第4話
「よし…」
ジャージのチャックを締め、その上からウィンドブレーカーを着る。
今日は何があっても大丈夫なように動きやすい服装に着替えた。まぁ、持ってる服の中で比較的動きやすい格好であって、万全かというとそうではないのだが。
モモイとカンナも出会った時に着ていたちょっと変わった上着に袖を通して、何かを調節する。何かというのは、手を開いたり閉じたり、上着の裾をピッと引っ張ったり、とにかく何かを調節していた。
「ふぅ…行きましょ」
「そうですね。マスター、鍵は持ちましたか?」
「持ったよ。あ、そうだ。あとこれを…」
「……なんですか、それ」
「ひみつ~」
「そうですか…」
「行くわよ。遅れて待ち伏せでもされたりしたら大変なんだから」
「はいは~い」
玄関の扉を閉め、鍵をかける。
「そういえば、初めてじゃないか?二人と一緒に外出るの」
「確かにそうですね」
「初めてがあんたにとって初陣って言うのも恵まれないなとは思うけどね」
あはは…と苦笑する。
「じゃ、行くか」
まだ日は少し斜め上にいた。碧空には大きい雲がぽつんぽつんとあるだけ。天気は良い。
初陣が蒼穹というのもどこか気持ちが軽くなったような気がする。
ふとモモイの方に目をやるとその視線に気づいたようで、ニコッと笑った。
ここに来るのも久しぶりだな。
まぁ、正確にはジャンク街であって近くの廃工場には来てないんだけど。
ジャンク街の端にある廃工場地域。敷地に並ぶ半月型の屋根をした縦長の建物から人気が消え役目を終えてから恐らく十年以上は経っているだろう。それから熱気も、機械の音も、人の声もしない錆が所々に目立つ廃工場に刻々と変わり果ててしまったのだと思うと、どこか淋しい。
「なんか、薄気味悪いですね…」
廃工場は日が差すような設計にはなっている。だが、それが必然的に影を作ってしまい今ではただただホラーテイストを与えるだけとなってしまい、本来の目的とは違ったであろう効果を発揮している。光指すところに所に影あり。昔の小説家はよく言ったものだな。
「モモイ、あんたサーモグラフィはある?」
「サーモグラフィはありません。暗視ならあります」
「わかったわ。とりあえず暗視だけよろしく」
「了解です」
暗視って確か、暗いところを見えるようにするやつだっけ。
「モモイって、暗いところでも見えるの?」
「はい。処理に若干負荷がかかりますがかなり鮮明に見ることが可能です」
「すげぇ」
いいなぁ。俺も欲しい。
「二人とも、お喋りはそこまでにして集中して」
少し先を行くカンナに怒られた。
モモイが少し申し訳なさそうに微笑んで、俺も片手を立ててすまんと伝えた。
気を引き締め直して時間を確認する。
「十一時五十九分。あと約一分か」
「ピッタリというからには十二時には行動するでしょうね」
「まぁ、奇襲もできなくはないけどね」
いづれにせよ、今は警戒体制であることは変わりないし奇襲も不意打ちも対応できるようにはしている。
二人にいたっては人間の索敵範囲を超えて警戒している。俺は天井や壁に開けられた恐らく窓枠だったものを何度も往復するように見て、警戒している。
残り四十秒。
「…変ですね」
モモイが何かに気づいた。
「何が?」
「残り一分くらいには既にこの場のどこかにいないと正午ピッタリには会えないと思うんです。今から敷地内に入ったとしても先に到着している私達に待ち伏せされてますし」
「そう…だな…」
残り三十秒。
「じゃあ、既に敵はこの場にいるってことなの?」
「いえ、それはわからないです。私にはそれらしきものは見つかってません」
「サーモグラフィにも映ってないわ…」
残り二十秒。
「じゃ、じゃあどうやってここに来るつもりなんだ…」
「カンナ、もう一度、周囲を確認してみてください」
「やってる!」
「暗視を切ります。マスター、念のため、私の近くにいてください」
「お、おう…」
残り十、九、八、七、六、五
