第5話
コンコンコン
「はいは~い」
洗面所からノックが聞こえて、風呂場に向かう。
「お風呂、ありがとうございました」
「うん。綺麗になったね」
風呂上がりの
さすがに、元々着ていた服は汚れているから俺の服を着せている。けど、サイズが大きくて、袖から手が出てない。
「あ、ちょっと待ってね」
俺はあることに気づいて、なるべくふわふわなタオルを取り出した。
「目瞑ってて」
タオルで髪を拭こうとした瞬間、
「マスター、お鍋がぐつぐつしてます~」
「あ、は~い」
洗面所の戸の向こうからモモイが鍋の実況を伝えてくれた。
「リビング行ってからにしよっか」
うんと頷いてはくれたものの少し嫌そうというか気まずそうだ。まぁ、モモイとカンナがいる空間に一緒にいるのは抵抗があるわな。
ガラララと戸を開いてリビングに向かう。
案の定、俺を見てから目線が下にいって俺の前にいる268の方を見たのでなんとなく話す。
「ほい、綺麗になりました」
「そうですね。あ、火は止めてしまいましたが良かったですか?」
「うん。ありがとな」
まさか、モモイが料理関係で正しい判断をするとは。あ、そうだ。
「モモイ、髪を拭いてあげて」
「え」
嫌そうにはしてない。けど、私がやるんですか。というような顔だ。
「俺はみそ汁作るからさ。久しぶりにマシなご飯が食べられるぅ!」
なにかしら言われる前にタオルを渡してそそくさと台所に立つ。
「えーっと…では、膝の上に座っていただけますか?」
モモイにはあまり似合わない
若干間を開けて膝の上に座られると、まだ少し乾ききっていない髪の毛がモモイの膝に垂れる。
モモイもタオルを広げておぼつかない迷っているような動きで髪の毛を拭き始める。
「ど、どうですか?痛くないですか?」
「は、はい…」
二人してどこか話しにくそうにしているのを、本当はそんなこと思っちゃいけないんだろうけど、少し面白く感じた。
モモイがあそこまでタジタジするのは珍しい。
お椀を準備している間にさっきまでの会話を思い出す。
「―なんとなく、そうくると思ってました」
「そうね」
二人とも俺が何を言い出すかもうわかってたらしい。なんなら、それについて話していたと言う。
俺も仲間にしたいなんて言ったらどうなるかなぁって思ってはいた。
けれど、俺が思ってた結果とは裏腹にモモイ達は笑ってた。
「やっぱりマスターは優しいですね」
モモイが落ち着いた声でそう言う。
「私もカンナも良いと思いますよ。無害と分かったからというのもありますがマスターがあんなにも親身になって寄り添って話すんですから、私達もあの子を信じてみようと思ったんです。それがマスターの決断なら」
「……ありがとうな」
「いえ、私達はマスターの決断を尊重しただけです」
モモイもカンナも最初はあんなにも否定的で敵対していた。けれど、俺の決断で考え直してくれて俺を信頼してくれた。俺をこんなにも信じてくれる。やっぱり、二人は大切な存在だよ。
コンコンコン
「はいは~い」
モモイも思うところはあるのだろう。敵対していた相手にどう接したらいいのか。それに互いが気まずさを感じている原因なのだろう。
「目を瞑ってください」
前髪を上から下へシュッシュッとなんとも不自然な感じに拭き始めた。
「……少し、いいですか?」
「…はい」
「私、あなたにとても酷いことを言ってしまったと思ってて…その…えっと…」
「「ごめんなさい」」
二人が同時に同じ言葉を発して、声が重なる。
「私も、ドローンであんなに撃ってしまいました。傷つけようとしてしまいました。本当にごめんなさい」
互いが互いの抱えている気持ちを打ち明けると、モモイが後ろからギュッと抱き着く。
言葉は交わしていなかった。けど、二人とも安らかな笑顔で互いを感じあっていた。
