第336話 捨て駒? それがどうした、俺はココがいいんだッ
「ヘルヴィム……まるであの時のままの相貌だな?」
鴉紋では無く、彼と調和を果たしたルシルの記憶が、彼にそう告げさせた。
血の渦巻きが空に打ち上がるのを合図にして、走り始めた500の魔族と1000の騎士達。
遂に
「ダルフは……?」
憎き怨敵の姿が無い事に気付いた鴉紋は、入り乱れる人波に視線を投げる。
「
「……ふん!」
即座に開かれたスータンの懐より二本の釘が投げ放たれたが、鴉紋は眉根も動かさずにそれを拳で叩き落としていた。
「奴等一行はミハイルと共に宮殿に座しているぅぅ……何やら良く分からんがぁ、奴の手駒としては、そこに配置するのが最善手であったのだろう」
「……貴様もまたミハイルの手駒という訳か、小さく纏まったものだな、ヘルヴィム」
「あぁぁ……忌々しいが、俺も、そしてここにいる家族達もまた、駒の一つとしてここに配置されているに違いないぃ……更には貴様の首をここで取れるとも考えてはおらんのだとよぉ、まさに捨て駒、貴様を消耗させるだけのなぁぁ」
「……そこまで分かって、尚も貴様はここで笑っているのか、馬鹿馬鹿しい」
「あぁそうだぁ……だがぁ――」
――弓形にした笑みでニタリと笑んだヘルヴィム。その
「
大渦を巻きながら空へと立ち上っていく血の大河の中で、激しい音を立てて回転を続ける紅の車輪。
「ミハイルなど知るかぁ、奴の目が見る運命とやらも
目前に打ち流した大河に入り混じり、ヘルヴィムは姿を消して鴉紋の目前に現れていた!
「『
まるでチェーンソーの様なエンジン音を響かせて、猛烈に回転する紅の車輪が鴉紋の頭に振り下ろされていく。
だが鴉紋は、その一撃に向けて手を伸ばす――
「甘えきったこの世界で、貴様の力も弱まっているんだろうヘルヴィム?」
「ぅぬ――――っ?!」
「今の貴様の首をへし折る事など、赤子の手を捻る程に造作も無い事だッ!!」
回転する車輪を掴んで止めていた鴉紋の豪腕。息を呑んだヘルヴィムへと黒き膝が突き上げて、その顎を吹き飛ばさんと狙いを澄ます――
しかし鴉紋の目論見は外れる事となった。
「…………っ?!」
「甘えきってんのは貴様の方だ蛇ぃ……」
あろう事かブチ上げた鴉紋の膝は、ヘルヴィムの固めた両肘に叩き落されていた。
「なんだと……っ」
砕けぬ物などこの世に存在しない程の破壊力を身に付けた鴉紋の
永く茫漠な刻を消費して練り上げられた代行人の力と技術、そして執念に、鴉紋は一瞬呆気に取られてしまった。
――すると頭上より、鴉紋を見下す声がある……
「我等は常に進化を遂げて来たぁ……貴様を倒す為、貴様を殺す為! 前よりも強く、もっともっととぉおおオオオ!!!」
「――づぁッ!!」
掴まれた大槌より手を離し、溜め込まれた右のフックが鴉紋の頬を打って殴り飛ばした――!
「な……?」
無様に転倒した鴉紋は、目を白黒とさせながら、そろそろとダメージを負った自らの顔に触れる。
一介の人間の繰り出した攻撃に、刃も通さぬ鋼の黒き皮膚が窪み、口からは血が溢れ出して鉄の味を染み渡らせた。
そして見上げるは――堂々たる態度で顎を上げた神父の男。彼の背に逆巻いた血の大河には、
「その程度かクソ蛇ガァあ! 我等の悲願として来た宿敵はぁあ!! こぉぉんなにも軟弱な男であったというのカァァアア!!!」
凄むヘルヴィムという脅威を見上げ、血を拭った鴉紋が眼光を鋭くしていった。
「人の身でそこまでいけるのか……チッ、ウザってぇ」
そして空に十二の黒翼が逆巻くと、大地に無数の黒雷が降り落ち始めた。
――そして猛る!!
鴉紋もまた、目前のヘルヴィムという人間と同じ程の、いまに血管が破裂せん勢いで!!
「ッウザってぇエエエエエエエエ――ッッ!!!!」
「ハレェエエエルヤァァアアアアア――ッッ!!!」
大地が揺れ、空が歪み、人々が殺し合う――
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