第9話 ホワイトデー

 こんにちわ皆さん。突然ですが今日は何の日でしょうか?

 はい。そうですね。はい。

 今日はなんとホワイトデー!

 男性はバレンタインのお返しをする日。そして、そのお返しによって意味が変わる日であります!

 つまりですね。義理には義理でいい。けど、本命に返すチョコや複数に返す場合のチョイス。イケメンが辛い日でしょう!

 男は辛いよ~!


 とかはどうでもよく。贈り物に色々な意味合いがあって男性陣の方がむずいのだけど。僕はそんな愚痴をこぼしたいだけです。


 マシュマロには「あなたが嫌いです」「お断りします」とかの意味合いがあり、キャンディーには「あなたのことが好き」なんてあるらしいですよ。

 チョコレートは無難に「わたしも同じ気持ちです」や「これまでと同じ関係を築きましょう」といったシンプル要素満載で、逆にクッキーとかだと「友達でいましょう」ともう断る内容になっちゃうのでみんな注意。

 他にもキャラメルとかマカロンとかあるけど、とにかく相手の好みと意味合いに気を付けて選ぶが良し。


 と言うわけで、先日「好きなお菓子なに?」と聞いた結果「キャンディー」と言われてドキッとした僕のことは置いておいて。

 で、キャンディーなら告白になってしまうのでうわぁあああああと叫び声を心の中で上げた僕のことも置いておいて。いや置いといたらだめだ。

 なら無難にチョコレートで濁らせようと考えた臆病者の僕を見抜いてか、美桜みおは「妹の手作りに付き合わされてチョコレートは今はいいかも」なんて言うんですよ!

 選択枠が狭まったっ!