「…………ふぅ、できた…あ、しまった。ハンバーグ焼くの忘れてた」
まな板の上にぽつんと置かれた肉に気づき、今から作るのかぁという面倒くささが込み上げてくる。
「あ、あの!」
後ろから声がして、振り向くとモモイに髪を拭いてもらった
そして、見覚えのある見た目、というよりエプロン。白のストライプが入ったエプロン。ただ少し違うのはあの時モモイが付けていたのはピンク色で268の付けているエプロンは薄い緑色だった。
「わ、私も手伝います!」
「ほんと?じゃあ…」
あ、けど戦闘オートマタの料理センスって…。
「モモイの料理はモモイが料理できないだけだから大丈夫よ」
「あ、ひどい!」
俺、まだ何も言ってなかったのにカンナが声をかけてくる。
「じゃあ作ってみよっか」
「じゃあ⁉」
モモイがショックを受けてる声がした気がするけど、気にせず続ける。
手の出てなかった袖をまくって説明する。
「ハンバーグを盛ったらそぉっとフライパンの上に置いてね。そおっとで大丈夫だからね」
まるでゲテモノが入っている水槽に手を突っ込むみたいにプルプル震えた腕を出して、フライパンの上に言われた通り、慎重に置く。
ジュウゥっという音と少し遅れて香ばしい匂いが広がる。
「よし、あとは少し待ってひっくり返して焼くだけ」
様子見の為に場所を入れ替わって俺がハンバーグのご機嫌を取る。
フライ返しを準備して、待つ………あれだ、カップ麺にお湯を入れて待ってるあの時みたい。あの時のじれったさみたいなのがジリジリとくる。
「料理とかしたことあるの?」
思わず会話したくなっきたので話しかけてみた。
「戦闘配備されていない時に、指揮官に何度かコーヒーを淹れたことくらいです」
それ料理って言うのかちょっとわかんないラインだけど、ほぼ未経験なのか。やっぱり、本来の使い方しかされてこなかったんだな。コーヒーをっていうのも暇なときに雑用を任されてみたいな感じだろうし。
「で、でも!これから、マスターさんの為に精一杯努力しますね!」
「ありがと。でも、無理はしなくていいからね」
「はい。でもこれが今、私にできるマスターさんへの恩返しですから。遠慮なく言ってください!」
会話してわかったけど少し幼く見すぎていたかもしれない。思ったより大人びている。
自身の状況の把握から自身には何をすることが必要なのか。それをちゃんとわかっていた。まぁ普段、子供とあまり喋んないから自分より幼いのはみんな小学校低学年くらいにしか見えてなかったのかもしれない。それでも、少し大人びすぎとは思うけど。
「お、そろそろだな」
程よく時間が経ったところでフライ返し持つ。
「フライ返し……これでひっくり返すんですね…」
「そうそう。これは俺がやるからいいよ」
「私にやらせてください!」
「え、でも…」
一応、油使ってるから跳ねたりしたりしたら危ないし、フライ返しって初めて使って失敗する率二分の一.五くらいあるし…それで失敗したらモモイの二の舞的な感じで落ち込むかもしれないし。
けど…この目はマジな目だなぁ。無理に断っても落ち込むかもしれないし…。
「ゆっくりで良いからね」
「はい!」
フライ返しを渡すとぎゅっと両手で握ってフライパンの前まで来る。
ハンバーグの下にフライ返しが入った。後はそれを前に……あ、ハンバーグが滑っちゃって上手くひっくり返せない…。
やっぱり俺がやると変わろうかと思ったが、真剣な表情でハンバーグと向き合っている様子を見て声をかけるのはやめた。
すると次の瞬間、フライ返しを動かす手を一瞬止めて、素早くハンバーグの下にもう一度潜り込ませてその勢いのままひっくり返した。
「おぉ!」
フライパンに再びジュウゥっと愉快な音が戻る。
「できました!」
満面の笑顔ででこっちに振り向く。やば、超かわいい。
「すごい上手にできたじゃん。じゃあ後はお皿に盛りつけて…」
