第1話

「状態の良い玉ねぎは…これですね!」

「そうそう」

 カゴに乗せられた玉ねぎの山の中から一つを手に取って俺に見せる。

 皮もパリッと乾燥していて、目立つような傷もない確かに良い玉ねぎだった。

「それにするか?」

「はい。お願いします」

 玉ねぎを受け取って俺の持つ買い物カゴの中に入れる。


 

 ―なぜ俺が紅葉と二人きりでスーパーに来たか。

 事の始まりは今日、朝とも昼とも言えないなんとも微妙な時間帯に紅葉がご飯を作ろうとしていた時だった。


「あ、マスターさん。そろそろ食材が切れそうです」

 冷蔵庫を覗いていた紅葉が振り向いて言う。

 最後に買い物に行ったのが1週間前だったからそろそろかなとは思っていたけれどやっぱりか。

「え、ほんとに?じゃあ買いに行くか。モモイ、お願いできる?」

「わかりました!」

 今のはモモイにおつかいを頼んだわけじゃない。俺が頼んだのは付き添い、わざと堅苦しく言うなら護衛だ。


 何故、俺に護衛が必要なのか。そして、男だし社会的立場を考えた時に人間である俺の方が護衛するには相応しいけれど、何故彼女が俺の護衛につくのか。

 それは彼女らはイレギュラーにしてギルテイな存在だからだ。

 どこの誰が創ったのかは不明で、開発が禁止されている戦闘能力を持ち、その能力を支える基盤となる特殊な機能を機体に備え、そしてオートマタ事業に取り組む大手が未だプロトタイプやその手前にまでしか作ることができていない心を持っている。

 開発元。

 機体の構造の特殊さ。

 戦闘能力。

 そして、心。

 その中の一つでも世の中に知れ渡ろうものなら混乱を招く。そんなこと今どき小学生ですら知っていることだ。

 

「あの、待ってください」

 すると、紅葉に引き止められた。

「私も連れてってください」

「え?」

「私、行ってみたいんです。スーパーマーケットに」

「え、俺は別に良いけど、モモイはどう?」

「ん〜…そうですね…」

 モモイは数秒ほど考えた末頷くと、笑顔で人差し指と親指で円を作る。

「わかりました。行っても大丈夫ですよ」

 そう言って、俺に買い物袋を預けて紅葉の後ろに回り肩に手を置いて嬉しそうな紅葉を優しく押すようにしてこちらに歩いてくる。

「では、いってらっしゃいませ」

「え、モモイは?」

「私は気が変わったので遠慮します」

 そんななんで突然…。確かに紅葉が同伴しているとはいえ、紅葉に直接的な戦闘能力はないんだし、モモイが一緒にくる事に大した問題はないのに。

「ちょっと待って。二人だけで行くの?」

 すかさずカンナが口を挟む。

「流石に危ないわよ。モモイが行かないなら私が行くわ」

「カンナ、お二人で行かせてあげましょうよ」

「でも…」

「一応、紅葉ちゃんも少しは戦えるわけですし大丈夫ですよ。それに…」

 突然、モモイが目を瞑って黙る。そしたら次はカンナが目を見開いた。

「……そ、そういうことなら今回は良いんじゃない?」

「え、モモイ、何言ったの?」

 あのカンナを丸め込むとか何言ったんだよ…。

「えっへっへ、秘密です!」

「そうか…」

 まぁ、どうせ教えてくれないんだろうしいいけど。

「それでは、お気を付けて」

 モモイが玄関にまで来て見送ってくれる。

「行ってきます」

 戸を閉じて鍵を掛けようとしたらモモイが内側から掛けてくれた。

「じゃあ行こっか」

「はい…」

「………なんでそんな顔赤いの」

「なんでもないです」

 どしたの。急に。

「モモイ、何言ったんだろうね。ひょっとして、デートとか言ってからかってたとか?だとしたら-」

「あの…」

 紅葉が珍しく大きめの声で遮る。

「それは…もう…いいです」

 ………なんとなく察した。

 オートマタというか通信デバイスって便利だなぁって思った。



 買い物カゴは色とりどりの食材でいっぱいになっていた。本当はいつもこんなに買うわけじゃないし買う予定でもなかったけど、気づいたらこんなに多くなっていた。けれど、紅葉も色々勉強してきたみたいだしそれが発揮できたならそれで良い。

「これで一人で選べるようになったな」

「はい。これで、マスターさんに色んな料理が食べさせられます」

「そうだね」

 そういえば、と言う風にして思い出したことだが、ずっと頭の隅にいたどうしていきなり行きたいなんて…。という疑問が解けた。

 紅葉が俺のもつ買い物カゴに目を落とす。

「…買いすぎましたね」

「そうだね」

 互いに含み笑いが出た。一人暮らし(本当は四人暮らしだけど)食料にしては多い。もうおにぎりの一つでも乗せたらおむすびころりんが始まってしまう。

「なら、今夜はご馳走です。ちょうど作ってみたい料理がたくさんありましたし」

「お、マジで?」

「はい。楽しみにしててください!」

 精算し、出口の一歩手前まで進むとサッカー台が置かれていた。買い物カゴを持った時から思ったけど、この店は結構アナログな点が多い。てか、ここら辺のスーパーみんなアナログすぎる。

