第297話 輝きの道となれ
*
宮殿前広場へと降り立ったフゥドとダルフ。彼等が先ず目にしたのは、傷尽き果てた騎士達の姿であった。
「お前達! メロニアスは!?」
開口一番フゥドはガルルエッドに詰め寄る。すると彼は歪んだ相貌のまま、動揺した目付きでダルフとフゥドの姿を見やる。
「フゥド? な、なんで貴公がダルフ・ロードシャインと」
「Shit! のっぴきならねぇ理由があんだよ! それよりもメロニアスは!」
「奥だ、奥の鍛冶場に……」
「あぁそうかい! 何でお前達はこんな所で手をこまねいてやがるんだよ!」
震える指先で宮殿を示すガルルエッド。するとフゥドは、彼の背後でうずくまった騎士達が嗚咽を漏らし始めたのに気付く。
「なんなんだよあの悪魔は……」
「ムリだ……どうやったって、あんな存在に抗える訳が無い」
酷く混乱した彼等の様子から見るに、やはりベリアルが騎士を
兵の数も今や数えるほどしか居ない。それに彼等は一様に、肉を
ダルフは投げ出された一つの長剣を拾い上げながら、フゥドを急かし始める。
「既にベリアルはメロニアスの元へと向かっている。急がなくては!」
お前に言われなくても分かってる、とでも言いたげな顔付きで、フゥドは走り出したダルフの襟首を掴む。
「お前は鍛冶場の場所も知らねぇんだろうが! 向こう見ずに突っ走るな、俺が前に出る!」
「ああ……っ早く行ってくれ!」
あの災厄の元へ向かおうとする二人。その背中を眺めたエールトは、恐怖に塗れた形相で彼等に話し始めた。
「ルルード様が……中で、ルルード様がぁ」
「あ!? ルルード……ルルードって言ったのか!」
「フゥド……!?」
その名を聞くと、何か尋常で無い雰囲気を醸し出し始めたフゥド。地に伏せたままのエールトに詰め寄りながら、彼女の震えるまつ毛を見下ろしていく。
「ルルード様が一人で、私達の為に……でも、でもぉ、もうきっとルルード様は……っえぇ〜ん」
泣き喚くエールトを認めながら愕然と彷徨った視線。フゥドは今更に気付き始めた馬鹿な自分へと怨嗟を吐いていた。
「蛇の足止めが出来る唯一の存在……shit、何で気付かなかったんだ!」
「おいっ!」
ダルフを追い抜き、何もかもを捨て置いて全速力で駆け始めたフゥド。何の
しばらく行った先の大扉を蹴破ったフゥドはようやくと立ち止まると、その大広間に広がる惨状を見渡していった。
余りに悲惨な光景にダルフは声を漏らした。
「なんて酷いんだ、人が液体になっているのか?」
二人が見渡すは、豪快に打ち崩された壁と溶けた天井。地に敷き詰まった肉と血と鉄の液体。原型を留めた者は数少なく、最早吐息すらもが立ち上らずに、鼻腔から脳にまで達するかの様な腐臭が立ち込めている。
「ぅ……あ、……」
そこに一人、未だ微かに形を保っていた男にフゥドは走り寄っていた。
「ルルード
閉じかけていた瞼をゆっくりと起き上がらせたルルードは、青褪めた顔でニヤリと笑うと、僅かに残された右手で自分の頭上にしゃがみ込んだフゥドの頬に触れた。
「フゥド……八年ぶりか?」
「おじ……さん」
「てんで顔を見せやがらねぇから……伯父さん、夢にまでお前を見ていたんだぜ」
満足気な表情でフゥドを見上げるルルードの体は……無残にも溶け落ちて、もう上半身しか残っていなかった。
「こんな無様な姿、お前に見られたくは無かったな」
「おじさん……ごめん、俺……俺」
「おーおー……泣き顔もそっくりだぁ……」
「……っ」
「良かったなぁ、あの馬鹿な父親の方に似なくって」
「おじさん!!」
歯を喰い縛って泣くフゥドの頭を、ルルードは嬉しそうに撫でて瞳を閉じかけていく。
「ルミナの……忘れ形見よ……」
フゥドの元にまで歩み寄ってきたダルフに気付き、彼は振り返らぬままに叫び付ける。
「行け……先に行け!」
「ぁ……フゥド」
「直ぐに追い付くから、とっとと行きやがれクソボケがぁ!!」
言われたダルフは、その大広間から奥へと続く腐食された道筋を追って消えて行った。
「喧嘩をするな……親戚だろう」
「……」
「本当は直ぐにでも逃げろと言いたいが……この結末を変えなければ、至る結果は同じなのだろう……」
フゥドの溢した涙を頬に受けて、ルルードはもう焦点の定まらぬ視線を投げ出していた。
「ロードシャイン。その名に込められた意味を噛み締めろ、フゥド」
「……っ」
「今……世界は闇に覆われ様としている。暗く深い絶望という混沌に……」
「あ……っ」
ルルードの冷たい掌が、フゥドの頬を離れて地に落ちていった。
だが彼は苦痛に呻き、今すぐに眠ってしまいたいのにも抗って、何かを伝えるべく現世に立ち止まり続けている。
「蛇を討ち……“
「標……?」
「そう、だ……暗黒を照らす。光の標……民の標に」
「無理だよ俺には……とてもそんな風には」
首を振ったフゥドは、内心怖じ気竦んでいた自分を吐露し始めた。そしてベリアルの圧倒的エネルギーを思い返して
「俺は親父と一緒で魔力も練れない……あの人みたいに闘いの天才でも無い、ただの平凡な人間なんだ」
「……」
「俺の様な凡才にそんな大層な事は出来ない……虚勢を張って、強く見られようと振る舞っているだけの空っぽの人間さ。ここに来たのだって、父さんに呆れられたくない一心で……」
「フゥド…………」
「あの蛇を、ベリアルを討つ事なんて、出来損ないの俺には想像も……」
――弱気を溢すフゥドの額が、俯いた顔が、その時引き起こされていた。
「母を、そして父を信じろ……そこから産まれた、更なる強さを持った自分を」
一度地に落ちた筈の掌が、今一度舞い上がり、フゥドの髪を掴んで顔を上げさせていた。
「おじ……さん?」
それは長く生きた彼が見せた、最期の“熱”――
「
老騎士の放った今際の言葉に、フゥドは頬を強烈に引っ叩かれたかの様な衝撃を覚えていた。
そして今一度見定めた“自分”で拳を握り、甲の聖十字の刻印を発光させていく。
「しばらくは、ルミナと二人で静かに暮らしたいんだ……」
「……!」
力無く床に掌を落としたルルードが、フゥドを見上げたまま瞳を淀ませていく。
「おじさん……!」
「だからよぉ……来るんじゃねぇぞ、すぐにはよ」
「……っ」
「お前も……お前の、馬鹿……親父も」
「逝くな、逝かないでおじさん!」
「お前に看取られて、幸せだった」
息を止めたルルードは瞳孔を開いていきながら、頭上から見下ろした相貌に向かって手を伸ばす。
「あぁ……ルミナ」
そしてフゥドを見詰めながら伸ばされた手は、あらぬ幻影を見ながら、パタリと彼の胸に落ちて動かなくなった。
「ぉ……じさ………………」
けれど彼が次に起こした咆哮は、先程までの彼とは違う、並々ならぬ気迫と力に満ちたものであった。
「ぅウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッッ!!!!」
握り込まれた聖拳が、眩い光と共に決意を宿す。
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