仕方がないわね。この手で血を出させて血を吐かせて血を拭うのに感情なんていらないどころかむしろ邪魔よ。最初から命令に忠実な犬にすれば
「でも、心があった方が良いとは思うだろ?」
「それは…そうだけど…」
「なら良いじゃん。体なんて何かをする為の器でしかないから。魂何て呼び方もするけど、現実的に言えば心自体が語りかけられている物そのものなんだし。戦うために生まれてきたと言ってもそれはそうした体とその立場に生まれたからなわけで、心はどうあってもいいんだよ。例えオートマタであっても」
「…あんた。たまには良い事言うじゃない」
「所詮はグレードAより劣った人間の考えだけどね」
「あんたはそこら辺のグレードAよりよっぽど
「それでも知ることは良い事ばっかじゃないけどね」
そういう考えを持つようになったの何て負の産物みたいなものだし。負の産物から生まれた考え何て所詮負の産物に変わりはない。
「マスターさん。ご飯ですよ~」
「は~い。くぅ…よいしょっと…」
あまり言う事聞かない体に鞭打って起き上がると、卵粥がお盆に乗せられて運ばれてきた。
「うまそ~」
全然なかった食欲が一気に湧いてきた。
れんげを手に持って、膝の上のお盆に置かれた卵粥を掬う。
「いただきます」
「はい。熱いですから気を付けてくださいね」
口に運ぼうとしたれんげを止めて、ふぅふぅと冷ます。
……別に三人でそんな並んで見るものでもないのに…。なんか気まずくなるわ。
「あ、あの…マスター」
「ん?」
「もしよろしければ、私が冷まして食べさせてあげます…よ?」
「え」
「あ!その!今は体が重いでしょうし…少しでも助けになればと思って……」
「それってつまり、あ~んってこと?」
「ちょっとカンナ!恥ずかしいからあまり意識しないようにしてたのに…」
「だってよマスターさん。どうする?」
カンナが珍しくニヤニヤして聞いてくる。こいつぁほんとに…。
「あ~うん。じゃあ、お願いしようかな~。うん」
ここで断ったら気まずくなるしモモイが恥かくだけだしな。それに、モモイも厚意で言ってくれたんだろうし。受け取るの筋かな。
けど、モモイは気持ち嬉しそうだな。お椀と一緒にれんげ渡した時の顔がすごいぱぁって明るくなった。
「ある程度冷ましたらでいいからね」
「はい。ふぅ~…ふぅ…」
吹きかけられる息がこっちにまでやってきて、卵粥のいい香りがする。
「それくらいで良いんじゃないかな」
「まだ四十度くらいありますからダメです。せめて三十五度くらいにしないと。ふぅ…ふぅ」
五度の差なら良いんじゃないかな…。サーモグラフィも時には難儀だな…。
「ふぅ~…まだ熱いですけどこれくらいですかね。えーっと…では…はい」
「あ~んでしょ?へへっ」
「カンナ!」
「ごめんごめん。面白くて。ははっ」
「気を取り直して、マスター…なんでまんざらでもないような顔してるんですか…」
「いや、俺も面白くてつい。ごめんごめん。ほら、冷めちゃうよ」
「………マスターはあーんして欲しいんですか?」
「え?」
「冷めちゃいますから口開けてください」
「え、あ、はい…」
「あと、目も瞑ってください」
「え、なんで」
「いいから瞑ってください!」
「はいはい…」
目を瞑って口を開けると、
「あ、あ〜ん」
と聞こえて若干震え気味のれんげが口内に運ばれてきた。
「あーん」
反射的に俺もあーんと言ってしまう。
口の中に卵粥の優しいが広がると共に俺は心臓のドキドキがとまらなかった。
しかしいつまで経ってもれんげが俺の口から出ないのに違和感を感じて目を開けた。
「
「わあっ!何で目ぇ開けるんですか!」
素早く舌に卵粥を置いて口かられんげが飛び出していった。
「んぐ…いやだって…」
「やっぱり自分で食べてください!」
「う、うん…」
「じゃあ私があーんしても良いですか?ちょっと面白そうなので」