「ん…?」
四、三、二、一、ぜ
「左斜め上!」
とっさに方向だけを叫んだ瞬間、背後から風が舞い上がり、同時に左斜め上の窓枠から差していた光が桃髪の少女によって遮られる。そして、その方向から耳をつんざく轟音が立て続けに連続して鳴った。
「マスター、窓枠から狙われない場所まで走って下さい!」
着ていた独特なデザインをしたナノマシン製の上着を盾にするようにして銃弾を受け止めているモモイがそう叫ぶ。
俺は、窓枠がある真下に隠れた。角度的に真下は狙えないはず。
「カンナ!」
「了解!」
カンナが足元から鉄パイプを拾い上げ、槍投げに似た、でも槍投げというには攻撃性が高すぎる、いうなれば弾丸のように飛ばす。
外から、ガコンッという音がしてしばらくして、地面に何かが落ちる音がした。
「私が相手します」
そう言うと、モモイが飛び上がるのと同時に上着がまるでモモイの手に吸い込まれるかのようにして消えて、代わりにモモイの拳にグローブのようなものが生成され装着される。
「【旋風】!」
とてつもない速さで繰りだされた拳はドローンの装甲を貫通し、その勢いのまま足で強烈なキックをもう一機のドローンにお見舞いする。
しかし、それを確認してからの様に一機、二機、三機四機…もう十機も入ってきた。
「しまっ…!」
まだ空中にいるモモイに真っ先に銃口が向いた。
「【all weapons system】起動!」
パイプを持ち飛び上がると薙ぎ払うように振り回し、ドローンのバランスを崩す。
バランスを崩されそれぞれがそれぞれの方向を向き、四方八方に撃たれた弾は奇跡的に誰にも当たることはなかった。が、それはドローンにも当たらなかったということでもあって、体勢を整えなおしたドローンは二手に分かれて、モモイとカンナそれぞれを狙い始める。
「マスター、隠れてください!」
ダッシュでフォークリフトの陰に隠れて二人の様子を確認する。
「カンナ!来ますよ!」
「くっそっ!」
乱射が始まる。カンナもモモイも決して人間業では無い身体能力と次に通ると予想していたルートとは別の壁や天井に向けて走りかく乱するように動き銃撃を避けるが、銃口もその動きに遅れはとらない。惜しいところまで銃弾を床壁天井に打ち込む。
すると、銃撃の音が変わった気がした。ドオォォォォという音も、ドドドドドドドドと耳を研ぎ澄ませれば聞き取れるくらいにまで音が弱まった気がする。
直後スタスタスタと俺でも明らかスタスタという音で走っているようには聞こえないモモイやカンナでもない足音が聞こえた。
背後の影から何か来る。
少し遠くでキランと光が反射した。
暗闇から小さなナイフを突き出して何者かが現れた。その素顔はフードが被られていてよく見えない。
けれど、そのフード、その上着。その独特なデザインには見覚えがあった。
「オートマタ…」
こいつが件のオートマタだと確信した俺は叫んだ。
「カンナ、さっきみたいにパイプを投げれるだけの余裕はあるか?」
「ないわけじゃない。けれど、ピンポイントに当てるのは厳しい」
「それしかない。やってくれ!」
「わかったっ」
「援護します!」
俺はバッグから筒の束を取り出し一瞬の内に狙いを定め、思いっきり投げた。
「はぁっ!」
カンナが投げたパイプはピンポイントに標的に突き刺さる。そして、同時にチラッと赤く光ったと思ったら文字通り、爆発した音。爆音が鳴り響く。
「はっ⁉」
今にも刺してきそうな攻撃的な姿勢だったが、奴は寸でのところで立ち止まって両腕で頭部を隠し身を守る。
そして、爆音の中に混じった轟音。銃撃音が止んだと思ったら、モモイとカンナを追跡していたドローンが火の海に突っ込んでいった。
何が起こったのかと思ったが、燃え盛る炎と爆発で奴とドローンがどうなっているのか確認できなかった。
そして、俺は今投げた筒の束が何か知っている。もうこの時点でそれ以外の何物でも無いのだが、これは爆弾だ。
