第286話 「駄目だぁ……駄目だ駄目だ駄目だぁぁ……――ッッゼンッゼンッ駄目ェエエエエエッ!!!!」


 彼にとっては余りにも軽い十字剣を手に、ダルフとヘルヴィムは得物を構え合う。


「ダルフっ私も……手伝う!」


 行く末を見守っていたラァムは、閉じ掛けた瞼を揺すって魔物を数匹呼び出した。


「ありがとうラァム。でも大丈夫だ……」

「でもダルフ……あの神父様、とっても……とっても強いよ」


 ダルフは頑なに首を振ると、柔和な視線を少女へと戻していった。


「ラァムは、その力を制御する事だけに注視してくれ」

「力……でも私、どうしたらいいか……」


 暴走する彼女の能力――『魔物使い』。今現在、ラァムの感情によってのみ反応しているその力が、都の民を狂乱の渦に巻き込んでいる。


「君にならきっと出来る。俺はそれに全てを賭けた」

「でも私、出来る自身が無い……もしそうなったら、またダルフ達に迷惑を掛ける」

「……」


 頭を抱えてしまったラァムは、自らの仕出かした事の重大さを理解し始めて、また瞳を潤ませる。


「ごめんなさい、私が人間を憎んだから……だから魔物さんが出て来ちゃって……私のせいで……っ」

「……人を憎む事もあるさ」


 ダルフは思う。ここまでの長き旅路で、自らが感じて来た人間の醜悪さと劣悪さを。彼等の低俗と悪魔の様な一面、その報われぬ結末を……


「恨んでしまう事もある。力を振り上げてしまう事も……当然だ。時に彼等は醜く、とてもおぞましい一面を露見する」

「……っ?」


 ――――けれど……


「それでも、守るべき人はいる。好きになれる人もいる。幸せになって欲しい人がいる……例えそれが、ロチアートであろうと、人間であろうと、そこに境界線なんて無いんだ」

「……っ」

「俺がロチアートを思う様に……君が人間を思ってくれた様に。俺達は、必ず分かり合う事が出来る」 


 ラァムは強張った肩を下ろし、困り果てた様な、けれど何処かほくそ笑むかの様な複雑な表情を落として……


「だから……ラァム!」

「…………うん!」


 ――少女は確かに頷いた。


「クッハ! ガッハハハハハ!!」

「……!」

「大した御高説だぁぁ、俺よりも神父に向いてるんじゃあねぇのかぁ?」

「馬鹿にしているつもりなのか?」

「とんでもねぇぇ。俺の礼拝ミサには毎週ぅ、黒の狂信者クソガキ共しか来やがらねぇんだ……クフッフハハッ!!」


 遠慮も無しの豪快な皮肉に、ダルフは胸の前で手を打っている男へと視線を戻していく。


「随分な言い草ぁぁ……巨大過ぎる野望ぅぅ……鼻持ちならねぇぇッソノ態度ぉおおッッ!!」


 大気震える怒号を受けてダルフは身構える。対してヘルヴィムはと言うと……


「ふぅぅうウン……っ」


 理解の出来ない程に、歯を剥き出した満面の笑みを落としていた。


「ヘルヴィム……」

「ならば早速見せて貰おうかぁ……貴様の前で道を阻むぅ、コノ俺をどうしてクレルのかァァァアア!!」


 ヘルヴィムは頭上に掲げた大槌を、両手で握って眼下へ振り下ろす――

 地を陥没させる衝撃で、オレンジの空へと飛び上がった黒のスータンが、風にはためきながらダルフの頭上へと墜落して来た――


「『狂怒ディヴァイン・神罰パニッシュメント』ぉぉオオオオ!!!」


 一振りで人間を肉塊にしてしまうであろう、その聖十字の一撃を、ダルフは転がって避ける。


「エンチャント――『絶雷ボルトノヴァ』!!」


 ダルフは十字の長剣に雷撃を貯め込んでいく。だが雷光は効率良く刀身に巡っていかない。


「ヘェェアアアラァッ!!」

「く……っ!!」


 ヘルヴィムの大槌と鍔迫り合った長剣が、いとも容易くヒビ割れてしまう。エンチャントによる強度の補強もまるで意味を成していない。

 

 ――やはり、あのクレイモアでないと駄目なのかっ


 しかしダルフは、すぐに雑念を振り払ってヘルヴィムを見据えていった。


 ――いいや、あれは砕かれた。もう砕かれてしまったのだ。あの男に……おぞましいあの悪魔に!

 ――――だから!


「今の俺に出来る全てを!!」

「ハ――!?」


 ダルフの前蹴りを大槌で防いだヘルヴィム。地に道筋を残して仰け反ったその隙に、ダルフのひび割れた十字剣が彼を襲う。

 ――だが愚直な太刀筋は、巨大な聖十字に容易に受けられた。そして砕け散っていく銀の破片――


「馬鹿か貴様ァァッ!! フザケてんのかぁあ!!」


 残った柄を投げ付けて、泥臭い争いを強行していくダルフ。その余りの愚かさに眉をしかめたヘルヴィムは、歯軋りを立てながら、大きく飛び退いたダルフへと迫り始めた。


「フザケてなど……いないっ!!」

「……ヌっ!!」


 ダルフが舞い降りたのは、数多投げ捨てられた十字剣の元。そして彼は稲光纏う両手で、突き立った銀の二本を両手に握る――!


「うおおおおお――ッ!!!」

「ぬがぁーーッ?!!」


 銀の双剣の乱舞が、茜空に鮮烈な切り筋を残す。息もつかせぬ連撃が、ヘルヴィムの聖十字を押し返し、砕け飛び散った破片が頬を刻んでいく。


「アアアアアア――ッ!!」

「ク……!! く、く……ッ!」


 折れた剣は投げ棄て構わず、地に落ちた長剣を次々に拾い上げてヘルヴィムへと振り下ろす。白銀の破片、茜に降り注ぎ、一閃一閃に白き雷撃を込めて渾身の力で振るう――

 ――しかしヘルヴィムは怒りに打ち震えながら、次にこうダルフを叫び付けていた。


「苦し紛レじゃねぇぇかこのボケガァァア!!」

「――ぁッぐァア!!」


 踏み込んで放たれた、大槌による中段からの切り払いが、ダルフの僅かな希望すらをも無慈悲に粉砕していった――

 一挙に両手の剣は砕かれ、足元に転がった無数のストックをも薙ぎ払われたダルフは、よろめいた隙に胸ぐらを掴み上げられる。そして静かな三白眼が、彼を間近に睨み付けた。


「ッ離、せッ……ぐぅお!」

「駄目だぁ……駄目だ駄目だ駄目だぁぁ……――ッッゼンッゼンッ駄目ェエエエエエッ!!!!」

「――――ッッ!?!」


 力任せに大地に叩き付けられたダルフは、その衝撃に高く跳ね上がって白目を剥いた。

 そして続け様の十字架の鉄槌が――


「遊んでんじゃぁねェエエエエッ!!!!」

「ぇボぁ――――ッ!!!」


 ダルフの腹を突き破るまま、地に埋め込まれた。

 

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