「じゃあ、嫌いなお菓子は?」って聞くと、美桜は「キャラメル」と、まだマシな選択枠をも壊してきて僕ヤバい!ピンチ⁉


 と焦っていた先週のこと。これは全部僕の被害妄想に過ぎなくて、美桜は単純に純粋に答えてくれてたからね。

 バレンタインはチョコって決まってるからいいよなーと美桜みおからもらったチョコを思い出してにやけるごめんなさい僕こと唯月いつきです。



 そうやって時間が流れて本日3月14日の放課後。

 委員会の仕事に行っている美桜みおを教室で待っていた。ハートがドキドキとはち切れそうだ。

 教室にはもう誰もいなく、一人ぼっち。

 少し春めいてきた風が窓から吹き寄せる。5時を回っても暗くならない夕暮れの明るさがとてもきれいだ。少しだけ長くなった部活時間の中、精一杯に活動する人々の声と音。

 誰のか知らない窓際の席に座ってぼんやりと眺める。


 もう時期春が来る。

 美桜といられる青春の時間もだんだんと少なくなってきたことをひしひしと春の陽気が感じさせる。

 枝先に蕾を整える桜たち。咲き誇る頃には僕と美桜はどうなっているんだろうか。

 クラスが別れるかもしれない。勉強で忙しくなって会えなくなるかもしれない。お互いに良い巡り合わせがあるかもしれない。


 そんな始まりの季節。終わりを知る季節。


 美しい桜をずっと見ていたと、僕は思う。




「お待たせ」


 教室に入ってきた美桜みおは僕に手を振る。「うん」と頷いて傍まで来てくれる君を眺めてから外へ視線を移す。美桜も同じように外を見た。


「春だね」

「そうだね。風が気持ちいや」

「わかる。夕方なのに日が落ちていっても薄くて明るい青い空ってすごく好き。月とかもはっきりわかるし、空気が澄んでる感じがする」

薄暮はくぼってやつだね。確かに、幻みたい」


 その景色を幻想と言い張ってもよいほどの見惚れる薄青うすあおの暮れ時。夜と夕が神秘に混ざったひと時の幻。

 きっとこれ以上ないほど、今日の景色の中で最高の美しさ。

 生きとし生ける者たちの生命力が木霊こだまする。薄暮にささやかに月光が太陽となって照らすように。

 静かな景色。それでも鼓動する情景。時として風に揺れる刹那せつな

 僕と美桜はしばらくその姿を眺めていた。


 無言の時中、姿に立ち上がって薄暮はくぼに背を向ける。帰るんだなと思った美桜みおは僕が歩き出すのを待つが、僕のただならぬ雰囲気に首を傾げ不思議がる。

 けれど、僕をちゃんと見た彼女は唾液を呑んで心臓を抑えて緊張を漂わすように、少しだけ視線を逸らしてもう一度僕を見る。


 きっと、今の僕の顔は真剣そのものだろう。


 僕が言いたいこと。告げたいこと。彼女が期待することじゃないと思う。

 勇気がでないわけじゃない。心が錆びついているわけでもない。


 ……まだなんだ。


 どこかで僕が言う。——今じゃないと。


 中途半端はできない。真剣な覚悟の上で想いは告げないといけない。間違えてはいけない。だから、今じゃない。

 それでも、ぎゅうぎゅうに詰まったこの愛おしい気持ちを告げずにはいられない。だから、これは彼女が本来望むべき答えではない。

 それでも、と何度も何度も言い訳を繰り返してささやかな悪戯いたずらにする。


「美桜……」

「…………な、なに?」


 ありありと伝わって来る緊張。少しの不安と期待と高揚こうよう。それでも向き合ってくれる薄い月明りを浴びた頬の朱。唇を引き締め姿勢を正しその瞳は僕を捉えて離さない。

 僕も今の精一杯で彼女に渡す。


「これ——」


 少しオシャレな紙袋。どこかのお店が配布するような上品な袋。キョトンとする美桜に僕は言う。


「バレンタインの、お返し」

「……あっ」


 少しぶっきらぼうな言い方だったけど、美桜は今日が何の日か思い出したとばかりに驚いてそっと受け取った。緊張気味に「ありがとう」と言って「なか、みてもいい?」と尋ねる美桜に僕は頷く。


「わぁ!マカロンだ!」

「そんなに高いのじゃないけど、おいしいって評判だったから……」

「わたしマカロン好きだよ!ありがとう!おいしそう!」


 心の底から横んでくれている美桜の笑顔を見てほっと安心する。

 意味なんかよりも彼女が喜んでくれることが何よりだと、今更ながらに思った。美桜の笑顔だけで僕はずっとずっと嬉しくて嬉しくて愛おしい。君の笑顔を永遠に見続けたい。隣で見続けたいと思わずにはいられない。

 だから、中途半端じゃないちゃんとした覚悟をするために、今はそっと悪戯をする。それもまた中途半端と笑われたとしても、これはそう決意表明なんだ。


「よかった」と安心する僕に美桜はまた「ありがとう!とってもうれしい!」と笑顔を見せてくれた。




 二人して歩く帰り道。ホワイトデーだからといって特別なことは何もない。バレンタインのお返しをして二人して少し遅い時間に並んで帰る。それだけ。

 あっという間に過ぎ去った二人の時間。お別れの分かれ道。

 ばいばいと手を振る君の手を掴んで、そっと耳打ちをする。照れ隠しとぶっきらな態度。その声は熱っぽかった。


「——意味、あるから」


「…………え?」


 突然のことに顔を真っ赤にした美桜をかわいいと思いながら、また明日と言って帰っていく。

 彼の甘く熱っぽい吐息と少し低音の綺麗な声音。間地かに見えた彼の相貌そうぼう。髪の合間からの少しだけ切れ長のまなこ。彼女を見る瞳。


「…………えっ?」


 美桜はしばらく放心状態で、彼の背中を見続けた。




 家に帰って夕食後、唯月いつきから貰ったマカロンの詰め合わせを開ける。六種類の味が一つずつ入った色とりどりの綺麗なマカロンたち。記念に写真と数枚とってから口に入れる。


「おいしぃ~!」


 そこまで高くないって言っていたけど、それなりにいい所のだと思う。

 ゆっくりと味わいながら今日のことを思い出し、少し照れてしまうわたしは案外にちょろいのかもしれない。


「そうだ。えーと意味だったかな?」


 最後に呟かれた言葉でホワイトデーの贈り物に意味があったことを思い出す。

 早速スマホで調べた。


「マカロンマカロンは……『あなたは特別な人』……っん⁉」


 咽込みそうになって慌てて呑み込む。はーと息を吐いてかた何度も確認するがマカロンの意味は違いないみたいだ。


「特別な人……わたしが唯月にとって、特別……~~~っっんんん!」


 悶えるわたしの鼓動は爆発してしまいそうだ。顔も熱く彼の言葉や声音、仕草に表情なんかすべてが浮かび上がる。

 じたばたと動き回って唸っていると、がさっと脚が何かに当たり倒れる。


「びっくりした……」


 唯月がマカロンを入れてくれていた紙袋。座り直して紙袋を持ち上げると何かが外に掘り出されていることに気づいた。


「なんだろ……飴かな?」


 いや、どう見てもコンビニで同じに四十円くらいのキャンディーだ。そこでふと思い出した。


 この前キャンディーが好きって言ったのを覚えててくれたんだ。わたしの好きなコーラ味だ!うれしい!


 少しばかりテンションが上がる。

 記念に写真を撮っておこうと思って、スマホを開けばホワイトデーの贈り物の意味が乗っているサイトが開き、このキャンディーにも何か意味があるのかなー?と思って探す。するとキャンディーの項目を見つけた。

 そこには——



「——あなたが好き」



 世界が落ちたような錯覚。心臓が弾けたような感覚。熱が暴走し、へなへなと倒れ込む。顔を手で覆い、胸が苦しい。


 これって……どういう⁉えっ⁉そ、そういう……え?まって?えっ⁉


 困惑の果てに何度も寝返りを打って唸る。

 ちゃんと意味を知っていれてくれたの?

 それとも、わたしの好きなものだから入れてくれたの?

 わからない。わからないけど……


「期待……してもいいのかな……」


 そう、思わずにはいられない特別なホワイトデーだった。

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