カセットボンベを円状に束にし、その束の真ん中には使わなくなった機械類、主にバッテリーが搭載されている物をテープで固定し、何かしらで発火させボンベに引火し爆発を起こすという物だ。
が、重要なのはそれじゃない。あくまで爆発は予備ダメージを与えるためのもの。重要なのはバッテリーと一緒に括り付けた瓶に入っている2αH型人口液。幸い、まだ少しだけ家にあったからそいつをぶち込んだ。
今回、その起爆剤はカンナの投げたパイプ。先の尖った棒状のそれはボンベを貫き、バッテリーを発火させ、貫通していることで漏れたガスに引火し爆発。その威力によってほかのボンベも誘爆。結果、大爆発を起こした。
「やったか⁉」
そして、爆弾の恐ろしいところはもう一つある。それは、
シュウウゥ…
爆発によって破片が飛び散ることだ。
壁となったドローンには爆弾の素材となった物の破片が突き刺さり、焼き焦げたような跡が深く刻まれていた。
次の瞬間、何とか浮遊していたドローンが次々と墜落する。
そして、未だ最後に見た時と変わらない格好で立っていた奴が曝け出される。
「そんなぁっ」
想像以上にか弱い華奢な声。しかし、そんなことを思っている間に金色の少女が奴に飛び掛かる。
「よっしゃ!」
「やりましたね!」
身を潜めていたフォークリフトからカンナの元に走る。
カンナは座る様にして取り押さえ、そして、押し倒された取り押さえられている奴のフードは脱げていた。
その素顔は、想像もしていなかった。いや、想像も予想できなかっただろう。
「女…の子…」
俺よりも、モモイよりもカンナよりも若い女の子の素顔がそこにはあった。
「さぁ、これからどうしようか…」
「くぅ…んっ!んっ!」
必死に押しのけようとするが、カンナを退かすことはできない。あの時のカンナが強いのは不意打ちを食らった俺もよくわかっている。
「無駄よ。センチネル級がヴァンガード級に力勝負で勝てるわけないでしょ!」
抵抗虚しく、カンナが更に拘束を強めた。女の子の顔からはまだ抵抗しようとする意志は感じられるが、今にも泣きだしそうに見える。
俺はそれに心が縛られた様な気がした。
「モモイ、どうする?」
「そうですねぇ…やっぱり同じ戦闘オートマタですからね。ナノマシンだけ頂いて、
「じゃあ」
カンナは転がっていたナイフを女の子のすぐ真横に突き刺した。女の子から抵抗の意志が消えた。
「が、マスター。どうしますか?」
今にも壊しにかかりそうなカンナに待つように少し声を張ってモモイが俺に問う。
「……………」
少女の顔を見る。目があった。
「わ、私がここで倒されても、
やっぱり想像以上にか弱い華奢な声。その声で似合いもしない物騒な言葉を一生懸命に叫ぶ。こんな女の子が戦闘オートマタだと言われてもまだ完全に受け入れきれてない自分がいた。
「この会話もマスターが……あれ?マスター……マスター…?」
途端に、焦る様に困惑しだす。
「恐らく、マスターとの連絡が途絶えたのでしょう」
モモイのそう言った言葉にピクリと反応し、図星だったのか抵抗から犯行に変わったその涙目に拍車がかかり、一生懸命になんとかしようとしている。
「マスター…マスタぁ…マス…タぁ…ぁ」
震えた声がだんだんと途切れて、完全に言葉を発さなくなった。そして、しゃくりあげて泣く。
「…どうする?」
「……………」
俺はどう言えば良いのかわからなかった。ここでこの子を破壊するように命令すれば良いのか、別の何かを命令すれば良いのか。
「…マスター、決められなければ私が代わりに最善策を代わりに執行しますよ」
「…………………」
それにもなんといれば良いのかわからなかった。モモイの言う最善策が何かはっきりとはわからなかった。けれど、なんとなく予想はついていて、それを許可していいのかわからなかった。
「……カンナ」
「ん」
モモイがパイプを手渡すと、カンナが狙いを定める。