 例えば、手動スキャン型のセルフレジがあったり自分で袋詰めをしないと行けなかったり、たまに機械に交じって人が品出ししてる時もあるし。まぁ、地域が地域だしわからなくはないんだけど。

 あ、そうだ。折角だし袋詰めの方法も教えとくか。

「紅葉、袋には固い物とか形が崩れなかったり丈夫な物から詰めていくんだ」

「じゃあ、最初は牛乳からですか?」

 紅葉が牛乳パックを手に取って俺に渡す。

「そうそう。あとは缶詰とかかぼちゃとかも先に入れて大丈夫」

「卵はどうしますか?」

「卵は絶対最後。そこそこ重さもあるし硬いけど、割れやすいから。それに…」

 あー…そっか。

「……いや、でも、今どき大半のスーパーは自動で袋詰めしてくれるからあまり覚えてても仕方ないけどね」

 あんま説明しても仕方ないよな。

「でも、知ってて損はないですよ。家から近いスーパーはここなんですし今後も使うかもしれません」

「それもそうだな」

「それに、自動人形オートマタの私が言うのも変かもしれませんが、私、アナログとか手動って好きです。操作してたり作業してる時に考えたり感じたりする気持ちがどこか心地よくて」

「それってどんな気持ちなんだ?」

 聞き返してみたら少し考えた後、紅葉は若干苦笑しながら答えた。

「そう聞かれると答えづらいです。ハッキリと言葉にするのは難しいので」

「まぁ、そうだよな」

「でも、アナログで手間のかかるこの時間があるからこうしてマスターさんとお喋りでする機会ができたのは私にとってとても心地よい気持ちの一つです」

「紅葉ぃ」

 大袈裟に捉えすぎかもしれないけど、誰かに一緒に話してて心地いいって言われるなんてテンションが上がるみたいな、なんていうか気持ちが高揚するな。

 俺はその場のノリというか雰囲気というかそんな感じのアレで紅葉の頭を半分ポンポンとする様に撫でた。

「アナログ。確かにいいかもな」

 紅葉を迎入れてから気持ちが安らぐ時が増えた気がする。紅葉は身近に幸せを見つけて、周りを笑顔にしてくれる。多分、そのおかげだろう。

 けどやっぱり、一番は…。

「なんか俺も楽しくなってきた」

「よかった!」

 この笑顔が一番安らぎを与えてくれる。




 案の定、紅葉は私も買い物袋を持つと提案してくれたが流石にあの量と重さを女の子に持たせるのは心が痛んだので断った。が…。

「マスターさん、私もオートマタなんですよ!力には自信があります」

「で、でもなぁ」

 以前、モモイだかカンナにそんな事を言われた気がする。けど、こんな可愛くぷんすこ怒ってちゃ説得力皆無なんだが。

「ん〜じゃあ、こっち持ってもらおうかな」

 こう言う時の紅葉が粘り強いのはよくわかってたから早めに観念した。けど袋は軽い方を渡した。

 そんな粘り強い紅葉さんは袋を渡した瞬間からご満悦な様子。

「そういえば、今夜は何が食べたいですか?」

「あ〜そうだな〜」

 いつもは紅葉のおまかせ、通称俺は紅葉シェフの気まぐれディナーでお願いしちゃってて、しかもちょうど気分のものを作ってくれるから何が食べたいかって聞かれると…案外浮かばないもんだなぁ。

「マスターさんは何か好きな食べ物とかありますか?」

 浮かばない俺に気づいたのか紅葉が提案をしてくれる。

「好きな食べ物…」

 けど、好きな食べ物って言ってもしばらく一人暮らしで食べればいい屋で過ごしてたしなぁ。

 前はの食堂で…いや、別にあそこでも変わらないような昼飯だったな。忙しかったし。

「味が濃い系かな?」

「味が濃い系ですか…」

「ダメ?」

 あまり肯定的でないような様子。

「ダメ…というか、マスターさんの以前の食生活をあまり知るわけでは無いんですけど、お家にお邪魔した当初にカップ麺を見まして、もしかしたらその影響で味が濃い系が好きなのかなぁと」

「あ~…多分あってるよ」

 ちゃんと考察の仕方もその結果も合ってて、人に見透かされた自分の食生活に思わず苦笑いが出る。確かに、以前の食生活はだいぶ酷かったと思う。そのせいで食べたいものを聞かれて濃い味付けのものがパッと出てくるのも合点がいく。

