第422話 未来の為に“愛”を放棄する
「『ラララ』ララ……ふっふふ『フ』」
肉の増幅を繰り返したフロンス全霊の術――
「とっとと来い……異形」
「はい、それでは――」
怖気づく事もしない大王に裂けた口元を見せたフロンスが、その指先を銃のようにしてシャルルへと照準を合わせた。
「……ん」
「『肉弾』」
遠距離より放たれた強烈なる砲が、雷鳴走らせながら振り抜かれた金色の杖に撃ち落とされていた。
「遠距離ならばと思ったのですが……」
「肉の砲弾か……すっかりと化物の思考の様だ」
フロンスは指先の肉を打ち出してシャルルへと連発する――蜂の巣になっていく教会の壁からは陽光が入り込み、光のシャワーが駆け出した老王を照らす。
「そんなに早く……っ動けるのですか?」
「近付かねば一方的に攻撃を加えられるとでも思ったのか?」
シャルルが袖より落とした鉄棒の一本を投げ放つ――
「ウ! ……あっはは、やりますねぇ」
とはいえフロンスも即座に穿たれた肩を超再生すると、再びに手元の銃口をシャルルへと向け直した。
目にも留まらぬ『肉弾』の雨を掻い潜り、雷撃光らせ走り寄って来るシャルル。空を切り続けたフロンスの砲弾であったが、ある瞬間、標的が床に敷き詰まった臓物に足を取られたのを見つける――
「……っ……!」
「ここです――!!」
おそらくは端からそれを待っていたのであろう……フロンスはやや体制を崩したシャルルへと立てた片膝を向けると、血肉
「元より遠距離で始末出来るとは思っていません!!」
「フ……ッぐ!」
コンマの隙にシャルルの目前まで肉薄していた肉の化物――恐ろしい顔付きが大王を見下げたまま、強烈なる膝をその腹に向けて突撃する!
「驚いた……これを受けましたか!」
「上からものを云うな……私は人民を導く大王であるぞ」
ギリギリの所で金色の杖による防御を間に合わせていたシャルル。肉の突進にそのまま連れ去られていく衝撃から見るに、僅かに反応を遅らせていればその体を四散させていただろう。
巨大な肉の塊に風を切って中空を連れ去られていくシャルル――
「――このまま固い岩陰で押し潰して差し上げましょう!」
「潰れるのは貴様だ……」
フロンスの強烈な膝を金色の杖に受けていたシャルルが、突如中空で反転して膝をいなしながら、落下していく木の葉の様にフロンスと体を入れ替えた――
「いま、なにを……っ」
「『落葉』……」
杖を起点にして
「しかし……『ララ』ッ」
「……!」
不気味な声を上げたフロンス。雷撃を纏いながら抑えつけられていた首元の筋肉が膨張、そして変形し、新たなる腕となってシャルルの首筋を狙った――
「……」
迫る異形の
「『落雷』――」
「フぁ――ッ?!!」
激しき閃光の後、雷撃に叩き付けられていた肉の巨体――土煙の晴れたその場に残るは、瞬間的な熱に真っ黒に焼き上げられたフロンスの姿であった。
「ぐ……ぅ……!」
燃え尽きた四肢を再生し始めたフロンスを横目に、シャルルはしなやかに地へと降り立って棒を構える。
「なんてヤツ……フロンスさんがまるで子供扱いだ」
「息一つ乱れてない、なんなんだあの人間は!」
驚愕とするロチアート達を他所に、そこには他に勇敢なる心に火を灯す者達が居た。
「今だ、シャルル様の力になれ!」
「あの化物を再生させるな!」
過激に燃え尽きた全身の再生に時間をかけていたフロンスの体躯に、幾本もの長剣が突き立てられていた。
「死ね化物!! 死ね死ね死ね!!」
「うおおおお!!」
それはシャルルへの忠誠を蘇らせた騎士達による勇姿であったが、やがて顔を上げたフロンスは、体に刃を突き立てられたまま嬉しそうに微笑んだ――
「ご飯の方から来てくれました」
「ヒ……まだ死なな――!」
「やめろ、撤退しろ!」
「わぁあああ――!!」
