第455話 悪意、殺意、狂想、悪鬼――どろどろの邪悪


「もう完成する……私の天性が、私の祈りが……もうすぐに聖域へと――ッ!!」


 鴉紋の展開した赤黒い天輪とせめぎ合う様に、桜の花弁振り落ちる薄紅の天輪がジャンヌ・ダルクを照らす。

 桃色の日差しの下に佇むは、桜の大樹との一体化を果たしていく醜き異形……植物との融合を叶えた“人類”の姿はざらざらとした樹皮と変わっていきながら、触手の枝をうごめかし、頭上に花開いた満開の桜がギリギリと音を鳴らせて仰け反っていく。

 やがて狂い咲いた桜を翼とし、大樹濃縮された人の形状がジャンヌ・ダルクを模していった。

 ――天より突き落ちて来た桜花弁の衣纏う超大なる光の御旗が、少女の掌へと握り込まれて光を拡散していった――


「私の……覚醒を止めると言いましたね終夜鴉紋…… しかしもうそれは不可能ですっ……もう私は“天魔”の目前に居る――ッ!!」


 桜吹雪の中での異様でいて不気味なる誕生……しかしそこには、確かなる“神聖”の崇高さが宿っていた。

 ――そんな生命の昇華目前にしながら、鴉紋は髪を舞い上げたまま鼻を鳴らしていった……


「気色のわりぃ外見だ、テメェはそんなもんになりたかったのかよ」

「いつまでも大見得を切って……愚弄ぐろうしているつもりでしょうか? “天魔”としての私が完成すれば、貴方の運命は神聖の前に消し炭となるしか無いのに」

「テメェがどうなろうが運命がなんだろうが、俺には関係ねぇんだよクソ女」

「わからない……人ですね――ッ!!」

 

 桜の衣を纏った光の御旗が天を煌々と照らし出しながら、しなる無数のジャンヌの腕が鴉紋を一閃していった。


「……ク……ぅッ!!」

「いっひひひ、イィッヒヒヒヒッ!!」


 御旗に合わせて大地せり上がり、あらゆる災害が形を成して一つのつるぎと変じると、黒き魔王の体を打って彼方へと吹き飛ばしていった――


「神の御力はどうですかッ!? 先程までの私とは訳が違うでしょう!!」


 鴉紋でさえもが踏み耐える事の出来なかった“神聖”――そのインパクトに空へと打ち出された男が、苦悶の表情を見せながら面を上げたその時――


「……うぜぇっ」


 天に無数と整列していた超自然の刃が、空に踊った黒き翼を滅多刺しにして大地へと叩き付けていた――!


「つ……ッ――!」


 天変地異を巻き起こす神の猛撃は、悪魔へと執拗に振り下ろされて地形を変えていく。


「いっひぃぃ……」


 超常的エネルギーによるつるぎが、空へ舞い上がろとする羽虫の翼を捕らえて深く深くと地に沈めていく。


「いっっヒヒヒィィ……」


 大樹の体に桃色の瞳を光らせ、溢れ出す粘稠のヨダレをだくだくと垂れ落としたジャンヌが、恍惚の表情で八重歯を覗かせていった。


「くたばる前に答えてくだサイッ! 私の心に突き刺した無慈悲なる言葉! 死にゆく運命さだめの命に対する、先の問いに対する解答を!」


 満開の桜振り撒くジャンヌがその翼で天空へと舞い上がりながら、桜衣さくらごろもの御旗の切っ先を獄魔へと突き刺した――!


「『仇桜あだざくら』!!」


 まるで地球そのものが怒り逆巻かせているかの様な天災の刃に、一際の存在感を露わにした桃色の“神聖”が爆発する――


「答えてみせろ、さァ――――ッッ!!」


 樹木と化したその腕に、今度は確かに感じる滅魔の感覚。答えろと促しながらも、この一撃で全てを灰燼かいじんへと変えてしまおうと目論んだジャンヌの翼が……無数と伸びる桜の群れが、わらわらとうごめきながら空を満たしていく――


「イィヒヒヒ! イヒ、イィイヒヒヒ、イヒ……い…………あ……??」


 ひび割れた樹皮の口角が緩々と落ちていった……


「は…………ぁ……?」


 ――ジャンヌの瞳に、薄紅の光に満たされたその光景に、漆黒の稲妻いたずまがささくれ立つ!!


「ぁあ……ぁぁ……なんでぇ……ナンデナンデナンデぇッ!!!?」


 みるみると爆散していった十二の暗黒が、万物ひれ伏す神聖を薙ぎ払い、天より注ぐ刃の災害を……


「ワタシは神に選ばれた……っ、天魔へと昇格する資格さえもを与えられ、森羅万象を掌握するその資格を……なのに、ここまでして、なのにぃ……」


 ――暴威たる、さらなる災禍さいかが塗り潰す!!


「ナンデお前はぁぁああぁああ――ッッ!!!」


 ジャンヌが心に捉えたビジョン――

 それは神の威光を頭から抑え付ける闇を被った怪物の暴力!

 天地万物の上に立つ何よりも崇拝すべき概念が、何よりも崇高なる存在が、悪意と殺意と狂想の成れの悪鬼に、どろどろの邪悪を濃縮した忌むべき化物に――


「神はぁ……主は絶対で、あらゆる生命と万物の父で……何もかも、全てをその、采配……に……っ」


「ゥゥウウ゛ぉぉアァァああァァああぁあぁあァァアアアアアアァァァガァァアアアァァアァアィアアァア――ッッッッ!!!!」


 ――激怒のままに、!!


「ヒ……ぁぁ……ぃぃい、イイイイイイイっ!!!」

「――ギィィィイイオオオアァアァァァァアガィィアァアアッッ!!!!」


 絶対不変なる存在が崩落していく……それは彼女の生涯を支え続けた信仰であったというのに、彼女の生きていく全てであったというのに、世界を導く指針であったというのに……


「ぁぁ……ぁ、ぁぁ…………ッァァァああああ、やめろ……っ」


 もろく、儚く、触れれば落ちゆく散り桜の様に……


「ヤメロ悪魔ァァあぁああ――ッッ!!」


 おぞましき悪魔の叫声に、得も言えぬ恐怖を感じたジャンヌ・ダルクは耳を塞ぐ。

 幼き少女そのままの姿で怯え竦んだ“神聖”……影を落とし始めた桜吹雪の中で、光の御旗が押し返され始めた事に気付く――


「腕が無ければ豪脚で蹴り飛ばし、足がなければ剛腕で叩き潰す……」

「ぁあう……っ」


 ジャンヌの問いに答え始めた男の背で、十二の暗黒が捻れて一つの怒涛となっていく。突き出された桜衣の御旗、そいつを拳に捉えて砕き割りながら、鴉紋は歩む。


「知能が無ければ力で捩じ伏せ、力が無ければ知略で絡め取る」

「ふざけるな、フザけッ……」


 捻れる空間、黒き螺旋の回転が荒ぶり、悪辣のプレッシャーにジャンヌは気圧されている。

 

 ――その赤き隻眼せきがんの瞬きに。


「この世にというものがあるとすれば、そいつは己で握り締めるものだ!」

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