第2話

 ここ数日パソコンとにらめっこする機会が多くなった。相手は中々に強い、やっと隙を見せたかと思って出てきた情報は的外れで、それを確信する度に俺は困ったような表情しか浮かべていないと思う。

「どうですか?」

「ダメ、全然出てこない」

 連日、横で正座しながら見守っていたモモイもやっぱり落ち込んだ顔をしていた。

「あとなんか心当たりあることとかはある?」

「ん~……特には」

 まぁ、少し前から作業しているから出尽くした感はあるし実際そうだろう。世間に公表されていない最先端技術の結晶がそう易々とネットで調べて出てくるとは思えない。

「記憶がないってこんなに厄介なんですね…」

 記憶がない。ただ単にそれで表現できる言葉というものでもないだろう。

 俺は今、記憶の片鱗、砕け散ったピースの修復を手伝っている。そして、その記憶に紐づいた情報。例えば彼女らが何者であるか、とかの情報を闇雲に探していたのだ。

 事実、俺も彼女らのことについて知っていることが少なすぎる。それにしては、起きることは恐怖体験と宣戦布告であまりに情報戦において優位に立てていない。

 けど、結果変わらず。考えてみれば当然かもしれない。海外の通販サイトで買ったよくわからん激安のノーブランド品の開発元を探せっていうのとまるっきり一緒で無理なのは明らかだった。

「けれど、ここまで徹底されてるとはな」

 通常、オートマタにはどこかしらにメーカーロゴやらサポートセンターのQRコードやら乗っているのが普通だ。けれど、用途が用途ということもあってか文字一つ記載がない。

「あ、これ返すね」

 そう言って、パソコンの隣に置いていたパーツをモモイに返す。

 このパーツが唯一情報として掴めそうだった体内に内蔵されている充電器だった。この充電器どういうわけか取り外しができて、パーツ自体を軽く分解してみると充電時に外部に露出させプラグに差すケーブルは一般的なUSB規格が採用されていて、なんなら家に余りに余りまくってる同じタイプのケーブルでも代用ができた。つまり、唯一互換性があって完全に独自というわけではないものというわけだ。

 けれど、だから何だという話で、中を分解して基板や外装を確認してもそれっぽいものは見当たらなかった。

「残すところはモモイたちのドライブ記憶を直接見てみるとか?」

「それなんですけど、実はマスターがいらっしゃらない時にそのパソコンで試してみたんです」

「え⁉」

「ごめんさい。勝手なことしてしまって…」

「いや、それよりどうだったの?」

「充電自体はできました。ですが、私もパソコンも互いに認識しなくて。ただ私が充電されてるだけだったんです」

「じゃあ、直接いじることは難しいのか?」

「無理ということはないと思います。私の記憶が消されてしまっているのがその証拠ですから」

 たしか、紅葉は俺たちに負けた瞬間にスタンドアローン化されて同時に記憶も本人が無意識の内に消えてしまった様子だった。恐らく、組織に誰かが紅葉のドライブ記憶を操作したのだろう。ということは多分干渉自体はできる…はず…。

「干渉すること自体は可能なんだと思います。けれど、今の私ではどうすることもできなさそうです」

「そうだな…はぁ…どうしたものかなぁ」

 せめて無線の媒体が何かわかればどうにかなったかもしれないけれど、たぶん独自の秘匿通信だろうな。調べなくても察しがつく…。

「私も気づいたことがあれば調べてみます。わざわざお付き合いいただきありがとうございます」

「いや、俺の方こそ協力してくれてありがとうね」

 元々、俺が調べたくてそれにモモイが手伝ってくれたのが経緯でむしろ俺の方こそ手伝ってくれたのに収穫なしで申し訳ない。

「あ、そうそう!先日、マスターのお貸ししてくれたワイファイのおかげでネットを使うときの処理能力が上がったんです」

 オートマタには予めブラウザがインストールされており、それを活用して知識や情報不足を補う。

「はりきって、最新のルーターを買った甲斐があってよかったよ」

 実は少し前にモモイ達からワイファイを使わせてほしいと言われていて、使うこと自体は問題なかったが同時接続した時に回線速度が激落ちし、この際だからと最新のものを買った。俺も同時接続していても以前より回線速度が上がったのには大満足……あれ?

「え、処理能力?」

「はい。一度速いのを知っちゃうと中々戻れないですね~」

「…あ、カンナか紅葉と分散処理してるの?」

「いえ、してないです。ワイファイのおかげです」

 ……このワイファイはあくまで無線でインターネットを使えるようにするためのものだから、これ自体がモモイの処理能力との分散処理はしないっていうかできないはずだけど…。

「あ、そういうことですか。確かに処理能力が上がるっていうのには繋がりにくいですよね」

「うん」

「マスターは私達が外やまだ家のワイファイに繋がれていない時にネットが使えることに疑問を持ちませんでしたか?」

 そういえばそうだった。あまりに自然だから気にも留めていなかった。

「私達は契約している通信事業者もネット回線も持っていないんです」

「…え?」

「なので、通信圏内にあるワイファイに接続して使用しています」

「……え?」

 モバイルデータ通信ができないからワイファイに繋ぐっていうのはわかる。けれど、そのワイファイってどこの、何のワイファイなんだ…?

「……もしかして…クラックハックしながら使ってた…?」

「そうです!」

「ちょおおおおぉぉぉ!!!」

「うわっ!いきなりなんですか?」

「いや!それやっちゃダメ!」

「大丈夫ですよ、誰かの個人情報を吸い取っているわけでもないんですから」

「それ、思いっきり犯罪!」

「え……え⁉ほんとですか⁉」

 しかも、知らなかったんかい!

