第5話清算と出会い

 あれも要らない、これも要らないと、大きなゴミ袋に物を捨てていくのは、一人の女だった。

 その女が捨てたいのはゴミではなく、思い出だと言う事をまだ自身が自覚出来て居ないほど、取り乱していた。


 女が夜中、部屋の片付けを始める前に、帰ってきた時は泣きながらであった。

 先程、付き合っていたカレシと思いがけず別れてしまった訳であり、その原因もカレシにあるのだった。


 女としては心を落ち着かせるために、物を捨てているのであり、その行動は一種の決意なのである。

 過去を物として処理すると言う儚い行いは、自らを清める為の儀式であり、清算なのだ。


 カレシとの思い出の品からデートに着て行った洋服一式を、無惨にもゴミ袋へと葬り去る。

 これらには罪はないが、女の決意の前には阻むべくもないだろう。


 気がつくと女はタンスの中身をひっくり返すほど、部屋の中を散らかしていた。


 その部屋の中で女はずっと1人泣いているのだった。


 結局その何日かは、ろくに何も手につかないほど女の様子は悲しみに満ちたものだった。

 何もやる気が起きずに、食べる気にもならず、お茶だけが涙の主成分になっていた。


 それは、ふとした時だった。


 女が体重計に試しに乗ってみたのだ。

 その数が女を現実に引き戻したのは言うまでもない。


 少しだけだが、悪夢を忘れる事が出来た瞬間だった。


 女の部屋には悪夢を詰めたゴミ袋が何個か並んでいた。

 その全てを燃えるゴミに出した日の夕方は雨だった。


 冷蔵庫の中身を確認すると、何も無い事に気付く。

 買い物に行こうかどうしようか悩むも、自分が欲しているのは、心を満たしていたものに置き換わる何かなのだと言う事に気付く。


 涙がまだ少し出てしまう目元では、アイメイクのノリが全く悪かった。

 ラウンド状のメガネを付けて誤魔化すと女が雨の中、向かったのはバーだった。


 その日は雨ということもあり客足が遠のいていた。

 扉を開いた時にこちらを振り向く、男の姿があった。


 その男の1つ空けた隣のカウンターに座るとビールを頼む。


 ビールが出てくるかどうかのタイミングで、男が話しかけてくるのだった。


「こんばんは。最近は雨がよく降りますね。」


「私ですか?」


「えぇ、あなた以外誰もいませんよ。」


「なんの用ですか?」


 ビールが届いた時には、会社帰りであろう男の言葉に、冷ややかな態度しか示せていなかった。


「宜しければ、お話のお相手になって頂けないかと思いまして、お声かけさせて頂きました。」


「そうですか。生憎と話の持ち合わせが無いもので、他を当たって頂けると幸いです。」


 少しビールを口にすると空いた胃にはきつかったが、久しぶりのお茶以外の味に安心感を覚える。

 メニューを手に取っていると男からの返事が帰ってくるのだった。


「お話ならありますよ。実は、僕は雨男の末裔なんです。」

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