お皿を俺が持って、彼女がフライパンを持ってお皿に乗せる。
「よし!完成!」
俺が持っていこうとしたがやっぱりこれも自分がやると言って皿に盛りつけられたハンバーグをちゃぶ台にまで持っていく。その間に食器を用意して俺はそれを持って行って座る。
それを見てモモイが、どうなんだろう。と興味津々な目で見ていた。少なくとも形は良いですよ。
「いただきます」
一口サイズに切り分けると、その断面から光沢のある肉汁が流れ出す。
さて…お味の方はいかがかな……。
………。
……………。
…。
「美味い、美味しい!」
「ほんとですか」
「すっごい美味しいよ」
「よかったぁ」
小さく漏れたその安堵と笑顔に俺もほっこりする。
口の中に広がる旨味とずっと離れんばかりの肉汁をみそ汁で流し込む。
幸せなため息が出た。
「うまいぃ」
気の抜けた声が出る。
「よかったじゃない」
「そうですね」
「はい!」
俺のそれを見てカンナが気さくに話しかけ、モモイも一緒に話しかけるとより一層ぱぁっと明るく笑顔になっていく。
その笑顔で俺に振り向きいった。
「お料理って楽しいですね」
固く縮こまっていたのが、今では徐々に馴染み始め、見せてくれたその笑顔に俺は強く心を惹かれた。
そして、この笑顔を守りたい。そう強く心に再確認するように誓うように思った。
皿洗いが終わってタオルで手を拭くと、すぐそばに268が立っていた。
「手伝いありがとな」
「いえ、私も楽しかったですし」
皿洗いまでやると言ってくれたが、皿洗いまでさせてしまったら罪滅ぼし感が強くなってしまう気がして俺が洗うから持ってきてと言ってそれだけ手伝ってもらった。
けれども、やっぱりやりましょうか?と途中で聞いてくれたりしてた。それを断るのもなんか申し訳ないという辛い。純粋無垢であるが故に…ってこういう事を言うんだな、きっと。……違うけど。
「今までこんなに楽しいって思ったこと、あまり無かったのでとても新鮮な気持ちです」
すると、ため息を漏らすように小さくこんなことを言った。
「はぁ…毎日やりたいなぁ…」
「え、そんなに?」
そういえば、さっきも毎日やるみたいなこと言ってたな。毎日でもやるじゃなくて毎日やりたいだったのか。あ〜それなら…。
「あ、でもマスターさんの料理する時間を奪ってしまうのは申し訳ないので全然大丈夫です」
「別にいいよ」
「で、でもそしたらマスターさんの楽しみを奪ってしまうことに…」
ん?楽しみ…?あぁ、料理することがってことがか。
「俺、料理そんな好きじゃないよ。今日もここ最近ご飯っぽいご飯食べてなかったからだし」
「え…え?」
なんかよくわからないけどすごいショックを受けていた。
「りょ、料理が楽しくない…?」
「うん。まぁ、嫌いじゃないけど好んでやらないかな」
むしろ、あの短時間に楽しさを感じれたっていうのもすごいけど。
「だから、気に入ってくれて毎日やりたいならキッチンとか冷蔵庫は好きに使っていいよ」
「ほ、本当ですか⁉」
「うん。それに、268の作ったご飯美味しいしな」
飾ったつもりも場を繕うためでもない純粋な思いで出たその言葉に268が照れるように笑顔を見せ、頬が紅く染まる。
その笑顔は幸せそうで、恥ずかしさと幸せを表すかのように頬が紅く染まっていた。その色はとても暖かく優しい色だった。
「紅葉…」
「え?」
「ずっと考えてたんだ。君の名前」
そして、
故の紅葉。
「もし嫌じゃ無ければ紅葉って呼んでもいいか?」
「私の名前…」
彼女の中に響き続け、その余韻を感じ噛みしめるようなそんな間の後、微笑みながら、嬉しそうに言ってくれた。
「紅葉、そうお呼びください!」
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