第10話 22分間の苦行

ホームへ降りる階段の途中、彼の姿を見つけた。

嬉しくて思わず足早になる。

ホームは不規則な列や斑に人で賑わっていた。

そこを抜けて彼の側まで寄る。

『こんにちは』と声を掛けようとしたその瞬間、目に飛び込んで来たそれに私は言葉を飲み込んだ。


彼は華奢な可愛らしい女の子と肩を並べていた。

彼女の手のスマホを覗き込み、ノンワイヤレスイヤホンを一つずつ互いの内側の耳に装着していた。

彼の肩を叩こうと伸ばし掛けていた手をギュッと握り、胸の前に仕舞う。


きっと彼女だと、思った。

直感。

確認するほどの勇気もなかった。

お互い警戒心のない距離感で、ぎこちなさも緊張もない風に見えたからだ。

楽しそうな、幸せそうな雰囲気だった。


私の微妙な立ち位置に、並んでるのか並んでいないのか尋ねるような仕草をしたのは目の前に現れたサラリーマンの男性。

私は思わずどうぞとその男性に前を譲った。

彼と彼女の間に、男性の隔たりが出来て少しだけ気持ちが和らいだ。


どうして彼女がいるかもって想像しなかったのだろう。

一人おめでたく毎日盛り上がっていた。

バカ丸出しだ。

恥ずかしかった。

そして少しだけ、安堵した。

何も始まってない。

始める前でよかった。

いそいそと告白なんてしてたら赤っ恥だった…。

だから、きっと、これで、よかったんだ。


ホームにアナウンスが流れ、間もなく電車が入ってきた。

電車の扉が開くと、車内へ彼と彼女が入っていった反対側に私は入る。

見つからないようにと思ってそうしたけれど、電車が発車してから気付いた。

他の車両に乗り込めばよかったって。

何なら、次の電車を待てばよかった。

動揺してるのか、馬鹿なのか…

きっと、後者だ。

だからこんなことになってるんだ。

見なくてもいいのに、日が暮れた車窓には、車内の人物が映る。

肩を寄せ合う二人を何度も見てしまった。

もっと車内の奥まで入ればよかったとまた後悔。

二人が視界に入らない距離まで離れたらよかったんだ。

朝ほどではないけれど、車内は自由に歩き回れるほどのゆとりなんてなかった。


22分間ただ耐えるしかない。

つり革を握り、前を見て車窓に映る自分の姿が情けなかった。

下を向いて、爪先を眺めた。

靴の先に小さな汚れを見つけて、それを見つめたままただ時間が過ぎるのを待った。


ちょっと泣きたい気持ちを抑えながら。






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