第271話 貴方は神父様なんでしょう!


「フゥぅぅぁ……!」


 口元から煙を立ち上らせた男が、聖十字を引き摺りながらシェルターの内部へと踏み出し始める。


「わヒャぁあ――っ! だ、誰か来たよダルフ!」

「……く……っ」


 ダルフの膝下に泣き付いていたラァムは飛び上がると、豪快に登場した髪を逆立てた男に怯える。


「ダルフ!」

「う……っ」


 ダルフもまた神罰代行人の姿を視認していく。しかし苦悶の表情を浮かべたまま、上手く動き出さない体に四苦八苦するしか無かった。


「あぁ〜? まぁぁたロチアートユダか。連れの女といいぃ、つぅくづく罪を重ねる奴だぁ」


 大股で詰め寄ってくるヘルヴィム。彼の放つ明らかに攻撃的な気配にラァムも気付いて、震えながらダルフの背後に隠れてしまった。


「何時まで寝てんだ侵入者ぁ……ならばユダから先にぃ、この鉄槌でぇ」


 聖十字を肩に担ぎ上げ、紫色の視線がジロリとラァムへと指し向く。眉根を寄せ始めたダルフであったが、やはり体は言うことを聞かず、口から言葉を発する事も叶わなかった。


「ねぇ!! 貴方神父様でしょう!?」

「あぁ〜?」


 涙を浮かべた少女は、決死の思いでヘルヴィムの担いだ聖十字を指し示していた。


「神父様なら、十字架を引きずったりしちゃダメでしょう!」

「はぁああ〜? 何だこの妙なユダはぁ、農園の生き残りかぁ?」

「神聖なる十字架で人の事を殴るなんて、神様が絶対に許さないんだからね!」

「ユダが意志を持ち始めたぁ……まぁた一つ厄災が起きようとしているぅ。やはり侵入者は災いを引き寄せる。一匹残らず消し潰すしかねぇえ」


 唸り始めたヘルヴィムに向けて、ラァムはここぞとばかりに彼に言って聞かせようと声を荒立てた。


「ダメよ! 神様に怒られる前に早くその十字架を下ろすの!」

「…………」

「だって貴方神父様なんでしょう! 言い訳があるなら神様に誓って言ってみなさい!」


 冷ややかな目付きでラァムを見下ろしていたヘルヴィムが、口の端から蒸気を吹き上げて鼻眼鏡をギラつかせた。

 ――そして彼女の要望通りに宣誓する。


「――ウルセェェエエエエエッ!!」

「ぃぃいいいいっ!」


 凄まじいヘルヴィムの怒号に、ラァムは泣き出しながら耳を塞いでしまった。


「逃げ場はねぇぞぉ……侵入者共ぉ」


 敵意を剥き出しにした男が歩み寄って来ると、ラァムはまたダルフの背中へと隠れていった。


「どうしようダルフ……!」

「……逃げ…………」


 その微かな声を耳に拾い上げた代行人が、口角を上げて白い歯を見せ始める。


「逃げるぅ、何処にだぁ? ……テメェらの背後ははお堅いシェルターに塞がれてるじゃねぇかぁぁ」

「付いて来てダルフ!」

「そぉおやってお前はまた逃げるのかぁぁ? 逃げて逃げて逃げてニゲテェ!!」


 ダルフの車椅子を押して、ラァムは背後の壁に体を押し付け始めた。


「ふん……んんんん〜っ!」


 魔力をジワジワと吸い上げるシェメシ鉱石に身を預けた少女に、ヘルヴィムは憐れみの目を向ける。


「血迷ったかぁ? 可哀想になぁぁ」

「んん……にゃぁぁあ!!」

「いぃ〜や全然可哀想じゃねぇえ。死して然るべし……故ニィイイ――ッ!!」

「あと、ちょっとおお〜っ!」


 ヘルヴィムが神の鉄槌を頭上に構えたその瞬間――


「…………あ?」


 ラァムとダルフ、二人はまとめて壁の向こうへとスポンと抜けていった。


「あ……?!」


 標的が忽然こつぜんと姿を消し、一瞬訳が分から無くなったヘルヴィムは首を傾げると、しばらく顎に手をやって考えてから――


「あああああぁぁ――ッッ!!?」


 はち切れんばかりの怒りと共に声を上げていた。

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