【週1更新中!】第弐部
第弐部 プロローグ
「なにこれ」
「自己啓発本」
本のタイトルは『明日から話せる英語入門』という本。つまりは英会話本。けど、内容はどちらかというと自己啓発本に近い。英語で会話するときの気持ちの持ち方とかの話が主で、「会話を楽しめ!」とか「積極的なコミュニケーションが人生を豊かにする!」とかばっかで発音とかそういう技能的な面での解説はほとんどなかった。てか今の時代、未だに外国人と話しづらいって人もそうそういないしこんな本があること自体が変というか、珍しい。
というか、カンナがこういうのに興味を示すのは意外だな。
「ふ~ん」
中をペラペラとめくる。今どき紙の本というのも珍しい。あ、だからこそこんな内容の本が売られているのかもしんないな。
「なんか、人間がいかにも気にしてそうって感じの内容」
「カンナはそういう人と話すのに抵抗はないの?」
「無問題」
「ん?何語?何て言ったの?」
「Cinese Parlo varie lingue」
「英語?」
「Idioma italiano」
「…イタリア?」
「Si」
「スィ?…え?日本語喋ってよ」
カンナがフッと若干見下したような余裕の笑みを見せる。
「私には人種が違うだけで何故緊張する必要があるのかわからないわ。なんなら、私はオートマタ、機械なのよ。機械に喋りかけることに関して抵抗はないの?」
「まぁ。ないよ」
「ふ~ん」
「少なくとも俺はだけどね。でも、みんなそういう意識はないんじゃない?じゃなければ、こんな世界中に普及しないでしょ」
「一般人からしたらそうなのかもしれないわね」
一般人。
その言葉に耳が立つ。
彼女らが『一般』とつける場合、大体は彼女らのいた環境と自身の立場を区別をするときだ。
そんな彼女らはイレギュラーにしてギルテイな存在。
開発元
機体の構造の特殊さ
戦闘能力
そして、心。
その中の一つでも世の中に知れ渡ろうものなら混乱を招く。
どこの誰が創ったのかは不明で開発が禁止されている戦闘能力を持ち、その能力を支える基盤となる特殊な機能を期待に備え、そしてオートマタ事業に取り組む大手が未だプロトタイプやその手前にまでしか作ることができていない心を持っている。
心や開発元はグレーだが、危険で許されないか。今どき小学生ですら知っている。
「ま、あんたが私を怖がっていないのは、なんというか…なんか安心した」
安心、ね。
「安心って、そんな何が不安だったんだ?」
「別に。なんでもないわよ」
そう言った後、借りるわね。と付け加えて本棚から何冊か抜き取る。
怖がる理由なんてないでしょうに。それとも初対面の時がアレだったからか?あの時、誤解しながら俺を攻撃したわけでそれでカンナは距離みたいなのを感じたのかな。まぁ、そうだよな。俺は気にしてるわけではないけど、殺されそうになったわけだし。戦闘オートマタとしては頼もしい限りだけどね。
……もし…もし本当に殺されてたらどうなってたんだろう。
あの力、込め方、表情は本物だった。そこを間一髪でモモイが救ってくれた。あと少し遅れていたら俺は殺されていたのかもしれない。いや、あれは確実に殺されていた。
カンナ達戦闘オートマタからしたら多分、戦うっていうことは自分達の存在意義とか義務と同義なんだろう。
その戦うっていうのは、殺しも
そんな彼女達に恐怖を覚えない方がおかしい。確かにそうかもしれない。
けど、そんなこと感じない、言ってられない。
だって…。
「マスターさん」
「ん?」
紅葉が寄ってくる。なにやら手を後ろに回して何か隠しているように見える。
「じゃじゃーん」
楽しそうなセルフ効果音と同時に隠していた手を見してくれる。
小さなお皿に盛り付けられたクッキーだった。
「すごい上手じゃん!」
「ありがとうございます」
一応、紅葉にはキッチン周りは自由に使っていいと話していた。なのにわざわざ朝から紅葉がキッチンを使っていいかなんて聞くから何を作るのやらと考えていたが、どうやらお菓子作りをしていたらしい。