未だ焼け焦げたままのフロンスは、再生に費やす魔力を補給せんと、騎士達へと醜く変異した腕を伸ばす――
「『風の鼓動――
「な……ッ!!」
「我が臣下に手は出させん」
フロンスの巨大な指先が捕えたのは――騎士を押し退けたシャルルの金色の杖であった。杖より風を打ち出し疾風となった老王が、フロンスの腕を薙ぎ払いながら棒で殴り飛ばす――
「ガハ――!!」
「加えて、その身の再生も許さん……」
予定通りに固い岩盤に押し込められたフロンスは、肉の膨張をやめて元の人の姿へと戻っていった。でなければ彼の身は膨大なる魔力の消費に食い潰されていただろう。
しかし焼け焦げた四肢は未だ再生も出来ず、フロンスは臓物の満ちた床へと投げ出されていった――
シャルルの鋭き眼光が、残された騎士達へと差し向いた。
「シャルル様、すみません!」
「何か貴方のお力になれればと……」
「お前達の勇気、しかと見届けた……だがここは私に任せてくれ」
「は……っハイ!」
「行け、こんな暗い所で死ぬ必要は無い。お前達は光の中に居るべきだ」
明らかに自分達の存在がシャルルの足手まといにしかなっていないと悟った騎士達は、涙を飲んで教会より走り抜けていった。
「さぁ……この戦争を終わらせよう」
騎士達の逃走を見届けた後にフロンスへと振り返っていったシャルル――魔力を回復する手段を失った化物はそこに、見るも無惨な姿で残されている
「醜い……!」
ややばかり驚きの表情を見せたシャルルは次に強い嫌悪感を抱き、四つん這いとなって地に顔を埋めた
――ピチャピチャと……何かをすすり、咀嚼する物音。
「床に撒かれた
「ふふふ……なりふり構っていられないのです」
「そうなっては、いよいよ家畜の姿である……」
「おっしゃる通り情けないですが……貴方の積み上げた血と肉の残骸からも、さほど時間が経っていないから少し魔力を回復出来ます」
血に汚れた顔を上げて立ち上がったフロンス。焼け焦げて欠損した部分の再生も、効率の悪い魔力摂取によって辛うじて間に合った。
「しかし……」
伏せ目がちにして口元を拭ったフロンスは、怒りに満ち始めた大王の殺気に晒されたまま、深い落胆の息を吐いていった。
「このままでは貴方にとても敵わない……サハトと同化を遂げる奥義でさえもいなされてしまった」
「……二度と騎士達の臓物をすすらせると思うな。高貴なるこの大王の前で、
金色の杖を巧みに振り回したシャルルが深い構えになっていくのを静かに見下ろし、フロンスは深い悲しみを抱え込んだ顔付きを影に染めていく。
「このままでは勝機はない……一介の人間が、よもやここまでの高みへ登り詰められるとは」
鋭利なる殺意の波動をギラつかせたシャルルは、その眼光のみでフロンスを竦ませながら吐き捨てる。
「貴様が
大王の身から実に様々な魔力の残滓が強大に立ち上っている。
「敵わないなぁ……
顔に手をやったフロンスは再び嘆息すると、懐から
――carus amicus
そこに浮かび上がったラテン語の刻印を、フロンスは静かに読み上げていった。
「
甘くそう言い放ったフロンスは何処か恍惚と、しかし悲壮感に塗れながら続ける。
「親友との
「……?」
何やら不可思議な魔力がその魔石に秘められている事に気付いたシャルルであったが、彼は鋭い目つきを崩さず、自らの胸に囁やき始めたフロンスをジッと観察する様にしていた。
「ですが……もう私も、この
「さようなら……全ては
「何をする気だ……ッ」
赤い魔石を鼻先へと吊るしたフロンスが、裂けた口元をあんぐりと開いた。化物の目元に細い涙が伝う――
「『
「……ッ!」
赤き魔石を取り込んだ、フロンスの全身が暗黒を放散し始めた――
「代わりに
――メロディを」
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