第6話 ファミレスと、いつかの話し

 放課後。

 美桜みおと僕は学生が大好きなお喋りハウスことファミレスに来ていた。本当は悠斗ゆうと白川しらかわも来るはずだったけど、今日はイチャイチャしたい気分だからと悠斗が白川を連れていってしまった。

 グッドラック!

 と、言うわけで美桜と二人きりのイベントが発生しました!うん!

 ………………


 緊張するぅうううううう。


 別に、普段帰り道とか二人だし学校でも普通には話せてるし。何が緊張するって?ふふふ、それは——二人っきりでファミレスにいることだよ⁉


 いやね、マジでそれだけって思うかもしれないけど、これが緊張するんですよ。こう、いつもと違う環境で対面に座ってプライベートな食事を一緒にするわけですよ。

 なんかこう緊張するじゃないですかぁああああああああああ⁉


 と、胸の中で常に叫びながら表面では平静を保つどうも唯月いつきです。


 というわけで、僕が密に恋想う美桜と二人きりでファミレスに来ました。





「なにげに唯月いつきと二人で来るのって初めてだね」

「……そ、そうだね。よく来るの?」

「うん。乃愛のあたち友達とね。みんなでパフェとか食べて三時間くらいお喋りするの」

「三時間?横浜と長野を線で結んで斬るくらいの時間じゃん」

「……ちょっとなに言ってるのかわからないかも」


 おっと、緊張と驚きのあまり変なことを、口遊んでしまった。いや遊んでないよ。

 僕が悠斗と三時間も何を喋るとなれば大半は無言やスマホに逃げる。別に親しくないわけじゃないけど、男はそこまで話し込まない生き物なんです。

 それよりも三時間も何を話すのか気になった。


「三時間もどんな話しするの?」


 素直に質問すると美桜みおはミニいちごチョコパフェのチョコといちごをスプーンですくって口に入れる。ゆっくりと咀嚼してから答えてくれた。


「別に普通だよ。コスメの話しとか服とかあとは最近できたおいしそうなクレープ屋とかかな」

「おー女子っぽい」

「わたしは女の子です」


 むっとする美桜を可愛いと思ってしまう。別に彼女を女子扱いしてないわけじゃない。むしろ女の子過ぎてヤバいまである。僕の心臓が常に発作ほっさ発症はっしょうさせる一歩手前くらいまでは来ている。

 それほどに彼女は女の子としても美桜としても魅力がつまっているのだ。


「もー……あとは授業とか学校のこと。先生に愚痴も多いし、誰かと誰かが付き合ったとかもあるよ」

「例えば?」


 ただの興味本位で聞いてみる。付き合っている人同士の距離感などを知っておきたいのもあるし、いざとなればどうやって付き合ったのか参考になるかもしれないからだ。

 もちろん、美桜に対する好きという気持ちは心臓発作を発症させるほどにはいっぱいいっぱいだけど、それでも告白する勇気はでないもの。

 このヘタレめ。仕方ないだろ。


 ……今の関係が好きでもあるんだから。


 それは美桜みおも同じで、今のこの気楽で少し特別な関係を壊したくない。そう、思っている。恐らくだけど、悠斗ゆうと乃愛のあもその傾向はあって一歩を中々踏み出せていないのだろう。

 四人でいる時も、二人ずつでいる時も、特別で楽しくて気楽で好きなんだ。


 だからいつかその関係よりもずっとずっと進みたいと願わずにはいられなくなった時、その時のための保険にしておこうとちょっと策を練っております今日の僕こと紫雨しぐれ唯月いつき

 美桜は「うー」と左の人差し指を唇に当てるような仕草で思い出す。


 もうかわいいよ~っ!僕を殺す気なの⁉かわいいから⁉心臓に悪いから⁉

 決して表情に出しませんが、私の心はいつだってこうです。うん。


「あっ三組の天音あまね君と二組の沙織さおり……河岸かわきし沙織さおりちゃんがバレンタインの時から付き合い始めたんだって」

「あーあの優し気で少しヒョロイイケメンと元気いっぱいのアイドルっ子か」

「すごい判別のしかただね……」

「大体合ってるでしょ?」

「まー……確かに天音君はそんな感じだけど、沙織ちゃんの、えーとアイドルっ子?」

「アイドルみたいに可愛らしくて輝いてる子。あれだよチェキのむすめだよ」

「最後のはよくわかんない」


 うん。僕もよくわかんないけど、あれだよね。チェキだよね。チェキっと言っといたらアイドルだし、チェキって言えば可愛いしそれに綺麗に撮れる。うん。

 と、チェキカメラの良さはいつか語るとして、あの二人なんだーと思い返してみる。

 バレンタインからだと二週間くらい前かな。

 僕の記憶にある二人は……………………ぁああああああああ⁉

 こっちが赤面してしまほどにイチャついてますよ!恋愛撲滅委員会を呼んできたほうがいいでしょうか⁉それともどの世代どの時代でも人気の高い美人が仕切る風紀委員でしょうか⁉

 くそっ!恥ずかしいけど、美桜とイチャイチャしたい!

