第397話 「ぁあ〜お前が友で良かった〜、生涯の友よ〜!」


「……ぁ……? ……あれ?」


 呆然としたままであったポックが、輝かしいまでの老王を見上げて気付く――


「クレイス、アイツの体ってガラスになってるんすよね……」

「気が付いたかポック……」

「あんなに激しく動いたってのに、どうして五体無事でいるんすか」


 冷や汗を垂らし、珍しい程に真剣な面持ちとなったポックへとクレイスは視線を移していった。


「それこそが奴を武人と言い表した所以ゆえんだ……流れる様に無駄の無い、美しきまでのその所作は、より流麗りゅうれいな程に身体に残す反動を少なくする」

「まさか、その身のこなしのお陰でガラスの体が割れないって言うんすか……」

「そうだ。そして同時にそれが、奴が武人としてかなりの高みにある事を示している」

「こりゃマズイっすねぇ……」


 二人が見上げる先のシャルルは、未だ先の余韻を残しているのか、“親愛王”であったその時を表出させている。


「ぐっふふふ〜良いぞシャルル! それでこそフランスの大王だ! もうお前の前に敵は無いぞ!」

「……」

「……ん? どうしたシャルル」


 何処と無く冷めた相貌をしたシャルルは、細く切れ長い目付きで眼下のクリッソンを真っ直ぐに見据える様にした。


「ぎくっ……」

「クリッソン…………」


 語らぬプレッシャーに押しやられたクリッソンが尻込みをした。そしてミハイル像の前で無様にわたわたとすると、冷ややか過ぎる大王の視線より微かに目を逸らそうとしていく。


「…………」

「ヒュー……知らないもーん、ピュピュー」


 何か彼に対してやましい事でもあるのか、クリッソンは滝の様な汗を流したままそっぽを向いて、わざとらしく口笛を吹き始めた。


「ヒュー、ヒュピュー……」

「…………」

「ピュピュっ……ピュー」

「…………クリッソン……クリッソン〜! ぁあ〜怖かったぞ〜!」

「……戻った? 戻ったのか……?」

「この身が砕き割られる所であった〜! あぁ〜九死に一生を得た様な心持ちだクリッソン〜」

「……お、おおーシャルルよ! お前の身を全力で心配する余り、息をするのも忘れておったが、無事で何よりだー!」

「あぁ〜クリッソン、クリッソン〜私の身を案じてくれるのはお前だけだ〜! お前が友で良かった〜唯一の友だ〜」

「おおそうかそうか、ぐっふふふ〜」

「“狂気王”などと呼ばれ、全ての者から軽蔑された私に良くしてくれたのはお前だけだった〜ぁぁ〜」

「ぐふふ〜そうであろう、そうであろう。まぁ気にするな、礼としての金銭は山程貰っておるからな」

「私が狂ってさえいなければ〜これ程お前に迷惑を掛けずにいられただろう〜どうして私は、いつから狂ってしまったのだ〜、それが私の人生を瓦解させてしまった〜」

「仕方が無いのだシャルルよ……そういった事は逃れようとしても逃れられぬもの……可哀想な大王よ、しかし私はお前の手となり足となって側に居続けるぞ」

「おお〜! クリッソン〜、私の為にそこまで〜! 友よ〜お前が友で良かった〜! また政治をやる時はお前の言う通りにしよう〜やはり狂った私よりも優しきお前の方が適任であろう〜」

「ぐふふ、そうか、お前がそういうのなら仕方が無いな……ぐふ、ぐふふふふ」

「お前は私の全てだクリッソン〜〜生涯の友よ〜!」


 シャルルの元へと悠然と歩んでいった参謀。

 じゃれ合う様な二人の会話を聞いていたポックとクレイスは、その目を通わせながら眉をひそめていった。


「何やら、きな臭い感じが……」

「するっすねぇ……」

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