「それじゃ」
パイプが突き動かされるその瞬間、
「たす…けて…」
そう聞こえて、
「待って!」
と叫んだ。
パイプはピクリと動いて止まる。
「君、家に来る?」
正直、これが俺の出して良くて出すべき案なのかはわからなかった。
けれど、俺の今出せる案ではこれが最善策だった。もちろん、タイムリミットまで短すぎて急かした決断にはなったかもしれない。現に、目の前の二人は驚きと抗議をしたそうな顔だった。
「な…な、なな…何言ってんの⁉」「マスタぁ⁉」
二人とも、今までに見たことないくらいに驚愕していた。信じられない、ありえない、正気なのかと言わんばかりだ。
「マスター、本気ですか⁉マスターの命を狙っていたんですよ⁉」
「そうよ!あんたも見たでしょ!あのドローンの群れと威力」
当然、そんな反応が来るとは思っていた。
「見た目に惑わされてるかもしれませんが、これでも戦闘オートマタです。あまり言いたくはありませんが、人を駆逐するため、敵対する
「そうだよな」
けど、俺はオートマタとか人間とか関係なしにこの子に今この時に最期を迎えさせるのは違うと思った。
この子の言う
けど、この子は「助けて」と言った。マスターに見捨てられて絶望しても尚、まだ生きたがった。
何よりこの顔。
見殺しにできるわけないだろ。
「やはりここで破壊するべきです。引き入れるなんてもっての外で―」
「モモイ」
「ダメです」
「マスターの命令でもか…?」
モモイは少し考えた後。
「……はぁ、マスターはずるいです」
「カンナも頼むよ」
「……ん、わかったわ」
カンナが拘束を解いて、女の子は立ち上がる。どうしていいのかわからないといった様子。けど、逃げ出しそうな様子はない。
ボディ全体が見えたことでわかったが、体にはさっきの爆発や押し倒された時にできた汚れが目立っていた。
「とりあえず、帰ったら体洗おうか」
◇
「カンナ、戦闘オートマタって完全防水か?」
「一応」
「ありがと~」
台所からボウルを取り出してタオルをその中に入れて持って行く。
「さてと、じゃあ行こっか」
まだ居心地が悪そうな様子だった。そうだよな。さっきまで命を狙ってた男に連れられて家にあげられてただ、そこに座ってて。なんて言われて座っているだけじゃ気まずいよな。
少し迷っていたが立ち上がって俺の後ろをついてくる。
洗面所に付くと、お湯を張ったバスタブの蓋を取った。
「お風呂、入れる?」
「……はぃ」
小声で申し訳なさそうにそう言う。
「じゃあ入ろうか」
そう言ったものの、中々入ろうとしない。何故だ…。
女の子を観察すると、少しもじもじとしていることに気づく。
「あ、あ、そっか。ごめんね。俺がいると脱ぎにくいか」
そうだよな。無防備な中に男がいたら嫌だよな。
「じゃあ、脱ぎ終わったらこのバスタオル撒いて。そしたら…まぁ、何でもいいから俺呼んでね」
そう言って、風呂場から出る。
そこには、腕を組んで立つカンナと、不安そうなモモイが俺を見ていた。
「無理言ってごめんな」
「いえ、マスターも何か考えがあっての事でしょうし」
いや、実はそれっぽい考えは無いんだよなぁ…。
「それで、どうだ?二人から見て」
俺が準備をしている間、二人には観察、言い方を変えれば監視してもらっていた。
「今のところ、不審な動きは無いわ」
「彼女のマスターとの連絡が取れなくなったというのも本当だと思います」
いくらオートマタとはいえ演技であんなにはならないだろう。俺らを油断させて…という線は完全に消えた。
「なんであの子のマスターは連絡を切ったんだろうな」
「任務失敗したからに決まってるじゃない」
「破壊されると判断して秘密保持の為にスタンドアローン型にシステムを上書きしたのでしょう。そうすれば、破壊された後で解析される心配もないですし、スタンドアローンになるとあの子の
言葉が出なかった。自分たちを守るために捨て駒にして見捨てるのか…?