「え、履歴とかは消した?」

 パスワードのクラックができるなら、履歴もいじれるよね…?

「………」

「なんで黙ってんの?」

 なんで、顔も逸らしたの?

「…て……いです」

「え?」

「消してないです…」

 あはっーーー!足ついてるぅぅ!

 てか、そうしたら全員まずくないか…?

「カ、カンナ!」

「あー…私も消してないわ…」

 どうやらここまで一連の流れを聞いていたらしく、当の本人も多少危機感を感じている様子。

「でも、私は遅いのが嫌だから基本フリーワイファイに繋いでいたから履歴は残しておいても問題ないはず」

「じゃ、じゃあ私だけですか…?」

「そ、そうみたいね」

「テザリング…」

「え?」

「テザリングとかには繋いでないよね?」

「………」 

「なんで黙ってんの?」

「…い…だわ」

「え?」

「繋いだわ…」

 どわぁーーー‼足が出たあぁぁ‼

「え、どうしましょう!二人ともお縄についてしまいます!」

「そんなわけないでしょ。二人とも押収されて一生シャットダウンよ!」

「いや、紅葉!紅葉はどうなんだ⁉」

「そういえば!あの娘、こっちに来てからめちゃくちゃ料理について調べてたわよね!」

「早く聞かなくては!」

 俺達は充電兼睡眠中の紅葉に駆け寄った。

「「「紅葉!」」」」

「わっ…な、なんですか?」

 寝ているところを不意打ちで三人で起こしたものだから、かなりびっくりしたような様子だった。

 紅葉に事の顛末を伝えると、紅葉は少し考えた後に冷静に回答してくれた。

「う~ん、大丈夫じゃないですかね?」

「「「え」」」

「私も何度かそういうことはしたことありますけど、履歴が残っても簡単にデバイスを特定することは難しいですし、私達はただのデバイスじゃなくてオートマタですから捜索するのも難しいと思います」

「よ、よかったぁ…」

「テ、テザリングは?」

「テザリングは履歴を残せないですから気にしないでも大丈夫かなと」

「「よ、よかったぁ」」

 さすが情報担当…その知識は随一だな。

「けれど一つ注意しないといけないのは、組織です。確かに一般人や企業は気にしなくても良いかもしれませんが、それから特定されてしまう可能性もありますから」

「あぁ…確かに…」

「けど、それくらいの気の持ちようでいればいいだけで、要は油断だけはしなければ良いんですよ」

「い、意外と色々考えているのね。紅葉って」

「私もマスターのお役に立ちたいですから」

 充分過ぎるほど役に立ってくれてると思うけど…。紅葉がこんなに頼りになることなんて初めてだし。

「とりあえずネットについては一安心ですね。けど、これからはマスターのワイファイだけ使うようにします」

「私もそうしとくわ。ヒヤヒヤするのは戦闘でも日常生活でも好きじゃないもの」

「そうしてくれ。もし、外でも使いたくなったら俺のスマホがあるから、それにテザリングして。通信無制限のプランに入ってるから」

「そうさせてもらうわ。けど、ネットを使うのにはバッテリーも使うからそこも気をつけなくちゃ」

「そうですよね。私も以前はバッテリー残量が低下したら使うのは控えていました」 

「モモイ…」

「はい?」

「充電って、どこでしてたの?」

「………」

「モモイ…?」

「で!でも!そんなこと言ったら、カンナだってそうじゃないですか!」

 あ、巻き込んだ。

「私は基本カフェの備え付けてあるプラグで充電してたから。そこならワイファイもあるし」

「も、紅葉ちゃんは…?」

「私はセンチネル級ですから外に出ることなんてありませんでしたし、マスターさん家に来てから外で充電したことはないです」

 モモイの顔がサーっと青くなる。モモイ、お前だけだ。

「で、でも履歴とか残りませんよね?ただの電力供給口ですし」

「いや、戦闘オートマタは一回のバッテリー充電にかなりの電力を使いますから、もし異変に気づいた人が防犯カメラで確認しようと思ったら確認できてしまいますね」

 モモイはその場でしばらくフリーズした後、ギギギギとゆっくりこっちに顔を向けた。その顔は涙目だった。

「だ、大丈夫だから!もしなんかあったら、なんとかするから!」

「ましゅたぁ〜ありがとうございますぅ」

 すると、一歩置かれていた距離を這い寄って近づき、俺の右手を両手で包むようにガシッと掴んできた。

「…マスターのことは私達が守りますって意気込んでいた影もないわね」

「オートマタだけじゃ対処できないことの方が多いからね。武力行使なら強いかもしれないけど、社会的には俺のほうが融通効くでしょ」

 忘れがちだけど、本来オートマタって人間の形をした機械であってその格は人間よりずっと下だ。何をさせようが、どうなろうが罪も罰もない。その扱いは言うなれば奴隷でしかない。

 モモイ達は例外だけど。

「それはそうだけど…みっともないわね。あのモモイが」

「え?」

「いや、なんでもないわ。交渉の席についてどうにかならないなら、武力っていうのも一つの手よ」

「後ろ向きに検討しとく」

後ろ向きなら背中を向いたら私、前線復帰ね」

 不敵な笑みを見せて俺を揶揄っているつもりだろうけど、カンナは本気でやりかねないから冗談でもそう言うことは思い付かないでくれ。痺れを切らして、うがーってことになりそう。

「…モモイ、いつまで手握ってんの」

「あ、すみません。えっと、戦ってどうにかするって話でしたっけ」

「全然違うよ。よくないよ、暴力で解決するの」

「耳が痛いですね…」

「紅葉は変なところでダメージ受けないでよ」

 こうして、彼女らに衛られている俺は社会的に彼女らを守ることとなった。

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