第349話 過去最強だったモノ


「ナァッハッハ! 何をするかと思いきや……まさかその兵法をそっくりそのまま流用するつもりか、いにしえの騎士よ!」

「バァッハハ! 時代に取り残された哀れな黒太子ブラックプリンスよ。貴様の知らぬ戦術や戦法、兵器や今や星の数程に膨れ上がっておるぞ!」


 嘲笑の的となるエドワード黒太子。しかし彼はピクリとも動かぬままで、兜に覆い隠された表情は分からない。

 

「私を笑っているのかケダモノ共よ。ならば試してみるが良い……醜いらしく、泥臭く何度でも」


 ただしその風格より分かるのは、このエドワードという男が未知なる敵陣を前にしながらも、まるで怖じける様子が無いという事であった。


「放て」


 エドワードの声と共に、左右に突き出す様に配置された弓兵よりクロスボウが放たれていた。


「ぐァ――!!」

「おのれ、この様な鉄片で……げほ!」


 高所の適切な距離から放たれる鉄の矢じりはその威力を増し、騎士のプレートメイルを貫いて肉を抉る。先程までとは比較にならない殺傷性能に、数人の頭がごろりと地に横たわった。

 倒れ伏した自軍の兵を見やりフンと鼻を鳴らしたラ・イルは、その赤髭を冷静に撫で付けながら引きずる右足で騎士の前に出て来た。


「モード・アングレ……別名ダプリン戦術。かつて猛威を奮ったこの陣は言わば待ちの一手。直前の騎行シュヴォシェとクロスボウによる射撃でその挑発効果は十二分か」


 ザントライユは怒りに震えて前に出て行こうとする騎士を制御したままラ・イルに並ぶと、堂々茶色のたてがみを揺らして腕を組んでいく。


「間を割る様に設置された悪地に踏み込めば、四苦八苦している間に左右に突き出した弓兵に蜂の巣にされる……よしんば突破したとしても、正面に据える屈強たる重装歩兵の前に辿り着く頃には死に体同然の兎と成り下がる訳だ……戦術の要となる弓隊は地形を利用するか、この様に杭で防壁を作るなどして難攻不落と化し、尚高所を陣取れば弓に勢いが付き、対して敵方からの弓は速度が落ちる」

「つまり貴様はいま絶好の地形を取り、息巻いていると……魔物含め約600ともなる兵数があれば、我等1000の騎士を討ち取るも容易いと考えている訳だ」


 並んだ獅子は牙を剥き出し豪快に笑うと、頭上でガチンと互いのバトルアクスを重ねて火花を散らす。


「バァッハッハ!」

「ナァッハッハ!」


 大胆不敵に矢面に立った二匹の獣人が不敵に肩を揺らし出したのを、エドワードは高所より傍観する形になって黒馬より見下ろしている。

 赤き熱波と緑の風塵ふうじんが猛将二人に絡み付きながら噴き上がると、彼等はその口を揃えて眼光をギラつかせていった――


「「所詮は臆病者の戦術よ!!」」

「……!」


 未知なる覇気を感じ取ったエドワードは彼ら二人の振る舞いに僅かに反応を示した後、ジッと観察する様に敵の出方を待った。


「フンッ」

「ヌルいわこんな戦術……なぁラ・イル!」


 迫りゆくクロスボウによる矢じりも、ラ・イルとザントライユの舞い上げる魔力の暴風に弾き飛ばされる。

 ――そしてラ・イルはザントライユの声に呼応しながら、赤き刀身に変わっていったバトルアクスに熱を絡ませた。


「ああザントライユ! こやつの取った戦法など、遅れにッ――遅れているッ!!」


 次にエドワードが視認したのは、練り上げられた対人戦術をいとも容易くひっくり返す“魔力”という奇天烈な能力の行使であった。


「なんなのだ……?」


 彼自身ナイトメア勢力の操る魔術は目にして来ているうえ、自らも稀有けうな能力を発現してはいるのだが、如何せん突飛極まるこの力の性質は予想が付かず、あくまで“前時代”に置いてのみ絶対無敵であった戦術は、敵の打ち出した初手に無残に半壊させられる事となった。


「溶岩魔法――『紅蓮泥グレンデイ』!」

「……!」


 深く被った兜の奥で静かに驚愕したエドワードは、赤く熱を滾らせた手斧に引き寄せられる様にしてラ・イルの足元から舞い上がっていく土石に刮目する。やがて一塊となった膨大なる土流は、その身から凄まじい熱波を解き放つドロドロの溶岩となって解き放たれた。


「マグマ……?」


 迫る猛炎に顔を覆いたくなる程の熱を感じていると、それは悪地を形成していた境界線へと突き落ちて仕込んだ火薬に引火した。

 凄まじい衝撃に土が舞い上がり大地が陥没すると、熱によって赤々と変色した土壌が残る。


「成程、相分かった」


 ラ・イルによる凄まじい一撃に恐々としたロチアート達の前で、観察を終えたエドワードはおもむろに黒馬から降りて、闇より黒の大鎌を現した。


「エドワードさん、何を?」


 火薬による爆炎が高く上がり、舞い飛んだ土砂が未だ宙を舞う景観にて、ロチアートはそう黒騎士に問い掛けていた。


「何を……? 当然駆除である」


 異色の力を操る強烈なる獣人を前に、怖じける様子を微塵も見せずにエドワードは早々と決断する。

 そして固まった土石が敵兵の視界を遮るその瞬間を見計らい、足元の闇へと溶けて消えた――

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