「それって―」
コンコン
小さくノックする音が聞こえた。
「あ…今行くね」
洗面所の戸を開けて風呂場に行くと、一瞬俺のことを見たが目を逸らし、フードで隠されていた抹茶色の長い髪が露になった状態でバスタオルを巻いてその端をぎゅっと持って未だにもじもじして立っていた。
「ん、ここはこうして…」
バスタオルを外側に巻くように織る。
「できた。じゃあ、入ろっか」
湯船に足を入れようと足を跨いで、足が水面に触れた瞬間ビクッとしたが、ゆっくりと足を底に近づけていく。
肩まで浸かると、不思議そうに自分の体を見る。風呂が初めてなのだろうか。
「腕出せる?」
シャワーからお湯を出してボウルに入れ、持ってきたタオルを浸し絞る。
戸惑ったような様子だったが、湯船から腕をそろぉっと出してくれた。
「ありがと」
そして、腕を丁寧に優しく濡れタオルで拭く。触れたその腕は震えていた。
「熱くない?」
「………大丈夫です」
小声で申し訳なさそうにそう言う。
「じゃあ反対側の腕出して」
ちゃぷんと音をたてて反対側の腕を出してくれる。
「緊張しなくても良いよ。俺は別に怒ってない」
むしろ、同情している。この子の境遇と起こった事に憐れんでいる。
「仕方ないよ。マスターの命令だったんだろ?」
戦闘オートマタである以上はそれは仕方ない事である。それが存在意義となるのだから。
「君、番号は?」
「…………
「そっか、ありがと」
諭し優しく接しているつもりだった。けれど、顔は強張る一方で緊張も解けず、申し訳なさそうにする態度も前より増した気がする。
少し核心に迫ることにした。
「マスター、好きだったの?」
丹念に洗っていた指がピクリと反応する。
「俺も、好きな人とか尊敬してる人と離れ離れになるのは淋しいな」
268の口が開く。
「マスターは……私を作ってくれた大切な人でした」
作ってくれた大切な人。それは両親みたいなものなのだろうか。それとも、人間には無い様な概念なのだろうか。はたまた、そもそも人間には理解することが難しい認識なのだろうか。
「俺も、家族はとっても大切な人だと思うよ」
「でも、そのマスターはもう…私の事なんか……」
この子は自分が置かれた状況に気づいていた。それがどんなに苦しく辛い事だろうか。大切な人から見殺しにされそうになり、心細いなんてものでは無いだろう。
「じゃあさ―」
俺は微笑んで言った。
「家の
「え?」
「ゆっくり慣れていって、話せそうだなと思ったら俺に話しかければいい。二人から何か言われたら俺に言ってくれれば良いし」
「けど…」
その、けど。という言葉には不安が詰まっていた。元々敵同士だった俺らの所で世話になることに対してじゃない。俺のマスターとしての在り方にだと思う。仕方ない。深くトラウマの様に刻まれているのだろう。
けど、俺は自信を持って言った。
「俺は、モモイやカンナの事も家族みたいに大切だと思ってる。だから、一緒にいて楽しいし嬉しい。それに、心配もする」
ふと脳裏にあの時の、買い物に行った時のモモイの切ない瞳が思い起こされる。
「だから、絶対に見捨てたりしない。最後まで一緒にいる」
少女の顔は感極まったようだった。涙が溢れ、止まらない。拭いた腕で涙を拭う。
「だからさ…うちに来ないか?」
「………はぃ」
俺は、抱きしめて背中を優しくゆっくりとポンポンする。濡れることなんてこの際、気にしない。気にもしない。
「ごめんなさい…ごめんなさいぃ…」
震えた声で俺の耳元に謝罪を述べる。
「怖かったよね。ごめんね。もう大丈夫だよ」
俺に対して殺すとまで言わせてしまったこの子の今の気持ちはどんなんだろう。
ぐっちゃぐちゃにかき混ぜられて、罪悪感も安堵も恐怖も悲しみも全てが混ざった複雑な気持ちではあることは確かであると思う。
それに対して俺は、この子のマスターとなった俺は緊張も罪悪感も安堵も恐怖も悲しみも絶望もなにもかもを見捨てず立ち向かい、この子が笑顔でいられるようにしてあげなくてはいけない。
それは義務感とかじゃない。そうしてあげたいという気持ちが強い。それが同時に責任となっているだけであって、そうしてあげたいという気持ちであるのは変わらない。
「これから、よろしくね」
落ち着いた頃には置いていた汚れたタオルはすっかり冷めていた。
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