第411話 家畜への称賛


 静かなる怒りを携えたクリッソンがこめかみに血管を浮き上がらせると、フロンスはただ眉根を下げていった。

 フロンスの謎明かしに聞き入っていた騎士達は、改めて浮き彫りとなった真実に愕然として、もう争う事さえ辞めていった。


「分かったか、私とシャルルのコンビは無敵なのだ! 奴と二人でならば、いかなる戦場も我等の独壇場だった」

「ふむ……」


 深く頷いたフロンスがまたもや一本の指を立てたのに気付き、クリッソンは片眼鏡モノクルを輝かせながら顎を引いて表情を影に染めていった。


「しかし一つ、私達にとって光明とも言える“謎”が残ります」

「もう黙れ、座してガラスとなるのを待っているが良い」


 もう何もかもが無駄であると分かった上で続けられた戯言ざれごとを聞き流そうとしたクリッソンであったが、彼の怒りに震えた表情は、フロンスが次に言い放った一言で見事に硬直した――





 モゴつかせた口で言葉に貧したクリッソン。そんな彼を感情も無さそうに認めたフロンスは、自ら達が取るべく一つの行動を提示した。


「何か直せない理由があるのならば、シャルルさんの身を一気に砕き割る……それしか私達に残された救済の可能性はありません」


 鋭い目つきになったクリッソンは、密かに目前の家畜より語られた内容に驚愕としていた。



 ――まことに恐ろしい男だ……フロンスとか言ったかこのロチアートは。

 奴の考察通り、私の『嘘つきフェイカー』の全貌は――


 


 対象に数の制限は無く、範囲は丁度この教会内部と同じ。

 此奴こやつが赤目などで無ければ是が非でも私の右腕として欲しい位の人材だ。

 奴の推論……その実、全て真実へと到って一縷いちるの溢れ落としさえ無い……

 これだけの情報、たったこれだけの状況で、長年私が誰にも解き明かされ無かった能力の全てを解き明かした……なんと明晰めいせきなる頭脳なのか。

 まさか奴が自らへとほどこした『狂魂きょうこん』とかいう術が、“思考”という脳の領域のリミッターまで外しているとでも言うのであろうか……

 ――だが残念だ。貴様はその結論に到るのが

 私の構えた完璧なる地盤は、もう揺るぎようが無い“結論”へと通じている……


 一度瞑ったまぶたをゆっくりと押し開いていったクリッソン。好敵手を見極めた事で遥か遠くに忘れ掛けた己のプライドが燃え立ち、柄にもない熱っぽい視線をフロンスへと注いでいる。


「ほう、なるほど、わらにもすがるというのはこういう事を言うのだな、ぐふふふ……ならば試してみるが良い。を経てかつての姿を取り戻し掛ける――あの“狂気王”に」


「ファァァァあ〜〜!! 赦さん、絶対に赦さんぞお前達〜〜ッ! 銀へ〜……全てをガラスへと変えてやる〜〜、私をたばかる世界のスベテヲ〜〜ッッ!!」


 白き闘志を逆巻かせ、シャルルの“球”は遂に天井へと到る。薄暗かった筈の教会の内部、揺らめいたロウソクは突風に消え去り、そこにはが雪の様な嵐となって吹き荒んでいた。


「はい、もうそのわらに追いすがるしかありませんし……やってみせますよ。貴方に程に一挙に、大王の身を砕いてみせます」


 獣の眼光をシャルルへと移していったフロンスの横顔を睨み付け、クリッソンはまたもや強く歯噛みしていた。

 それは苦し紛れか無駄な足掻きの様にも思えるフロンスの見据えた目的がやはり、敵陣に残された微かな可能性であると彼は知っていたからである。

 先程フロンスがした様に、口元へと運んだ親指の爪をカリリと噛んだクリッソン……


 ――他の可能性も選択肢も全て潰した。だがこの家畜はやはり、常に正しき解答を導き出している……。

 だが一つ……のみ、奴の鋭敏なる見解にも些細な相違がある。


「貴様の知能に称賛の意を込めて、僅かな誤差とも言うべき解答を一つ修正してやろう」

「クリッソンさん……?」


 ニチャリと音を立てながら、クリッソンの黄ばんだ歯が露わとなっていく。そして首だけを振り返らせたフロンスは、嘘つきの語る言葉をただ黙して聞くようにした。


「私はシャルルの全身をのではない――のだ……何故ならばそれは、私にとっての破滅と直結しているから」

「……」

「ぐふ、この私――“嘘つきフェイカー”の戯言ざれごとをどう解釈する……ロチアート」


 吸い込まれる様な感覚に陥るクリッソンの渦巻いた眼力。フロンスはそこから視線を外していくと、前方で荒ぶるシャルルへと向き直りながら淡白なる一言を残した。


「もう考えたくもありませんよ、脳が……焼き切れそうです」

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