第4話雨の余話

 吾輩は猫である。

 であるからして、水が嫌いなのだ。


 気ままな野良生活も冬場はつらい。

 毛皮が無ければ寒くて過ごせない。


 うっかり風邪をひいてしまうところだった。

 危ない危ない。


 そして、この時期の雨というものは雪よりも厄介で、ぶるぶると吾輩の体を凍えさせてくるのだ。


───ハクチョン!


 狭い路地裏に逃げ込んだ吾輩はそこで1人の女性に出会ったのだった。


「雨宿りしたい子は、こっちにおいで。」


 オレンジ色の傘を差した女性にそろりそろりと近づいては、吾輩は甘える事を選んだ。

 濡れた毛皮をハンカチで拭ってくれる温かみにゴロゴロと喉を鳴らし、膝元でいい香りに包まれる。


 秋になったら香ってくる匂いに、吾輩はだんだん眠くすらなってきたのだった。

 温もりが体全体を覆う。


 温かい手のひらで毛を撫でられては、吾輩は伸びをする。

 手のひらの持ち主は、どうやら微笑みながら吾輩をこねくり回しているのだ。


 やはり吾輩の魅力に抗えないのが、運命(さだめ)と言うものなのだろう。

 世界は吾輩に夢中なはずなのだ。


 吾輩がくつろいでいると雫が落ちてくるのだった。


 傘があるのに、どういう事か。

 穴でも空いているのだろうか。


 よくよく見てみると、その雫は女性の目が流れてくるものだった。


「暖かい?良かったね、良かったね。」


 と吾輩に語りかけながら、女性は微笑みを崩さず目尻に溜まった雫を拭うのだった。


 吾輩は1つにゃあと鳴いて、女性の手のひらに顔を押し付ける。

 その涙のワケは分からないが、抱き上げられると鼻が乾いてるから悲しいのだろうかと、吾輩はペロリと鼻頭を舐めてやった。


 女性は吾輩を抱きしめると、声を出して泣き始めたのだった。

 背中越しの吾輩にも女性の微笑みが崩れるのが分かった。


 しばらくして、女性の温かさが吾輩の毛を乾かしたぐらいだろうか。


「雨女は滴ってこそ輝くのだものね。」


 白い息がふわりと舞って消えていく。

 女性はそういうと傘と吾輩を残し立ち上がった。


 雨の中、ずぶ濡れになりながらも歩いて行く背中を吾輩は見送る。

 やっぱり雨の日の深夜は冷えるものだ。

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