第499話 最も罪深き大罪は、魔を喰らう


 制止した世界に墜落を始め、大地巻き上げる天剣……だが――

 爆裂し、激しく明滅する光明の下で起きていたにミハイルはすぐに気付く事になる。


「…………ん」


 振り下ろす極太の神聖に、手元のはかり――もといその莫大なる『天剣』の柄となったそれに、感じる筈の無かったを感じる。


「んん……っ!??」


 光明に視界を支配された世界で、止まった刻の中で……


「ン゛――――――ッッ!!!?」


 鴉紋がその両腕を頭上にクロスし、執行される威光に反発している事に気付く。

 せめぎ合った暗黒と神聖に、時空の歪みが拡散していく――


「な……ここは私だけの世界だ! 分断された刻の世界で何故動ける……ッ??!」


 これ以上も無い位のシワを顔に刻み込み、天使が狼狽ろうばいを始める。


「終夜鴉紋か……? 確かにこの世界の摂理より外れたあの人間は、この止まった刻の中でも意識を保つ事が出来る……だがっ!!」


 眼下に蠢き始めたそのに、『先見の眼』を超えた不可視の未来に、ミハイルは玉のような汗を顎より垂らす。


「肉体の主導権のほとんどはルシルにある……! 奴がこの制止した世界で知覚出来るのは、精々が私の声位の筈だ!」


 空に突き出した邪悪の十二が、止められた刻の呪縛を打ち破って動き始めた。


「フぅ――――ッ!!」


 未知なる恐怖に戦慄したミハイルが見下ろすは、天剣を受ける構えで空に交差していく黒雷の滾り……その事からも、鴉紋が今『刻の分断ディヴィジョン』を克服しようとしている事は明白である。


「そんな事……そんなコトッ」


 だがやはり、ミハイルもすぐにはその事実を受け入れる事が出来ない様子であった。

 それもそうだ……とはミハイルに与えられた特権。神でさえもが侵害出来ぬ不可侵領域である。


 ――――であるのに!!


「さっき聞いたよなミハイル……!!」

「――ハっ……終夜……鴉紋っ」

、それが何かって!!」


 眼下の“獄魔”は動き始めた。

 立ち入れぬ筈の天性の領域に足を踏み込み始めたその姿は、まさに

 この世で最も重いとされる大罪、理屈を踏みにじりを貫き通すその姿はまさに……


        “


「なにが……どの可能性が関与しているっ、こんな事象に何が……っ」


 頭を振り乱したミハイルの視線の先で、神聖の猛威が墜落を止めたのに気付く。

 それは神の権威に真っ向抗う、不遜極まる男による剛力のものである。

 本来、全ての生命が本能的な畏怖を覚える神聖。その超越的な力は、世界を創造し何人の干渉も寄せ付けない。ただ平伏する事を享受させられ、関与する事さえ叶わない決定的概念……



「――ウウウ゛ウォオオオオオオオガァァァア゛ァァあぁアァアッッッ!!!」

「ぁ……つ……ッ」

「退ぉオオオオオオけぇエエッッ!!! ィィイイイイイイイイイイイイ――――ッッッ!!!!」

「は……ぁあ……っ!!」

 

 それを真っ向叩き伏せようと考える不届き者など……この驚愕的神聖を前にしながら、それを実行してしまう愚か者など……

 

「グゥウウウウギィァァアァァァォァアアァアアア――――ッッッ!!!!!」

「――――っ!!」


 この男位の者だろう。


 押し返され始めた神聖を理解しながら、ミハイルは吐息を荒らげて悪魔を見やる……


「あ…………」


 目を剥いた天使はその時に気付く――


「ああッッ!!」


 常軌を逸した狂気の事態が、で巻き起こっているという事に――!


「ぁぁあああああぁあああああッッ!!!」


 赤面したミハイルはやはりその事実を受け入れられずに……がとても信じられずに、首を振って涙を溢し始めた。


「ルシルが……終夜鴉紋を喰い尽くすのでは無く……っ」


 正気を疑い、叫び付けるかの様なミハイルの咆哮は、まるでルシルへと救済の手を差し伸べているかの様に聞こえた――



……ッッ!!」



 そして動き出す――

 戻る景色。空で雌雄を決する衝撃と波動が、遅れて大地を震撼させていく。

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