紅葉が名乗りを挙げて、モモイからお椀とれんげを受け取る。ここまでの流れ見て面白そうって…。
「ふぅふぅ…」
待ってる間にどことなく気まずくなってふと目を逸らすと視線の先で、モモイは膝を落として布団に顔を埋めていた。
「あ、あの。モモイ?あーんしてる時の顔可愛かったよ?」
「
ちーんと音がしそうなくらい更に布団に重みが掛かった。
「はい。マスターさん、こっち向いてください。あ〜ん」
「あ〜…ん」
口かられんげがいなくなってもぐもぐと咀嚼している間も紅葉はこちらをにっこりして見つめてる。どうやら本当に興味しかないらしい。
「どうですか?美味しいですか?」
「んまい」
「よかった!」
そう答えると咀嚼している間にふぅふぅと次弾を用意してくれている。俺も慣れてきて、舌に感じる美味さが表情になって現れる。
「カンナ…」
布団が声で微かに振動した。
「な、何?私はやらないわよ?」
カンナが若干身構え、やらない旨を伝えた瞬間、モモイがガバっと顔を上げた。
「カンナもやりなさい…」
「え…何で私が…」
「私に恥かかせておいて自分だけしないのは許さないです!」
「いや、あんたに止めさしたのはマスターでしょうが」
「それでもやりなさい。全てあなたが元凶です…」
「ね、ねぇマスター。なんとかしなさいよ」
なんか、俺らがにこにこあーんしてる間にすごい泥沼の争いが起きてる…。
「あ、マスターは私に止めさしてるので、マスターも断ったら明日からマスターの苦手なナスを毎日献立に入れます。ね?紅葉ちゃん?」
「は、はい…」
怖え!モモイ起こったら怖ええ‼︎
「なぁ、カンナ。一回でいいからさ?ね?」
「嫌よ、恥ずかしい。それに私にあまりデメリットないんだけど」
「では明日からナスということで」
やばい!このままだと毎日ナスまみれになる!家計簿にナスの欄が追加される!茄子の乱が勃発する!
「お願いしますカンナ様!」
「はぁ…わかったわよ。その代わり、気になってる本、買ってね」
「わかった!はい!早く!」
「はい、あーん」
「え、ちょっ!んぐ!あふい!あふい!」
「あーんすれば良いんでしょ?冷ますのはまた別よ」
はふはふと口の中で一生懸命冷ましながら噛み、飲み込んだ。
「はぁ…あの、俺、病人なんだけど」
「そういえばそうだったわね。人間があんなこと言うんだからてっきり平常運転かと思ったわ。ははっ」
もう少し病人を大切に扱ってくれませんかね〜。
「あ、でもなんか少し恥ずかしがってるところはなんかいつもと違う感じで可愛げあったぞ」
「ぐっ!」
と言うとモモイの隣でカンナも膝から崩れ落ちて布団に顔を埋める。
「もう。マスターさんには私が食べさせますから」
「あ、紅葉。俺、自分で食べるからいいよ。あと、キッチンに薬箱があるから、それ取ってくれると助かる」
「そうですか…わかりました。あ、それとマスターさんもすごい可愛かったですよ!でも外ではあまりやらないようにしてくださいね。その…私みたいな見た目の女の子には見せちゃいけない顔してましたから」
「がはっ!」
お椀を俺に渡して、キッチンに走っていった後には悲惨な現場が残った。
膝から崩れ落ちて顔を埋めている二人と自分の情けなさで天を仰ぐ青年が一人。
その後二人は風邪が治るまで、特にご飯の時にはあまり話をしてくれなかった。
Zahnradmädchen from Person≒Automata ゴマ麦茶柱 @gmamugitya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Zahnradmädchen from Person≒Automataの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます