第3話 ババ抜き
トランプゲームには落ち葉一枚から森林伐採の勢いまでに渡る種類がある。うん?意味わからんけど、とにかく多種に渡り多種に極めて多種を制しているのだ。
何か一つでも特殊なルールを課せばそれは新たなゲームとなる。つまり無限大。
さてはて、そんな無限大という最強そうなトランプゲームの中で僕たちは何をやっているか。
それはこれだ!
「こっちだ!」
そして、それはハートの5であり僕の手札が揃ってアガリ。
「僕の勝ち」
「また負けたぁーー⁉︎」
がっくりと机に突っ伏す美桜を慰め呆れに
「美桜はわかりやすいだけよ。つまり素直でいい子」
「のあぁ……」
「いや、単に単純なたげだろ。めっちゃ顔に出てたし」
乃愛の慰めを
乃愛が、あんた馬鹿⁉︎なにホントのこと言ってるのよ!と、悠斗を叱咤するが。
二人にお前は単純だ!と、突きつけられた美桜はぐすりと頬を膨らませ落ち込む。
後ろで括ったポニーテールが心の振れ幅みたいに大きく揺れた。
「まーいいじゃん。もっかいやろ」
「いや……また負けるもん」
「美桜。カードにはな無限の可能性があるんだよ。それは運命をも左右する神すら驚かせるイレギュラーな力。人はそれを抗いと呼ぶ」
「…………
おっと普通に心配されました。さてはて、美桜が見ている個所はどこでしょうか?正解は頭かな?頭じゃないといいな。大丈夫だよ。
ごほんと咳払いをした僕はつまりと続ける。
「顔に出やすいなら顔に出ない方法を取ればいい」
「例えば?」
「え?あー……カードを伏せて引かせるとか?」
うん?と眉を寄せる。そんな求めていたのと違うみたいな顔しないで。心が苦しいよ。
と、僕の苦しみは後でじっくりと味わうとして、ヒンドゥーシャッフルをして参加有無も聞かず四人に配る。
因みに、ヒンドゥーシャッフルは主に東洋で行われるシャッフルで日本人が得意とするやり方だ。カルタ切りやカッターとも呼ばれる、非常に狂気的で宗教チックなシャッフルでもある。名前から連想しただけだよ?他意はないよ。
無断で配られたトランプを見て、美桜は渋々と手札を見る。
表情が晴れない美桜に僕は勇気を与えた。
「諦めたらそこで試合終了だよ」
「試合でも何でもないけどな」
「うるさい悠斗。せっかくカッコつけたのに……」
「カッコついてないわよ」
「うそ⁉」
「パクリの時点でカッコなんてつかないわよ」
おーそれは盲点だ。かっこいい言葉でもパクれば割り算と引き算でマイナスになるまであるだと……!
僕は軽く衝撃を受けながら、じゃあと考えながら揃っている数字を捨てていく。
あー日頃の行いが良いのか、僕の手札は残り6枚。
「勝った」
高飛車に鼻で笑う僕にムッと美桜が顔を顰め、悠斗には調子に乗るなと足を蹴られた。一番怖かったのが、白川の無言の睨み。
美桜みたいに可愛くないよ。
ふっと視線を逸らして端で確認すれば、白川の笑顔は笑っていない笑顔に変わり、肘を机について微笑む。
こわいこわい⁉人に向けていい笑顔じゃない⁉
縮こまる僕こと唯月君。
白川はこんな提案を申した。
「これはゲームよ。つまり、勝者には褒美があり敗者には罰があるべきよ」
「なんなのその罰って?こわいよ?褒美の反語は罰じゃないよ。罪がどこにも見当たらないよ」
「あら?褒美の対義語は罰よ」
「マジですか……!」
「その程度のあんたがアタシに何も罪を犯していないと言えるの?」
その悠然にへらな強者の笑みに、横暴だ、と言いたい理不尽さだが、悲しきことか思い当たる節が過去にあり過ぎて反論ができない。
僕と白川は幼馴染なので、つまりそうなのだ。くそ。
「つまり、一番最初にあがったやつが負けた奴に何かできるっていうあれか」
「そうそう。ゲームだもの、勝敗にリスクがないと面白くないわ」
喜々として俺を奈落に落そうとする根端が丸見えの白川乃愛さん。何も言えない僕に変わり、最弱を自負している美桜が焦りを見せながら白川に前かがみになる。
「ちょっと!そ、そんなのわたしが罰受けるじゃん!」
「大丈夫よ。アタシと悠斗君が紫雨を最下位にするもの」
「あれ?なんで俺が入ってんの?俺関係なくない」
「そうそう。美桜にも悪いし、悠斗は俺の味方だし」
「あら?アタシの味方じゃないの?」
至極真っ当にキョトンと首を傾げる白川。それはまるで、悠斗ははじめから白川の味方だと意識のままに委ねている所作に他ならない。簡単に言えば、「悠斗はアタシのものよ!アタシの悠斗を取らないで!悠斗なしじゃ生きていけないの!」……そう主張しているようなもの。うん、惚気か⁉
悠斗は思わぬ攻撃にハートがキュンとなりドキッとなり、あれま~とデレる。僕の肩を叩いた悠斗はクールビューティーに言い張る。
「悪いな唯月」
カッコよくねぇー!無駄にカッコつけたけど友達裏切ったからな。僕より好きな女の子の味方するのか⁉いや!僕もきっとそうするけどさ!
心の中で泣く僕を置いて、白川は何やら美桜に吹き込んでいる様子。
「もしも、美桜が一番にあがったら、紫雨になんでも命令できるのよ」
「なっなんでも⁉」
「そうよ。デートだったり登下校一緒にだったり、あとはキスとかもその先も……」
「ちょっ⁉な、ななななっなにいってるのよ!そ、そそんなことしないわよ!」
「したくないの?」
「~~っ乃愛のばか!」
ふんとそっぽを向く美桜だが、乃愛がごめんごめんと頭を撫でてそっと耳打ちする。
「
なんで乃愛が唯月の義理堅さを知っているのかわからないけど、魅力的な提案の前にトランプを取ることに決めた。
その様子を悠斗は「くわばらくわばら」と、どうか安寧でありますようにと願った。
さてはて、何の話?僕には教えてくれないの?
期してババ抜き対決が始まった。
乃愛……7枚
美桜……6枚
悠斗……8枚
唯月……6枚
乃愛の手札から唯月が引き、唯月の手札から悠斗が引く。
「お。また揃った」
「なんでお前ばっかりなんだよ!」
もう五順して皆の手札が減ってきたなか、唯月は一回も揃うことなく無駄にドキドキして過ごしている。
「え?なに?僕の日頃の行いが悪いから?いや待て。僕の日頃の行いはいいはずだ。
きっと運が悪いだけで、そう。星の巡りが悪いからだぜ」
「その言い分から一ミリも良さが伝わってこないぜ。ただの言い訳にしか聞こえん」
「ぐっ」
「ぐうの音も出ないとはこのことなんだね」
へーと感心している美桜には悪いが、その屈辱は忍びない。ぐうの音など腹の音で十分だろ。
「僕の本気見せてあげる!」
「追い詰められた三流のヒーローがいうやつじゃん」
一流よりも数字が大きいので偉くて強いはず。きっとそうに違いない。
僕は表情一つ変えない乃愛からトランプを引いた。
スペードの六。
「ビンゴ!」
「それ、違うゲームだろ」
ふ、最期はチェックメイトで決めると決めている今日の僕です。
5枚になった僕の手札から悠斗が引く。揃わず悠斗の手札を美桜が引いて揃って残り5枚。
美桜から引いた乃愛は当たらず残り7枚をシャッフルして、僕に向ける。
ジョーカーを誰が持っているかまったくわからない今、それでも一番多い手札を持っているこの中からピンポイントに引き当てるほうが難しいである。
この場合考えても仕方がない。取り合えず、端から順に引き抜こうとして、奴の目の色に違和感を覚える。
「…………」
「…………」
ぜっっったいババ持ってるぅぅぅ!
間違いない。こちとら何年
故に、僕は思考などせずに決めた。もともとの左端を引き抜く。
「お前の考えなど僕にはわかるんだよ!」
「ふふふっ」
さあどちらの手にジョーカーが微笑む——……僕の手にジョーカーきちゃったぁぁ!お呼びしちゃった⁉微笑まなくていいよ⁉美桜だけで十分だよ⁉
思わず表情を崩してしまった僕に乃愛は意地悪に微笑む。
その笑みは「こっちも何年あんたの幼馴染やってると思ってるの」との嘲笑。
完全にしてやられた。
そうして、僕の手にジョーカーがようこそお出でなさった状態でゲームは回る。
そして——「やった!わたし一番!」
「カードを見ない戦法が役に立ったわね」
「うん!ほんとに上がれるなんて、とっても嬉しい!」
その笑顔だけで僕の心は潤うが、今戦場では一対二の究極心理勝負。互いの読みがわかる僕と白川。そして、僕から運命的すぎるほどにジョーカーを抜かないイケメン悠斗。
マジピンチ⁉
そして時は流れ流れ流れ、もはや流離って僕と乃愛の一球打ちになった。
僕の手札にはババとクローバーのキング。
つまり、マジピンチ!
入念にシャッフルして選択させる。
そして僕と白川の心理戦が幕を開けた。
「どっちだと思う?」
「どっちかしら?教えてくれる?」
「いいよ、僕的には左がおすすめ。低下割引で今がお買い得」
「一昨日、買い物は済ませたばかりで余計な物は買わない主義よ。そもそも低下は品の堕ちた物よね」
「そうとは限らない。なんらかの要因で低下にするべくして低下になった商品も存在するさ。そして、低価格の左の商品にはもれなく美桜の膝枕がついてくる」
「……それは、悩ましいわね」
「だろ。だから右引け右」
「わ、わたししないからね!そ、そんなのするなんて言ってないよ⁉」
僕も白川も眼にわかるほどに肩を落とす。そんな二人の様子に戸惑う美桜だが、悠斗が「冗談だからね」と言っていた。
いや。冗談とかじゃなくてわりと本気でしてほしい。
僕の欲望は一先ず置いておいて、白川は高速の動きで右のトランプに触った。
思わずびくっと反応してしまった僕はその視線があれやこれやと動き、ヤバいと感じて十回くらい泳がせる。
しかし、白川は言うのだ。何年あんたの幼馴染やってると思ってるのよ、と。
「チェックメイト!」
あぁぁぁー!僕が言いたかったセリフ⁉
机に広げて見せた白川の手札はクローバーのキングでペアになっていた。
「あんたじゃアタシに勝つなんて百年早いのよ!」
悪役かヒーローかわからない置きセリフは僕に敗北の二文字を刻む。
悦に浸る白川は「あー面白かったわ」と背伸びをして、美桜に耳打ちした。
「頑張りなさいよ」
「なっ……乃愛⁉」
羞恥で赤くなる美桜を置いて、悠斗と一緒に席に戻る。
その背中を負け惜しみで睨みながら、それでも楽しかったので良しとする。
あー白川乃愛にはいつか復讐するのは忘れない。
トランプをかたずけていると、美桜が僕の前に立ったのがわかった。なんだろうと思いながら視線を合わせると、どこか恥ずかし気だった美桜は意を決して落ちていたトランプを僕に渡して告げる。
「今度……土曜日とか、その……暇?」
「え?あーうん。特に何もないけど……」
そこで深呼吸を小さくした美桜は緊張で強張った顔のまま笑顔で言う。
「わたしの買い物に付き合って」
思わず瞬きを一秒につき五回はしてしまうほどに驚愕した僕こと唯月。美桜はびしっと僕の顔に指を向けて悪戯に微笑んだ。
「それが、唯月への罰だから」
そんな罰ならばいくらでも受けたい。こくりと頷く僕にはにかんだ美桜は「絶対だからね!」と、嬉しそうに席に戻っていった。
これは俗に言うデートなのだろうか。
途端、心臓のドキドキが激しくなり大きなため息を吐いて隣の席の男子を驚かせてしまった。
けど、そんなこと気にしている暇はなく、髪の毛を弄って眼を隠す。
「マジかよ……!可愛すぎかよ」
その呟きに、手に掴んでいたジョーカーは悪戯に笑っていた。
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