第277話 死ぬべき少女


「この子は……農園の、生き残りだ。シェルターを破壊した神罰代行人から、俺を救ってくれた」


 慌てふためきながら、目を瞬いているラァムをダルフを見やる。


「俺は、この子も救いたい……」

「……」


 しかしリオンは、怪訝な面相をしてダルフへと口を開き始めた。


「この魔物騒ぎの原因となったロチアートを?」

「……っ」


 この少女の能力をやはりリオンは見抜いていたらしい。

 驚愕で口に手をやったピーターは、ラァムを見下ろしながら憐れむ様に目を細くした。


「やっぱりこの子がそうなの? 確かに魔物を使役している様にも見えたけど……」

「待ってくれ……この子は、ラァムは無自覚なんだ!」


 咳払いと共に吐血したダルフは少女を擁護する為に、痛みに悶えたいのを堪えながら二人に説明していく。


「この子は、目の前で家族を殺された……おそらくその時に、ラァムの力は突発的に覚醒してしまった。今でも訳も分かっていないんだ。魔物だって、この子が自ら差し向けた訳じゃない……!」

「……」


 必死に自分を守ろうとしてくれるただ一人の男に、ラァムは潤んだ瞳を向ける。


「……事情は分かったわ。でもどうするの?」

「リオン……」

「貴方は民を守りたい。だけどこの子がいる限り、魔物は人々を喰らい続けるわ」

「……」

「貴方はどちらを選ぶの、ダルフ」


 淡々とした口調で突き付けられ命の天秤。表情も表さないリオンに、ダルフは確かな視線を返していった。


「命を秤になどかけられない!」

「あら、貴方はそれをイェソドの都で学んでいるでしょう? 安っぽい口先で誤魔化そうとしないで」

「……っ」


 隠し立てた心中を読み解かれて、ダルフは眉をしかめた。


 ――そんな彼にリオンは、能面の様な顔つきのまま言い放つ。


。でなければどちらとも失う。貴方はそれを知っている筈よ」


 ダルフは奥歯を噛み締めて呻くと、ラァムへと陰る瞳を向けた。


「ラァム……魔物を止められないか?」

「え……」

「人間が憎いのは分かる……だけど今は、どうか退いてくれないか?」

「……ダメだよダルフ、私どうしたらこの子たちを止められるのか、わからないよ」


 会話の最中に襲い掛かって来た魔物を、ピーターが払い除ける。やはり少女には、イマイチ魔物の制御が効かないらしい。


「ごめんなさい……」

「……」


 瞳を伏せてしまった二人の間にリオンは口を挟み始める。


「もっとも、この子をどうしようが、既に呼び出された魔物は消えないでしょうけどね」

「リオン、だったら……」

「だけど無尽蔵に湧き出す魔物は抑えられる」

 

