第2話 風踊る帰り道

 冬と言えば寒い。寒いと言えば冬。なぜかと聞けば寒いから。


 そう至極当然とばかりに返事が返って来るどうも寒くて評判高い季節こと冬です。

 僕の名前じゃないよ。今の季節だよ。

 と、そんな冬の寒さは僕的に大きく分けて二つあると思う。


 一つ目は気温。うん。なんかこう四季の関係とか低気圧高気圧がどうちゃらとかあるけど、とにかく一般的全般的絶対的に気温が低い。それが寒さの原因だ。


 なら二つ目何か?答えは簡単だ。そいつのせいで震えが止まらないからな。


「さっっっむぅ!」

「くしゅっ……!」


 吹き付けた寒波とでも言える、いやそう言いたい冷たいだけの風に僕と美桜は同時に身体を震え上がらせる。美桜のくしゃみが可愛いと思ったのは置いておいて、制服の上にコートマフラー手袋仕舞いにはカイロと準備万全絶対無敵状態を誇っていても、その無慈悲な風には勝てなかった。


 そう、正解は風だ。


 夏に吹けばいいものを、と僕が愚痴ると美桜も同意する。


「なんで、冬ってこんなに風が強いのかな?寒いし冷たくて肌が痛いし、髪も崩れる……」


 今日はポニーテールじゃないストレートの髪を手袋そしている手で精一杯髪を抑えているので、さぞ冷たかろう。それが女子高生としての矜持、お洒落だとわかっていても首を傾げてしまった。


「もう帰るだけなら気にしなくていいのでは?」

「……そ、そうなんだけど……その」


 どこか言いにくそうに言葉を途切れさせる美桜。寒さに冷えた頬や鼻が赤くて痛そうに思える。


「かわいくいたいの……」


 よく聞きとられなくてなんだかよくわからないけど、ふと思いついた話題を提供する。


「冬と言えば寒いとかだけどさ。僕的にはクリスマスのツリーが思いつく」

「クリスマスツリー?確かに冬の楽しみの一つだけど、唯月が想像するのはなんだか」

「変?」


 そう悪戯に問えば、美桜は「ち、違わないけど。そういう意味じゃなくて!その……」と、こちらに滅茶苦茶を気を使って弁解してくる慌てぶりが微笑ましく、悪戯に乗っかる。


「ひどいな美桜」

「うっ……」

「非リアの僕はデッドクリスマスになればいいのにって、サンタさんにお願いしているだけだから」

「うん⁉なにその「遠足の日、風邪ひいちゃったから雨になってみんな行けなくならないかな?」みたいな感覚でのサイコ⁉」

「でも、非リアや鬱な人みんな思ってると思うよ」

「人間の闇が怖いよ!それにそんなにたくさんの人にデッドクリスマスお願いされたら、サンタさんの方が鬱になっちゃうから!」

「あははは!冗談冗談」


 もーと頬を膨らませた美桜はからかわれたと怒る。純粋な彼女は少し実感が籠っていれば信じてしまうほどに清くて綺麗な人なのだ。

 彼女が僕の冗談にツッコミを入れてくれるその距離感が嬉しくて、だから小学生男子みたいにちょくちょくからかってしまう。


 だって、美桜ともっとずっと関わっていたいから。


「どうせわたしはからかわれやすいもん」と、ふん、と拗ねる美桜がかわいいのと少しの騙した罪悪感に苦く笑う。

 でも、すべてが冗談ではない。


「でも、冬のクリスマスツリーは好きなんだ」


 もう去って行ってしまったあの聖夜を何となく思い返しながら雲がかかった鈍色の黄昏を仰ぐ。美桜は僕の横顔を見つめた。


「なにか素敵な想い出とかあるの?」

「うんん。特には。あー昔、従妹とツリーの飾りつけはしたっけ」

「いいねそれ。わたしの家は毎年チキンを食べるよ」

「うちもチキン。あと肉じゃが」

「肉じゃが?クリスマスには想像できないかも?」

「でしょうね。親の好物なんだとさ」


 別に肉じゃがは好きだし、チキンもあるから許すけど。年盛りの男子高校生にはもっとハッピーでユニークでポッピングシャワーみたいな豪華さを要求したい。

 うん、甘そうでディズニーみたいだから焼肉とかテリヤキとかジューシーがいい。うん。


「なるほど……肉じゃがは作れるようにならないと……」

「うん?」

「うんん。な、何度もないよ」


 何かと呟いていたと思ったが違ったらしい。


「まー肉じゃがは置いといて、僕はクリスマスはハッピーの方が好きなんだ」

「じゃあ、どうしてデッドと言ったのよ?」

「クリスマスツリーってさ、凄く賑やかになるし明るいじゃん」

「あっ話し逸らした!」


 もーと僕の肩をポコポコと叩いてくる美桜に「あーいたい」と、棒読みで笑うと「唯月のばか」と言って、僕の爪先を踏む。さすがにそれは痛く、声に出してしまったが美桜はふんだと足を進める。

