第283話 ガキの始末


 痛快無比にフゥドを殴り飛ばしたダルフに、ピーターは歯を食いしばって恍惚とした。


「くぅうううッ!! んもうッ堪んないわよダルフくん!!」


 そしてテンションが上がり、バッタバッタと信者をなぎ倒し始めるピーター。


「フフ……毎度遅いのよ、帰ってくるのがね」


 微かに頬を緩めていたリオンもまた、より一層と激しい猛攻で、進撃を始めるダルフをお膳立てしていく。


「お願い魔物さん……!」


 生きる事を渇望し始めたラァムの願いに、魔物達が答え始める。彼女の周囲には再びに、あのフゥドをも手こずらせた二匹の大狼が現れて、取り巻いた信者を押し返していき始めた。


「……ヘルヴィム」


 好転する戦況の最中で、ダルフは不敵に座り込んだままの、丸いレンズを輝かせた男に視線を注いでいった。


「待て……待てよこのHoly shitクソ野郎……!」


 ダルフの背後から、頬を抑えてヨレヨレと立ち上がったフゥドが、息も絶え絶えなままに拳を構え始める。


「何処行くってんだShit! 馬鹿にしてんのか……まだやれる……俺は、まだ……!」


 脳震盪のうしんとうを起こし、視線の定まらないフゥド。ダルフは彼を一瞥いちべつしただけで、再びにヘルヴィムへと視線を戻していった。


「ん――!?」


 ――しかしそこに、先程まで悠々と座っていた神罰代行人の姿が無くなっていた。

 そして頭上から迫り来るプレッシャーに目を剥くと、ダルフは空を仰いでいた――


「ギィエエエエエエエエ――ッ!!!」


 だくだくと溢れ出す血を飛散させながら、ヘルヴィムは聖十字の大槌を地に叩きつけていた。

 その衝撃に亀裂の走る大地。揺れる足元。


「――ぅううらぁああ……」


 とてつもない破壊槌を飛び退いて避けたダルフは、彼を睨め付ける。しかしヘルヴィムは口元から煙を上げたまま、聖十字を肩に担ぎ上げて、先ずは意識朦朧もうろうとしたフゥドの元へと歩み寄っていった。

 彷徨さまよう視線がヘルヴィムを見上げていく。


「ヘルヴィム……神父、俺はまだ……まだやれ――」

「みッッともねぇぇだろうがこのボケナスがぁぁああ!!」

「カ――――!!?」

 

 強烈な衝撃音の凄まじい張り手が、フゥドの頬を捉えて吹き飛ばしていった。そのまま壁に打ち付けられたフゥドは吐血する。


「フゥドォォ……おごったなぁ、驕っちまったんだよぉお前はぁぁ、それは大罪の一つだとぉ、俺はお前に教えた筈だぁぁ」

「――――ァっ」


 過激なしつけを終えたヘルヴィムはダルフへと振り返る。


「ふしゅううううぁぁ……」


 その全身を影に包み上げながら、丸いレンズを光らせた代行人は、まるで体内に間欠泉でもあるかの様に、口から白い煙を吐いて空に巻いていく。


「13番目の神罰代行人、ヘルヴィム・ロードシャイン……」


 改めて相対してみても、ダルフはこの苛烈な神父に、何処か人外めいたエネルギーさえ感じた。何があったのか、体中に風穴を開けた様子で血を垂らしてはいるが、未だその大火がくすぶる様子は感じられない。


「ダルフ・ロードシャイン……侵入者にしてぇ……ヴェルトの継子けいし


 ぶつくさと呟いたヘルヴィムは、紫色の瞳をこれでもか、と吊り上げて憤激し始める。


「ヴェルトォォ……忌々しい名だぁ、あの分家のクソオヤジィ……クソッッ!! クゥゥソオヤジィィイ!!」


 並々ならぬ私怨でもあるのか、彼はダルフの父の名を連呼しながら天に吠え上げた。憤怒に塗れた声とともに、余りに強く踏み抜かれた敷石が破裂していく。

 捻じれ、逆巻いたオレンジの髪をややばかり落ち着けたヘルヴィムは、感情の窺い知れぬ面相を影に潜める。


「勝手に逝きやがってぇぇ……あのボケが……クソボケがァ……」

「父さんを、知っているのか……」

「はァァ?」


 すると二人の会話を遮る様に、ラァムの召喚した二匹の大狼がヘルヴィムへと飛び掛かっていった。

 黒の狂信者達は、未だ苦戦を強いられていたけだものが、二匹同時にヘルヴィムへと襲い掛かっていったのにうれいの声を上げていく。


「しまった、ヘルヴィム神父!!」


 するとヘルヴィムは肩に担ぎ上げていた大槌を下ろし、その眼光を猛烈に灯らせる。


「――――邪魔ッッッッ!!!」

「ギャウん――ッ!!」


 下から突き上げた大槌で大狼の顎をかち割ったかと思うと、そのまま強引に振り抜いて、二匹目の獣の胴をも叩き伏せる。


「す、すごい、ヘルヴィム神父……」


 大怪我を負っているとは思えない強引なやり方で、二匹の驚異は瞬く間に消え去っていった。狂信者達はそんな彼に煌めいた視線を向けるが、当の本人は不服そうに彼等を叱り付け始める。


「貧弱ッなぁあんッッて貧弱なんだテメぇぇらはぁあ!! さっきから不甲斐無いったらありゃぁあしねぇえ!!」

「ィ……ッ」

「こぉんな雑魚に手こずってんじゃあねぇえ!! 神へのお祈りが足りねぇんじゃねぇのかぁ……アアーッ!!?」


 恐々とした彼等であったが、すぐにいきり立って走り始める。


「見ていて下さいヘルヴィム神父!! 今すぐに災いの元凶を! このユダを始末してみせます!」

「フザケンナァアッ!!」

「フゥえ……ッ!?」


 ヘルヴィムの怒号に彼等は足を止めた。そして不可解な声にそろそろと振り返っていく。


「そのユダは今は捨て置いておけぇ……冷たい氷に射貫かれてぇ、一挙に爆発四散したくなければなぁ」


 無数のスータン達を相手取りながらも、虎視眈々こしたんたんとこちらへの攻撃の機会を狙っている、リオンとピーターをヘルヴィムは見やる。


「お前達は奴等の相手をぉ……俺は……」


 勢い良く首を捻り、ゴキンと凄まじい音を立てたヘルヴィムが、嬉しそうにダルフを見下ろしていった。


「このを……!」

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