第8話 満員電車のヒーロー

これは…世で言う痴漢なのだろうか?


でも、明らかに手で触られたり撫でられたりしてるわけじゃない。

ただ身体をグイグイ押し当てられてるようなそんな感じ。

密集した車内の中、これは普通?

いや、こんなことは初めて。

試しに少しだけ前に進んでみたら、少し離れた。

やっぱり自意識過剰だったかも。

そう思った瞬間、さっきよりも密着して脚と脚の隙間にグッと相手の脚を入れられた。

これはおかしい!!

声を上げる?痴漢ですって?

そしたら大注目になる。

で、間違いだったら?

色んなことを頭の中で考える。

これまでの人生で痴漢に遭ったことはなかった。

対処方法がわからない。

習ってない。

密着した部分から直に体温を感じる。

気持ち悪い…

ギュッと目を閉じて色んな気持ちや思考を閉じ込めようとした時だった。

電車がまたカーブで動く。

その反動で後ろの重みさえ感じた密着から解放された。

脚はそのまま入れられたまま。

でもさっきまでの密着具合がない。

右斜め後ろを見てみると、ヒロくんがつり革を持った状態で立っていた。

彼の視線は私の左斜め後ろ。


「脚の位置おかしいですよ」


ボソッとヒロくんが発したその声が聞こえた瞬間、脚の間に入っていた脚が抜かれた。

左斜め後ろには、私と同じくらいの身長の50代くらいのおじさんが汗をかいて立っていた。

おじさんの視線は真横。

その視線を辿るとヒロくんで、そのおじさんを見つめていた。

さっきのは、ヒロくんの声だった。

おじさんはすぐに引いて、満員電車の中で汗を手で拭っていた。

周りの目も数人がそのおじさんを見ていた。

おじさんは一言も発さず、下を向いて汗を拭う。

私の後ろはヒロくんが前を向いて立っていた。


助くてくれた?


恐怖でどう対処していいかわからないまま、電車は間もなく駅に入る。

私は固まったままで居た。

駅に入り扉が開くと、さっきのおじさんが人をかき分けるように出て行く後ろ姿が見えた。

ヒロくんは人の流れに乗り電車を降りてゆく。

お礼を伝えなきゃ。

咄嗟に私はその流れに乗り、電車を降りた。

距離が空いてしまわないようにホームで急いで追いかけ手を伸ばして彼の腕に少しだけ触れた。

「あのっ!」

声も掛けた。

彼は片方のイヤホンを外しながら振り返ってくれた。

私と目が合うと、足を止めてくれた。

「…あ、ありがとうございました」

必死で伝えた。

二人で自然と人波から外れてホームの端に寄る。

ヒロくんは両方のイヤホンを取ってくれて、

「やっぱ、さっきの痴漢でした?」

と問い掛けられた。

「…えっ」

「やけに距離感近いなって気になって様子見てたんだけど、触ってる感じじゃないし、声掛けるのも迷って…。カーブのタイミングで体当たりしたらおっさん、脚だけ不自然に残すから声掛けたんだけど…」

「あっ…はい…」

相槌もおかしいかもと思って返事をしたら余計に変だった。

「あっ、証言?通報するなら証言しましょうか?」

ヒロくんは親切だった。

さっきまでの恐怖が薄れていく。

私は首を横に振った。

「助けてくださったお礼を言いたくて呼び止めました。ありがとうございました」

私はお礼を言って頭を下げた。

「いや、お礼言って貰うほど活躍してないから」

彼はそう言って、あたふたしていた。

優しい人だと確信した。





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