 容赦の無い詰問にダルフはたじろいでいく。表情の変わらぬ鉄面皮が、有無も言わさぬオーラを解き放ちながら、彼を見下ろしている。


「私はどちらでも良いの。でも覚えておいて。私が聞いているのは、万の民を救うか、一人の少女を救うのかって事」

「……」

「どちらも救いたいと願った貴方が、かつてどんな目にあったか覚えているでしょう?」


 正義の辛辣さを前に、ダルフは胸を締め付けられた思いのままラァムを思った。


「ダルフ、私……私……っ」

「く……!」


 つぶらな瞳で困惑する少女。彼女は勇気を振り絞ってダルフを救ってくれた恩人でもある。


「そんな事、俺には……っ」


 そんな少女を切り捨てる事など、ダルフには出来よう筈が無かった。


「私は、ダルフくんには悪いけど、都の民の命を優先するべき思う」

「ピーター……」


 眉間を寄せたピーターが、何か心苦しそうにしながらダルフとラァムを交互に眺めている。


「確かにこの子には同情の余地がある……だけど今の都では、この子のせいで沢山の人が死んで、苦しんでる」

「それは……だけど、ピーター!」

「この子と同じ様な子ども達が……何の罪もない子ども達が、きっとこうしている今も殺されているんじゃないかしら……」

「……っ!」


 ダルフはふらふらと立ち上がってピーターの元へと歩み寄ると、懇願する様に首を振りながらその腕を取った。


「わかってる。でもラァムは何も悪くないんだ……自分から魔物を都へ差し向けた訳じゃないんだ!」

「ダルフくん……」


 彼の必死の形相を認めたピーターであったが、結局困り果てながら視線を反らしてしまった。


「ごめんねダルフ……」


 ポツリと落ちた少女の声に、ダルフは振り返っていった。


「私がダルフの元に行ったのは、人間を殺して欲しいって頼む為だった」

「……」

「魔物さんに都を襲わせたつもりは無かったけれど……もしこの力に気付いていたのなら、きっと私は同じ事をしたと思う」

「ラァム……?」

「私は人間が憎い、憎いの。魔物さんにみんな殺して欲しいくらいに……憎い」

「待ってくれラァム、そんなの……!」


 何かを悟った様な表情で、少女はダルフに赤いロチアートの瞳を向けた。


「……憎いの」

「――――!」


 少女の瞳はもう濡れてなどいない。ただそこにあるのは――無情なる哀しみ、それのみであった。


「信じてくれてありがとう。でも私悪い子なんだよ……」

「……ッ」

「人間にとって、私は悪い子で、不必要な存在でしょ?」


 寂しげな表情をしたラァムがダルフへと歩み寄って来る。


「何を……ッ」

「いいの……」


 そして少女は、随分と大人びた表情で全てを諦めながら、懐から小さなナイフを取り出してダルフの手元に握らせていった。

 ――そして自らの首元へと、無慈悲なる銀を押し当てさせる。


「いいよ、私ダルフなら……ダルフになら殺されてもいい」

「あ……ぁっ」

「また違った形で、私みたいなロチアートを救ってね」

「そん……なこと、俺に!」

「大丈夫、本当は無理だって思ってたし、少し駄々をこねてみただけなの……無理言って本当にごめんね」

「イヤだよ……ラァム!」

「怖くないよ私……妹や、お兄ちゃんやみんなの所に帰るだけなの、私一人だけ、ちょっと抜け駆けしちゃっただけだから」

「ぁあ……!」

「本当は私、生きていちゃダメだったんだよ……だから、お願いダルフ。せめて好きになった貴方の手で……」


 ――苦渋の決断を迫られるダルフ。

 その執行は正義の為にある。


     正義の為にある――――!


「あああぁッ!!」

「お願い……」


 ダルフは真っ赤に充血した顔で、押し付けられていく刃に抵抗していた。


 ――正義。

 この子を殺す事が、


「アアアアア――ッ!!」


 ――!!


「キャッッ!!」

「あぅう……あ、あぁぁ」

「ダルフ……?」


 口や鼻からありったけの水を垂れ流したダルフは、ガチガチと歯を鳴らしながら、握らされたナイフを地に叩き付けていた。

 一泊置かれた静謐なる夕暮れで、リオンは彼の行動を咎め始めた。


「駄目よダルフ! 貴方の望む未来の為にやりなさい!」

「出来な……そんな事出来ない……俺に、そんなっ」

「貴方は正義を見定めた筈よ!」

「こんなの正義じゃ……俺の求めた正義なんかじゃっ」


 ――その時、緊迫した空気の渦中へと、荒々しい青年の声が無数の足音と共に流れ込んで来た。

 そして何処からともなく飛来してきた火球が、倒れていた大狼を焼き払っていく。


「随分楽しそうにしているじゃねぇか……Shit!」


 棒付き飴を転がしたフゥドを先頭に、黒の狂信者とヘルヴィムがダルフ達を取り囲んでいった。

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