第435話 太陽の男


「フンハァ――ッッ!!」


 隊列した暗黒騎士の猛攻――そこらの戦士とは比べようも無い力量を備えた彼等のを、白霊を背後に率いた“豚”が切り払う。


「ぜぇええイヤ――っ!!」


 鍛え上げられた肉と技術に心……それらを兼ね備えた戦乱の時代の英雄達が、かつての将と共に因縁に刃を向ける。


「遠いなエドワード、貴様までのこの距離がッ!!」


 自らで先頭に立ち『白日の騎士団ファントム・ナイツ』を猛進させるゲクランに対し、エドワードの率いる『暗黒騎士団ブラック・ナイツ』は将を守護する様にして前方に何層もの隊列を連ねていた。


「また届かぬ、猪突猛進するだけの貴様では私に」

「フハッハハハハ、それはどうか!!」


 次の瞬間、闇を掻き分け強烈に前へと踏み出すゲクランより、エドワードは光に包まれた猪の憤激を見る――


「貴様との因縁を刻み付けたまま、俺はこの地に産まれ直しッ!」


 振るわれる銀のハルバードが光の軌道を残し、屈強たる暗黒の亡霊達を吹き飛ばしていく。


「ただあの日の自らを超える為だけに力を追い求めた――!!」

「私の騎士団をここまで……」

「――ぬぅぅえああああアアアッ!!!」

 

 ゲクランが踏み込み、その巨大な得物を振り抜く度に強烈なる風圧が周囲に及ぶ。


の屈辱を振り払うが為に、の貴様を打倒するが為にッ俺はぁあッ!!!」


 ゲクランは盾を構えて突撃してきた暗黒騎士に肩をかまし、左右に回り込んだ騎士には豪快なる蹴りをお見舞いする――

 まさしく“豪傑”の名に恥じぬ豪快で、ゲクランは1000にも及ぶ闇の軍勢の中を進んだ。


「……貴様の様なブサイクにそこまで一途に思われていると思うと、胸焼けがする」


 快進して来る光の群れが着実に自らへと迫っているのを傍観したエドワードは、黒き大鎌を前へ――ゲクランへと差し向ける。

 黒馬が鼻を鳴らし、兵がブラックプリンスの道を開く――


「『黒沼の鎌』……」


 黒太子の構えた巨大な大鎌より、冷たく陰惨な暗黒のオーラが放出を始める……

 そしてエドワードは、暗黒の渦中に呑まれながらその光を内部より拡大させていく異分子へと馬を走らせた――


「――――ン!!」


 闇の中を猛進するゲクランが、その時ビタリと動きを止める――

 ……その瞬間を見落とさず四方より暗黒の驚異が彼へと迫ったが――将を囲った光の軍勢が、闇を押し返して拮抗していった。


「来るがいい……“騎士道の華”」


 呑まれ掛けた暗黒の中で何かの気配を感じているゲクラン。彼はギリリとその手のハルバードを中段に構え、光を放散したまま静かなる闇で一呼吸ついた……


「…………」


 敵勢に囲まれながらも遂には瞳まで瞑って意識を集中し始めたゲクラン。信頼に足る騎士団を率いる事でのみ得られる研ぎ澄まされた神経が、彼の聴覚より無駄な物音を削ぎ落とす。


「……」


 ポツンと浮かんだ静謐なる闇の中で……ゲクランは次の瞬間に、獣の面相でまぶたを上げていた――




「良くぞ反応したな……“豚”」




「――ぐぅうおぉおおあぁあ……ッッ!!」


 激烈なる闇の一撃をハルバードに受け、そのまま背後に長く押しやられていいったゲクラン。衝撃の後に視線を上げると、そこには黒馬走らせ大鎌を振るうエドワードの冷酷が映っていた。


「走り出した馬上より放たれる私の一撃は音速となる……それを野生の勘だけでいなすとは、流石はけだものだ」


 ゲクラン率いる光の群れが、闇の軌道を残した暗黒の軌道に呑み込まれていく。応戦する彼等とてやはり一筋縄の騎士では無いが、肝心かなめのエドワードの首元への道筋は、後一歩という所で暗黒騎士達が阻んで来る。

 エドワードの振るう大鎌――それに纏う沸騰するかの様な激しい闇の蠢動しゅんどうを認めてゲクランは眉根を寄せる。


「貴様はまだこの世界に来て日も浅いだろう……であるのに、“魔力”という概念に早くも順応している……やはり天賦の才の類か」


 眼下の英霊達をクズか何かの様に葬り去りながら、エドワードは薄く笑う。


「かくいうお前は相変わらずの凡才か。この世に産まれ落ちて一体何年だ? 私を超えるというその野心、その執念を持ってしてその程度か」


 白霊切り払う斬首の余韻と、いななき猛る黒馬のひづめが、地に膝を着いたゲクランへと迫った――


といえば、貴様の方こそその程度であったか、エドワード……?」

「……!」


 次の瞬間、張り裂けんばかりの白き光明がゲクランの身より爆ぜた――!


「爪を隠すか、お前の様な豪気が小細工を覚えたものだ……!」


 白日そのもの如き無限のエネルギーに、エドワードは太陽に直接突っ込んでいくかの様な無謀を感じて黒馬の手綱を引いていた。

 急停止に暴れ狂う魔物を鎮めていると、前へと推し進んで来ていたゲクランに気付く。


「小細工位覚えるわ。俺はもう、ただ向こう見ずに前へと踏み出す愚か者ではない」

「ゲクラン……ッ!」

、仲間を失った! 俺の無謀に突き合わせ、かけがえの無い戦友の命を!」

「叩き伏せろ――!」

「――――ゆえ!! 俺はさらなる高みへと昇った! いかなる暗黒をも寄せ付けぬ、あのの様にと!!」


 破顔するまま白い歯を剥き出しにした豪傑へと、暗黒騎士達が集中突貫した。

 ――しかしエドワードは、その後すぐに頭上へと飛び上がっていたゲクランの影に染められる事になっていた。


「『烈日れつじつ開放』……」

「……!!」


 高く飛び上がったゲクランより、太陽の如き熱波と光が荒れ狂った――その刹那せつな


「『火輪かりん熱裂ねつざき』――ッッ!!!」


 地を揺らす程の豪快な着地と共に、空に煌めきを残したハルバードが半月に大地を抉り裂いていた。


「――――、――!」

「っ――!!」


 一挙に薙ぎ払われた闇の騎士達が空に消えていく……


「それが今のお前か……私を恨み、二度目の生を生きたお前の……」


 思わずそう漏らした黒太子の声。

 ハルバードの残す光の軌道より、地に描かれた半月が発火して大地を火炎に包み込む。


「フフ、フフフ……ククククク、あぁ、面白い」


 熱波に焼かれ始めた騎士団を押し退け、エドワードは再びにゲクランへと馬を走らせた――

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