第8話 告白現場
「好きです」
…………………………
結論から言えば、上の言葉は僕のじゃありませんですよ。
うん。
つまりですね。非常に気まずい展開というか少女漫画にちょーありがちな展開です。
——今、僕と美桜は告白現場に立ち会わせています。
いえ、立ち会っているというか自分たちがいることを気づかないまま、告白を始めたので、体育倉庫の裏から覗けば、初々しい女子生徒がこれまた初心そうな男子生徒の一世一代の告白をしているのを、覗いているというシチュエーション。
ストレートな「好き」の二文字で。顔を背け恥ずかし気に耳まで真っ赤に染めた。女子生徒は怖いと気になるの狭間に揺れ、ちらちらと相手の男子を上目遣いに見上げる。
その一世一代を僕と美桜は身体を寄せ合って見つからないようにドキマギしながら聞いていた。
……美桜の身体が僕に触れているのですが……っ⁉
事の成り行きは超絶シンプル。
そこから本当に他愛もない話しをしながら落ち葉を掃いたり落ちているゴミを集めたりしていたのだけだった。
しかし、事件は起こった。
美桜が倉庫の裏に猫がいると言い出したのだ。もちろん猫好きの僕が
というわけで二人して倉庫裏へと行き、ごろにゃーとまったりしている猫を二人して存分に
その一言が聞こえて慌てて美桜と二人して身体を戻したのだ。
それが今の密着状態と緊迫状態と好奇心旺盛状態の原因である。
……どことは言わないけど、当たってるよ。
僕だけ彼女との距離にドキマギドギマギとキモいくらいにしていて、美桜は告白の方に瞳をキラつかせている。おぉー乙女……!
凄く興味があるのか、壁際の僕をほとんど押しつぶさん限りに身を潜め、壁から顔を出すので顔と顔の距離がものすごく近い。
すっごくいい匂いがするし!心臓がヤバいヤバいヤバいヤバいっ!
僕死ぬよっ⁉ほんとに死ぬよ⁉……当たってるよ。どこがとは言わないけど……
と、幸福値と緊張度によって生死を彷徨う僕などお構いなしに、
そのキラキラの横顔も、密着からの彼女の熱も、鼻をくすぐるいい匂いも、触れあって感じる柔らかさも、美桜という女性が綺麗で妖艶で美しくて艶美で仕方なかった。
今すぐに抱きしめて彼女を僕の物にしてしまいたい衝動に駆られた。
伸ばしかけた手。荒くなりそうな息。見入ってしまう瞳。感じたい触りたい分かち合いたいと求める心。
その手が、美桜の頬に触れようとしたその時——
「すごく嬉しい。俺も君のこと気になってた」
「っ!ほんと⁉」
「うん。だから、俺と付き合ってください」
そんな告白の言葉に我に返り、美桜は黄色い声を上げそうになって慌てて口を塞いだ。その目が乙女の眼。綺麗な純情な瞳。
ああ、これを穢すことは無理だと、僕は今臆病だったことを少しだけ誇りに思う。
「はい!よろしくお願いします!」
そう仲良く恋人となって去っていく彼と彼女。いなくなったのを確認して美桜はふぅーと息を吐いて僕を見た。
「わたし……初めて告白現場みちゃった」
その声には興奮が抜け切れておらず、いいなーと呟くのだ。そして、僕を見たその鼻と鼻が触れ合う距離であり、お互いの眼が重なり合う。
そこで、美桜はやっと気づいた。自分たちがどういう状況であるのかを。
だからこうなることは必然だった。
「——っ!きゃぁ———————っっ⁉」
僕は悪くないからね⁉美桜の絶叫に心の中で謝る。
赤面で自分と僕の近さや触れた感触やまじかで見た相貌が頭に巡り終始風を引いた乙女であった。
お互い熱を冷やす沈黙の時間。
すごくいい匂いだったなー。感触もあれだし、その綺麗だし、かわいいし……煩悩よ立ち去れ!貴様に今用はない!消えよ消えよ!
アニメの主人公ならここで煩悩退散の詩とか心で唱えるんでしょうけど、あいにく僕は知らないし興味もないので主人公失格ですね。……うん。
甦る彼女のすべてを何度も何度も追い払うこと二分程度。
もう疲れたなー帰ろ、みたいな感じで腰を下ろしていた身体を起して立ち上がった僕を見上げる美桜。まだ朱色を残した頬にぐっと胸が抉られる。
けど、意識しないようになんとか平静を保つ。
「そ、そろそろ帰らない?」
「…………う、うん。そうだね」
そう言って、二人して箒を戻してかばんを背負い直す。
重いなーとか思っていると美桜が「告白して付き合うって、あんな感じなんだね」と、感慨に耽る。
「僕も初めてみたかも」
「ほんとに少女漫画にありそうで、わたしまでどきどきしたよ」
僕も違う意味でどきどきしてましたよ……なんてさすがに言ったらまた沈黙の二分がやってくるので言わない。
美桜は告白現場を思い出しているのか、ふふっと楽し気に微笑んで僕を見た。
「わたしも、されてみたいな~」
「…………なにを?」
訊かなくてもわかることを訊く。美桜は悪戯に笑って僕の手を掴んだ。
ドキッと今日一番の跳ねた心臓。
そして美桜は言うのだ。
「ふふふ、よく考えてね!」
……と。
そして、「早く帰ろ!」と、僕の手を引いて走りだす。その微笑みも無邪気な所もきっとずっと好きで、想像する。
——彼女に告白する日を。
僕は美桜に手を引かれるまま、心の中で唱えるのだ。
好きです……と。
美桜も手を引く彼に胸中で願うのだ。
待ってる……と。
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