……あれ?なんか形が変なのがいくつかあるけど…
「私も手伝ったんですよ?」
横からモモイがひょっこり顔を出す。
モモイかーい。
「え、大丈夫?それ」
「ひどい!」
紅葉が皿をもう少し上に上げて俺がクッキーをひとつまみ。まずは綺麗な円形のクッキーから。多分紅葉のだろう。
口に入れるなり芳醇な香りが口に広がる。
小麦の香りとそこから感じられる甘味、そしてその香りが全体に行き渡るやいなやほっぺたが落ちそうになる。
「うまぁ〜」
思わず間抜けな声が出てしまう。だって美味しいんだもん。
「えへへ、よかったです!」
「はい、じゃあ私のも食べましょう!」
「あ、うん。後でいただこうかな」
「ダメです。今食べてください」
「え〜…」
紅葉シェフ監修の上でだと思うし大丈夫だとは思うけど…。
「さあさあ食べて見てくださいよ。びっくりして倒れちゃいますよ!」
違う意味でじゃないといいな。形こそ違和感の塊みたいなものだが、焦げてもいないし変色しているようにも見えない。少し個性的な形だと言えば聞こえはいいだろう。
「いただきます」
ヒョイっと口の中に入れる。
最初に感じた違和感は一噛みした直後に感じた。
程よくサクッとした食感とクッキーの断面から広がる小麦とチョコレートのいい香りが鼻を抜ける。
クッキーそのものの甘さとチョコレートのほんのちょっぴりの苦味がより美味しさを引き立たせていた。
総じて、違和感があった。その違和感の正体は……美味い。
「美味しい」
そう言った瞬間、もう居ても立っても居られない笑顔を浮かべる。
「ですよね!そうですよね!いや〜もうそんな褒められたら困っちゃいますよ〜」
いや、そんなに褒めたつもりはないけど…。
けど、普通に美味しい。モモイ料理がめちゃくちゃ不味い訳ではない。けど、ナチュラルに不味いのだ。そんなモモイの手料理がここまで美味しくなるなんて…。紅葉料理長恐るべし…。
「紅葉もモモイの料理の面倒よく見切れたな」
「それほどでもなかったですよ。それに、モモイさんの料理の腕も上がりましたからね。最近、朝ごはん作るのも手伝ってくれますし、前と比べてとても上達していますよ」
それを聞いたモモイは今度は鼻を伸ばし天狗になった。
「へっへぇ〜ん!どうですか!私もAIですからね!学習能力には自信があるのです!」
「けど、生卵の割り方はもう少し頑張らないとですね」
「…はい」
すかさず紅葉の針吹き出しが脇腹に直撃して肩を落とす。
「でも、本当に美味しいよ。モモイも頑張ったな」
予想では縮んだ天狗の鼻がまた伸びてくるかと思いきや、打って変わって頬を赤らめていた。
「ま、まぁ、マスターのオートマタですからね!当然ですよ」
こういった感じに褒められるのってあまり慣れてないのか意外な反応だな。
「おう。二人ともありがとうな」
「こちらこそお粗末さまでした」「お粗末さまでした」
今日、料理上手あるいはそれを専門としたオートマタなんて無数にいる。言うまでもないがそれは人間をあらゆる面で超えている。
二人にはそんな機能は当然あるわけがない。恐らく、AIの学習機能と心による作用頼りの専用ソフトウェアも知識も備わっていない彼女らの料理は少しいい値段のする冷凍食品の味を超えることも難しいだろう。
けれど、レンチンして食べる冷凍食品にも、金属の腕で作った料理にも無い料理に欠かせない旨味がある。
それは、温もりと笑顔だ。
俺のために料理を作ってくれる人がいる。俺のために努力しようとしてくれる人がいる。そして、美味しいと伝えて喜んでくれる相手がいる。笑顔を見せてくれる。
笑顔。俺はこの笑顔を絶やしてはいけない。それが俺の、マスターとしての責任なのだから。
例え、目の前の存在がイレギュラーでシークレットでギルティなものだったとしても。
俺に捨てた代わりに背負うものもたくさんできた。けどそれが三人のマスターであることの所以には何も関係ない。
なんたって俺は三人のマスターなんだから。
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