第350話 暗黒騎士
「バァッハッ! かつて最強と呼ばれた布陣も、魔力という概念の介入によって無用の長物と化したのだ! 貴様はそんな事も知らずに未だ戦場に立っているのだ、化石の騎士よ!」
ゲラゲラと笑うラ・イルであったが、突如として大鎌を持った死神の影が落ちて来たのに気付き、顔を上げる。
「右足が悪いと見える」
「は――!」
エドワードの視線はラ・イルの引きずった右足へと注がれていた。彼は猛将の弱点を早くも見極めたらしく、頭上からの大鎌による避け難い一撃を振り下ろして来た。
「力はあるが随分と遅いな……獣のくせに」
足に後遺症を抱えるラ・イルは、恐ろしく早く、そして範囲のある巨大な鎌の一閃を避けられないであろう。
「溶岩魔法…………」
――であるにも関わらず、彼はバトルアクスにゆっくりと土を吸い上げながらエドワードに向かって飛び上がっていた。
虚を突いたつもりであるのかは知らないが、まるで動作の遅い体と時間を要する魔術の発動に侮蔑めいた視線を投げたエドワードは、眼下に迫り上がってくる獣の頭に悠々と狙いを澄ませる。
「哀れな、自らの
ようやくと小振りな溶岩を形成し終えたバトルアクス。刀身の前に浮かび上がった拳大のマグマであるが、それが放たれる前にラ・イルの首は大鎌に切り離されているだろう。
「笑止――!」
――首元へと迫る漆黒の大鎌。それは闇の太刀筋を残し……
「なに……?」
「烈風魔法――『
突如聞こえた地上からのザントライユの声と共に、下から吹き上がって来た緑色の旋風がラ・イルの体を上空へと推し進めていた。
眼下で緑色の風を纏わせたバトルアクスを振り放った獣人に、エドワードは一瞬視線を向ける。
「ナァッハ! 我等は二人で一つの双頭の獅子ぞ、ブラックプリンスよ!」
「……!」
憎々しそうに鼻を鳴らしたエドワードは、振り放った大鎌を立て直す暇も無いまま、その背に怒涛の熱波を感じて首を上空へと振り返らせる。
「『
「――!」
曝け出した背中へと、何時しか自らよりも高く舞い上がっていたラ・イルによって、バトルアクスより一塊のマグマが振り放たれていた――
「バァッハッハ!! なぁーにが“騎士道の華”だ! 貴様はその威光をただ弱き者へと注いで来ただけの、前時代の大虐殺者にしか過ぎんのに!!」
「ナァッハッハ!! さぁ押し潰れい亡霊よ、我等フランスは貴様からの負の呪縛を解き放つぞ!」
猛り合う二人の獅子が、黒騎士を焼き溶かさんとする熱を見つめて破顔した。
「少しはやる様だ……」
だが未だ冷静に状況を
「『
「バァアッ!?」
「ナァアッ!?」
エドワードの背後に一つの闇のゲートが開いていた。そうして光すらも呑み込まんとする暗黒の最中より、全身に闇を被ったかの様な漆黒のシルエットの騎士が一人這い出していた。
「――! ――――っ!」
「……臭いケダモノのせいで、兵を一つ失ってしまった」
ラ・イルの放ったマグマを受けたのは、光に照らされても暗黒に包まれたままの不可思議なる一人の騎士であった。恐らくは鎧を纏っているのだろう黒のシルエットが、燃え溶けて地へと墜落していきながら煙に消えていく――
「な、なんなのだぁソレは!! おのれエドワード!!」
怒りに任せて手斧を振り下ろしたラ・イルであったが、眼前の闇に溶けた黒騎士はまた何処かへと姿を眩ませてしまった。
「赤髭は力があり、茶髭は速度があると……そういった所か」
「エドワード――っ!?」
唖然としたザントライユは、獣の歯牙をギリギリと噛み締めながら、再びに黒馬に騎乗していた男へと視線を戻していった。
「ただそれだけの事……獣である事には変わらん」
抑揚も無い冷たい声音を残しながら、エドワードはその黒き大鎌を水平に払い、二匹の獣人を見下ろす。
ゆっくりと押し寄せて来たラ・イルの土魔法による土砂が、先の陥没した大地に雪崩落ちて地を
すると両者の兵達が睨み合い始める。両陣営の将はそれぞれに闘争の血を湧き上がらせていく。
「ゆくぞ赤目達よ、人間狩りである。より残虐に、草も根も掻き分けて徹底的に狩り殺せ」
「バァッハァア!! 血が騒いできたわ!」
「ナァッハッハァ!! 家畜に己の身分を思い出させてやるのだぁ!」
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