 その背中に手を伸ばして、触れていいのか悩んだ末、何かできる度胸もなく美桜の隣に並ぶ。

 不貞腐れいる美桜に、それでも何となく話を続ける。


「あの賑やかな街並みが好きなんだ。今夜だけの特別なあかりが誰かと誰かを繋いでいるみたいで、とっても温かくなる」

「…………」

「会えない誰かと出会って、約束したあの人と手を繋いで、素敵な家族で笑い合って、明かりが消えない特別な夜はいつもは見えない温かみを感じる」

「…………」

「で、その中心のツリーは灯台とうだいみたいで、街や家族の拠り所になってて好きなんだ。賑やかなのは嫌いだけど、楽しそうな温もりと明るさが好き」

「…………」


 なんとも言えないあの感覚が好きだった。

 特別と団らんと繋がりに満ちた一年に一度の聖夜の贈り物。

 確かにデッドクリスマスを願う人や沈黙する灯もあるだろうけど、それでも優しさに溢れている気がしてなんだか嬉しくなる。


 なんだか今頃から次のクリスマスが楽しみになってきた。

 今度こそ、丸ごとの鶏肉を齧りつこう。

 そんなどうでもいいことを考えていると、美桜が足を止めていたことに気が付いて振り返る。

 握りしめた拳、何かを決意したように美桜は僕を見据えた。

 少しだけ仰け反ってしまいそうな意志の強さ。それでも、綺麗だと思わずにはいられない純粋さ。

 美桜は言葉にした。


「今度の……クリスマス」

「う、うん……」


 熱を訴える赤い唇の間から白い息が零れ、ポニーテールではなく下ろした髪が風に揺れる。そっとマフラーを口元まで手繰り寄せた美桜は上目遣いに息を吐いた。


「…………一緒に、過ごしませんか……!」


 ……それは僕個人と?それとも悠斗や白川たちと?過ごすって何を?一緒って僕も入るの?なぜに敬語?

 と、溢れ出る疑問困惑。

 それでも、期待してしまう。少しだけでも夢かもしれないけど、明日死んでしまうかもしれないけど、それでも望んでしまう。

 彼女の〝一緒〟の意味合いに美桜のことが好きな僕は求めてしまう。


 ——美桜と二人でクリスマスを過ごすことを


 その未来を想像したら、もっと恥ずかしくなって何も言えない。思考がフリーズしてしまう。

 何も言わない僕に焦った美桜は顔を羞恥と失敗に赤くして両手をブンブン横に振る。


「あ、その。……一緒っていうのは、その。の、乃愛や弥生君とも一緒でもいいから。その、えーと……へ、変な意味とかじゃないから!」


 は、はははと、作って苦しそうに笑う美桜。

 僕は彼女の笑顔が好き。友達と楽し気に談笑している顔も困った時に微笑む優しい顔も恥ずかし気にえへへと笑うその顔も、全部が好きだ。けど、その苦しくて無理矢理作った顔は好きじゃない。

 それに、勇気はないかもしれないけど。美桜とは釣り合わないかもしれないけど。

 それでも二人でクリスマスを過ごす淡さを夢見てしまった。

 だから、僕は意地悪を言う。


「でもさ。悠斗と白川はその時には付き合ってるかもしれないけどな」

「た、確かに……!もう完全に両想いだもんね」

「そうそう。だからさ、今年のクリスマスは恋人同士の時間を過ごすかもしれないじゃん」

「え?うん。そうだね?」


 僕が言いたいことがあまりピンと来ていないのか、首を傾げる美桜に少し恥ずかしいと思ってマフラーで目の下まで隠し、視線をズラす。


「だから——その、僕と美桜は二人になるかもしれない」

「————ぇ」

「そうなったら、その……僕と美桜はあまりものだからその。……二人っきりのクリスマスかも、しれないなって……」

「————!」


 急激に恥ずかしい。何いっての?キザなの?バカなの?恥ずかしくないの?恥ずかしいよ!

 自分で自分にツッコミでしまう始末の恥ずかしさに耳まで熱を感じる僕こと唯月いつき

 それでも、美桜の反応が知りたくて視線を当てると、美桜は驚愕に口を開きその瞳は輝いていた。


 そして、美桜はとびっきりの笑顔で「うん!」と頷いたのだ。


 ドキッと跳ねた鼓動が耐えられなく、恥ずかしがってるのがバレないように歩き始める。そんな僕の隣に並んだ美桜は嬉しそうで恥ずかしそうな顔で言うのだ。


「うん。そうなるかもしれないね」

「そうだな……」

「じゃあ、まずは乃愛と弥生君をくっつけないと!」

「長くなりそうだけど……」

「あははははは!!」


 そうして、僕たちは約束とも言えない約束に焦がれ、風の冷たさに怯えなくなった帰り道を歩いた。

 孤独がきっと一番寒くて冷たくて、だから美桜がいるから温かいのだといずれの聖夜に願うのだ。

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