第410話 “嘘つき”の“ウソ”の証明


「余りに理解に及ばず蓋をしていた問題に、やはり向き合わなくてはならないか」

「私の顔にむごたらしい化物がガンをつけて、な〜にをぶつくさ言っとるか、ぐっふふふ」


 クリッソンを後方にしたままジリジリとシャルルが間合いを詰めて来るのが見える。すると必然移動してくる“球”が、未だ自暴自棄となって不毛な争いを繰り広げる生命達を銀景色へと変えていった。


「駄目だ、駄目だ駄目だ! クリッソンを攻略する手立てなんて無い、アイツは“霊体”となってそこに存在してるんだ! 奴を止める手立てなんて……」

「“幻影”だ、俺は幻影を見せられてるんだ……だったら俺がこのまま死ぬのも全部まぼろし……」

「諦めるな、“不可視”となって消えているだけだ! この教会の何処かに、ど、何処かに奴は……っ」

「本物のクリッソンはこの中の何者かに“成り済ましている”に違いない……そうだ、きっとそうだ! オマエか! オマエが本物のクリッソンだろう、死ね!」


 シャルルを葬る為には先ずクリッソンを攻略せねばならないという共通認識にのっとり、騎士やロチアートは混戦としながら様々な推測を立てて喚いている。


「ぐふぅ……どうであろうか〜、私の能力の答えがそのどれかに当てはまるかも知れん。そうら考えろ、余り時間は残されていないぞ、命を賭して脳に血流を巡らせろ〜」

「うわぁぁあ!!」 

「捜せ、クリッソンを捜せ! 見つけ出して八つ裂きにするんだ、はやく!!」

「さもなくば貴様等に訪れる結末はぁ……だぁ」


 様々な憶測が飛び交い混乱する情報――

 クリッソンの粘ついた口元が糸を引くのを見つめたまま、フロンスは刻一刻と迫るシャルルの驚異の前で顎に手をやっている。

 そこに踏み出して来た困惑気味のクレイス。


「フ、フロンスさん、随分悠長にしているのだな……」

「クレイスさん。いえ、慌てる程に思考というのは阻害されますので平静のままいるだけです。何というか死人になってから私、感情が欠落してしまったのか、余り恐怖だとかを感じないんですよね」

「……ワ……ワァハハハハ!!」

「今のは笑う所ではありませんクレイスさん」

「――ぅっ」


 ギクリとしたクレイスにも気付かぬまま、フロンスは平坦に続けていく。


「シャルルさんが自由に歩き回れないように牽制して頂けますか?」

「その間にフロンスさんがハゲチャビンの打開策を練るという訳だな、承知した!」

「もっとも、ポックさんの風のベールが途切れるより前にあの“球”は教会を満たすでしょうから、数十秒の猶予としかなりませんが」


 グラディエーター達と共に前へと出ていったクレイスがシャルルへと応戦していくのを横目に、フロンスは喜々としながら涎を垂らすクリッソンを見つめ下ろす。


「何か分かったか家畜、もう充分にピースは揃っている筈だ……ぐっふふふ考えろ、精々その劣勢細胞を来たる死の瞬間までフル回転させるが良い」

「残念ながらまだ何も分かりません……ですが貴方の言葉とこれまでの行動を統合すると、どうにも腑に落ちない所は数点ある」

「ぐふぅ?」

「しかしそれを羅列すると、どうにも我々に勝ち目が無いかの様に結論づいてしまうので余り気乗りしないのですが……時間が無いので整理していきましょう」

「回りくどい言い方をするロチアートだな」


 挑戦的に顎を突き出したクリッソンに向かい合い、フロンスは眼前にて指を立て始める。


「まず一点。貴方は当初より何故、私達ののでしょうか?」


 そう言いながらフロンスが指を一本立てると、クリッソンは腕を組みながら視線を彷徨わせ始めた。それは思いの外に核心を突いて来た家畜に不意を突かれた何よりの証拠となったが、参謀はあくまで冷静を装いながら余裕を見せ付け続ける。


「恐らくそれは真実を隠蔽するという目的以上に、貴方の能力である『嘘つきフェイカー』が、私達の“思考”というものに何かしらの依存をしているからだ」

「面白いな……それで?」

「次に二点目。今現在こちらからの干渉を一切受け付けていない貴方ですが、騎士さん達が言っていた様に、それならば何故のでしょう。だって貴方は無敵なのでしょう、そんな事をする必要性が何処に?」

「裏切ったなどと人聞きが悪いな……しかし言った筈だ、私はシャルルを目覚めさせる為に――」

「それはですねクリッソンさん」

「――は?」

「1000という手駒は私達に対抗する上で馬鹿にならない数値であり驚異です。仮にシャルルさんの覚醒を促す為であったとしても、雑兵を手荒に使ってからでも遅く無かった筈……しかし貴方はそうはしなかった。それはつまり、臆病者の貴方が『嘘つきフェイカー』の行為であったとも推測されます」

「暴論だ。配下を見限る事と私の能力に、一体何の関係があると言うのだ」

「それは貴方が良く分かっている筈」

「……?」

「先程申した様に、貴方の『嘘つきフェイカー』は対象の“思考”から何らかの影響を受けている。わざわざあれ程の数の手駒を裏切り、分かりやすい位に絵に描いた“卑怯者”をのは、貴方の能力に“制約”があるから」

だと? くだらん、何を言うかと思えば……っ」

「その“制約”とは例えば――だとかそんな所でしょうか?」

「……も、妄想だ」

「貴方は1000もの配下を自らの保身の保険として切り捨てた。そして私達に“嘘”を並べ立て、その思考を煽り続けたのは恐らく――貴方の能力に

「黙れ…………家畜」


 気付けば唇を結んでプルプルと震えていたクリッソンへと、銀風に皮膚を激しく切り刻まれたフロンスが最後の指を立てて示す――


「そして三点目。貴方が言ったという発言。それから読み取るに、『嘘つきフェイカー』の能力とは――というものなのでは?」

「……!」

「貴方が正直に話した通り、その能力が攻撃には転換できない様で本当に良かった……もしそれも“嘘”であったなら、私達は既にここで息をしている事も無かったでしょうから」

「何をべらべらと好き勝手……!」

「――つまりです。貴方は情報が交錯し、混乱する状況程望ましかった……何故ならば対象の“思考”にその能力には、貴方に敵意や疑心を抱いて思考が多い程に行使できる力のバリエーションを増やしていく。それがすなわ

「こ、こここ……コノ!」

「貴方の“嘘”に惑わされ“煽られ”産まれた“思考”の数だけ、貴方は。違いますか?」


 今やヤカンのように火を吹いたクリッソンの鼻先を見つめるフロンスであったが、そこから得られた決定的な結論はやはり――


「だから……だからどうしたというのだロチアート……私の『嘘つきフェイカー』の真実を見破ったとて、そこに開示された情報は、ただ私がであるとの事実を再認識させただけだ」

「そう、そうなのです。気付かぬ内に貴方の敷いていた巧みな布陣には、もう打開のいとぐちさえもが残されていなかった……だから言いたくなかった」


 ハッと息を呑む音が各所から湧き上がった――

 戦闘能力を有していないその実、誰よりも恐ろしい能力を行使していた参謀は憎々しそうに小鼻をピクつかせたまま、傾げた首でそこらの生命を見下していった。


「だからどうしたというのだ……虫ケラ共が」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る