「じゃあ、少し工夫して作ってみます」

「お願いするよ」

「はい!お任せくださ―きゃっ!」

 紅葉の急に体が思いっきり前の方に倒れていった。

 突然のことだったし気にかけていなかったせいで声を出す間もなく、最初に驚いたのは床に転げていた時だった。

「大丈夫か⁈」

「うぅ…だ、大丈夫ですよ」

 紅葉の脇に腕を入れて持ち上げるようにして体を起こして座らせ、紅葉の様子を伺う。

「立てる?」

「そんな大げさな事じゃないですから。大丈夫ですよ」

 紅葉は笑って言うけど、俺からしたら女の子が転んだだけでもかなりのダメージに見える。

 服に付いた砂が目についてパッパと掃って落とす。足に付いた砂を落としていると、擦りむいて損傷している箇所を見つける。

「これ、膝大丈夫なのか?」

「はい、私はモモイとカンナお二人と比較すると自己再生の進行が少し遅いですが、そのうち直ります」

 そんな怪我する様なことを日常茶飯事でやってるわけじゃ無いのはわかるけれど、こんな痛々しいものを直す能力に優劣があるのはいささか受け入れづらかった。

「けど、

「やっぱり、おんぶするか?」

「そんなお世話になっては申し訳ないですよ。それに、完全に直した頃にはすから」

「え?」

「え?」

 ついさっきまで違和感なかった会話に一気に違和感が押し寄せた。

「痛いっていうのは…えっと…」

 こんな話も考えたことも無かったから最適な言葉が見当たらない。何て言えば良いかわからない。

「なんていうか…その…」

 考えている内にこんがらがってきた…。痛いってことはえーっと…。

「えーっと…痛い、痛み…その感覚ってことは…」

「痛覚?」

「そうだ!それ。紅葉、というか三人には痛覚があるのか⁉︎」

「え、あ、はい」

「それは衝撃感知とか刺激で言動するプログラムとかじゃなくて??!」

「に、人間の持つ神経に似たものという資料を一度だけ見たことがあります…」

「じゃあ本物の痛覚ってこと??!!」

 オートマタは容姿も目的も人間に似ている故、人間らしい自然な動きが求められる。その一つが痛みを感じた時の動きだ。しかし当然のことだが、本当にオートマタが痛みを感じているわけではない。プログラムが言葉、動きにそういったことをさせているだけで仮に実害が出ているとすればパーツが損傷してるかくらいのことなのだ。第一、実際にオートマタが苦痛を感じたところで、だからどうした。程度の話なのである。

 それなのに、紅葉達は、戦闘オートマタは本物の痛覚を持っていると言う。

「じゃ、じゃあ!」

「あ、あの…マスターさん…顔が近いです」

 気づくと、紅葉の足と足の間の地面に手をつき跪いて紅葉に迫っていた。こんなところ他の誰かに見られていたら…。

「ご、ごめん」

 紅葉に手を貸して引っ張る様に立たせて、背中の砂も落とす。

「な、何か問題ありましたか?」

「いや、単純に技術力に驚いただけ」

 現行のオートマタに本物の痛覚を搭載したものは存在しない。それどころか本物の痛覚を開発した機関自体もない。もうだいぶ麻痺してきているからまだ驚く程度だが、それこそ心と同じレベルのとんでもない代物だ。

 どこかの論文に、世に出ていないだけで世界の技術力は世間の考えている五年ほど先に進んでいると書いてあった。もしかしたらもう普通の事なのかもしれないが…ここでいう世間の人間な俺には信じられない。…五年か。|。

 そういえばと思って紅葉の膝を見るともう直っていて、それに気づいた紅葉もぱぁと笑顔で見せてくる。

「え、でも…」

「どうかしましたか?」

「……いや、多分……なんでもない」

「?」

 不思議そうな顔をしながら首を傾げる紅葉。いや、俺の方が不思議過ぎてたまんない顔をしているかもしれない。こんなこと思いついたら不思議でたまんない。たまんないけど、あまりに不合理すぎて意味が理解できなさ過ぎて、もしかしたらちゃんとした理由で俺が理解できないだけの合点がいく意味があるのかもしれないと思った。

 それは、戦闘オートマタに痛覚なんてあったところで邪魔でしかないだろう。なのに何故痛覚なんてわざわざ再現して搭載したんだ…ということ。

「紅葉、やっぱりおんぶさせてくれないか?」

「大丈夫ですよ。痛みも引きましたし」

「いいから」

 転んだ衝撃で手放してしまった袋の中身を雑に詰め込んで、半ば強引に紅葉の前に後ろ向きにしゃがんでおぶることにした。紅葉はためらっていたが観念して背中に体重を預けてくれた。

「荷物は私が持ちますよ。流石に怪我しちゃいます」

「わかった。じゃあお願いするよ」

 確かにもし間違えて紅葉を落としてしまったりでもしたら卒倒失神もんだしな。

 やっぱり普通じゃないんだな。三人って。

 背中から伝わる温もりをじんわりと感じながら紅葉と話し、ゆっくりと歩を進める道を俺はひしひしと噛みしめながら帰路に着いた。

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