 その欲望が弾け斬らないように膝を摘まむ。この膝はいつか血が止まるのでしょうか?


「どうしたの?」


 さすがに異変を気づかれたのか、首を傾げる美桜に訝しく思われても嫌なので素直に吐露とろする。


「いやー……思い返したら結構イチャイチャしてたなーって思って」


 さすがに君としたいです……なんて言えませんから⁉そんな度胸あったらもう告白してますから⁉


 そんな僕の素直?な吐露に美桜はあーと頷いた。


「だよね。わたしもたまに見るけど、こっちが恥ずかしくなっちゃうなー」

「ですよね。……恥ずかしいですよね。……」

「なんか落ち込んでる?」

「決してまったく全然一ミリたりとも」

「唯月、キャラおかしくなってるよ」


 おっと失礼しました。クールビューティーこと唯月です。うん。


 ジンジャーエールを喉に通して落ち着いて息を吐く。そんな僕を見た美桜は少しおかしそうに笑うのだ。


「でも——わたしも、ちょっと憧れるかも」


 そう、美桜は言った。


「へ……?」としか返事できない僕に「憧れはあるよ」と、もう一度僕を見て言うのだ。

 その少し赤い頬と僕を見つめ続ける澄んだ瞳。彼女が何を望み何を悪戯いたずらに何を本音にしているのか、さすがに少しだけでもわかった。

 でも、それにうんと頷くには勇気と覚悟が必要で、今の僕にはどちらもない。それでも、僕も少し描いたその未来にぐっと息を呑んで、なるべく柔らかく言葉にする。

 それがどうかいつかの勇気となることを願って。


「——できると……思うよ」

「…………え」

「いつかわからないけど、きっと、いつか……」

「…………うん。だったら、嬉しいかな」


 少し恥ずかしそうに彼女は微笑むのだ。とびっきりの美しい笑みでとびっきりと楽しみを込めて。

 僕はその笑顔にいつか答えてみせると心に誓う。

 いつになるかわからない、この長い物語の中で。


 パフェを食べ終えた美桜はジンジャーエールを呑む僕に言うのだ。


「ホワイトデー。楽しみにしてる」


 思わず吹きかけた僕がせき込むのを美桜は笑うのだ。面白いと楽しいと。

 その笑顔を見たら怒れなくて応えたくて。

 その日、はぐらかされた悪戯いたずらにきっと僕も悪戯をしようと決意して、それでも気持ちの一部が伝わることを願って。

 だから僕はこう言うよ。


「三倍返し。期待しといて」


 君の悪戯よりも三倍もの恋の悪戯を込めて。

「楽しみにしてる」と笑う美桜と一緒にファミレスを後にする。


 五時を回った外は二週間前よりはほんのり明るく、淡い月が薄暮はくぼの空に悠然と輝く。あの淡さが綺麗であの小さな光を求めて、言葉が自然と漏れた。


「月がきれいだね」




 ———————————————




 彼が何を言ったのか最初わからなかった。

 恐る恐る振り向けば、彼の視線は薄暮に悠然と輝く月に向けられており、わからなかったけど聞き取れた言葉が蘇る。


 ——月がきれいだね


 わたしは勝手に顔が沸騰ふっとうしたような熱を帯びた。きっと今のわたしは耳の裏まで真っ赤で、夕焼けがないから言い訳できないと焦る。


 彼はそういう意味で言ったわけじゃないとわかっている。それでも、さっきのファミレスでの話の続きで、意識せずにはいられない。


 わたしの憧れを「いつか」と言ってくれた彼。

 ホワイトデーを期待しておいてと言ってくれた彼。

 彼の横顔が眩しくてかっこよくて、わたしの心臓はどうにかなっちゃいそうだ。

 ドクドクとうるさい。顔が熱いし今ちゃんと視線を合わせられる気がしない。


(ぅ~~っ……ずるいよ)


 ほんとうにずるい。わたしよりもずっとあなたはずるい。

 だから、期待する。期待して期待して期待する。


 この恋を実らせてくれることを。


 振り向いた彼は「かえろ」と優しく声をかけてくれる。

 その声音にドキっとしたのは言うまでもない。視線を逸らしてマフラーで頑張って頬を隠して「うん……」と、頷いた。


 彼の半歩横後ろを歩く。

 彼は特に気にしていないけど、この角度だといつもと違う横顔が見れて更にドキドキしてしまった。

 慌てて隣に並んだわたしを不思議そうに見た彼はその無表情な顔で少し微笑む。

 その小さなきっとわたしにしか見せない笑みを、わたしは好きなんだ。



 だから、二人で歩くこの無言の帰り道を、いつからか心地よく感じていた。


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