第131話 暗黒の襲来を待つ剣闘士

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 十字架に縛られたダルフを荒々しく引きずり下ろしたリオンが、ダルフを引き摺っていこうとするが――


「もぅ……っ重いのよ!」


 諦めて地に放り投げてしまった。意識の無いダルフはされるがままに転がっていく。先程まで彼を取り返す為に尽力していたくせに、彼女自身はダルフを乱暴に扱っていた。


「何を食べたらそんなに重くなるのよ」


 仰向けに転がったダルフの頭上にしゃがみ込んだリオンが、生白い額をピシャリと打つが、当然何の反応も帰って来ない。


「……」


 まだ肌寒い夜風が二人の髪を流していく。


「あなたはダルフさんの仲間の……」


 背後からそろそろと歩み寄って来ていたクレイスの存在に気付いていたのか、リオンは振り返ったり驚いたりする事もせずに、筋骨隆々の野太い声に答える。


「リオンよ」

 

 クレイスはまだ少し様子を窺う様に慎重な口を開いた。


「ダルフさんは一体どうなってるんだ? 胸を潰されて死んだと聞いたが……俺にはどうも、彼が今にも喋り出しそうな程に見えるんだが」


 リオンが面倒そうな顔を惜しげも無く見せながら振り返ると、ぞろぞろとクレイスの後方にロチアート達が集まって来ていた。神妙な顔付きでダルフを見下ろしている。

 一人のロチアートがリオンに向けて語り始める。するとそれに続くように声が重なっていった。


「その人は俺達を思い、助けようとしてくれた。必死にずっと言えなかった俺達の心の内を代弁してくれた」

「ダルフさんは俺達の味方だ。俺達ロチアートの希望」

「そうだ。ナイトメアの終夜鴉紋様と同じ……俺達の救世主だ」


 好き勝手に語る浅黒い男達に、リオンには嫌気が差して来た。


「勝手に解釈しないで。ダルフはあなた達だけの味方では無いし、終夜鴉紋は彼の宿敵よ」


 彼女の言葉を聞いてロチアート達はひそひそと語り始める。

 前に出たクレイスが彼女への問いを変えた。


「リオンさん、あなたもロチアート……ですよね?」

「さぁね」


 そっぽを向いてしまったリオンにクレイスは尚も続ける。ズケズケと歩み込んでくるこういうスタイルが、リオンの一番嫌いなタイプなのである。


「隠さなくてもいい。分かってる」

「で、何が言いたいの?」

「俺達の仲間にならないか?」

「はぁ?」


 怪訝な表情を向けてクレイスの心の内を覗き込むが、どうやら邪な思いが内在している訳では無い様子だった。ニッコリと微笑みながらクレイスは続ける。


「もうじきナイトメアがこの都を襲撃するとの噂を知っているか?」


 クレイスの言葉を聞いていた後ろの仲間達が彼を止めるが、クレイスは手を挙げて「この人はダルフさんの仲間だ」と言って彼等を制した。余程内密の情報であるらしいが、彼等にとってダルフという名のネームバリューもまた、余程のものである様だ。

 人を惹き付ける彼の不思議な力が、今は嬉しいやら面倒やらで煩わしく感じる。


「その時に俺達は決起するんだ。そうして、この呪われたコロッセオから脱し、鴉紋様と共に、人間達に報復するつもりだ。君も一緒に来ないか?」


 謀反を企てる重大な話しに、ロチアート達は皆真剣な面持ちでリオンを窺っている。この話しが漏洩すれば、彼等はたちまちに不安分子として処理されるのだから。

 しかしリオンは深い溜息と共に言葉を返すのだった。


「お断りよ。言ったでしょう。の目的はその終夜鴉紋の打倒よ。敵と手を組んでどうするのよ」

「君もロチアートだろう? 人間が憎いから憲兵隊を皆殺しにしたんじゃあ無いのか? このまま宮殿に戻っても、ただでは済まないぞ」

「違うわ。私がゴミを一掃したのはダルフを奪われたからよ。それ以外の理由なんて無いし、どうだっていい」


 ざわめき始めるロチアート達に対して、優しげな表情をしたクレイスは、リオンの向かいにしゃがみ込んで顔を突き合わせると、次に視線を下ろしてダルフの亡骸を眺め始めた。


「少し分かって来た」

「……なにが?」


 クレイスはゴツゴツとした指でダルフの潰されていた筈の胸を確かめる。


「君が死んだ筈のダルフさんにそこまでこだわる理由。誠に信じられないが、もしそうであるならば、君の妙な行動の全てに辻褄が合う」


 リオンが意外そうにして筋肉男の声に耳を傾け始める。プライバシーは無いが、存外に聡い男の様だ。


「思えばダルフさんは元々、死んだ筈の反逆者として紹介されていた……それに、死後3週間も経過するのに腐乱しない所か、体が治癒している。恐ろしい事にその臓器までも。死者の体を治癒する魔術なんて、天使の子の力以外に聞いた覚えもない」

「はぁ、面倒ねあなた……」

「君はさっき、俺達の誘いを断るのに、の目的とやらを理由にした。かつての仲間の思いを継ぐにしても、あの状況において主語を複数形にするのにはやや違和感が残る。それにダルフさんは――」


 長々と語り始めたインテリ筋肉に向けて、リオンは思わず立ち上がって距離を空けていた。体がこの男を拒絶しているのか、さっさと立ち去りたい一心で、投げやりに彼の推理の答えを提示する。


「そうよ、ダルフは『不死』よ、蘇るの。これで満足? 疲れたからもう帰らせて」


 衝撃的な表情を見せたクレイスが目を丸くして喜び勇む。


「やっぱりそうなのか!? ダルフさんが本当に返ってくるって言うのか!?」


 理解不能なクレイスの反応に、リオンは言葉を返す。


「何喜んでるの? あなた達がナイトメアにつくというなら、ダルフはあなた達の敵になるっていうのに」

「ぁあそうか……はっはっは……でも、嬉しいんだ」


 溌溂として笑うクレイスに、リオンは背を向けた。


「帰るわ」

「そうか……」


 そう言って立ち去ろうとするリオンを見過ごそうとするクレイスであったが、後ろの取り巻き達か騒ぎ始める。


「待てよクレイス。奴はセフト側の人間だ。このままにして俺達の謀反を告発されたりしたら、全員一巻の終わりだ」


 リオンがロチアート達へと振り返って、額に掛かる前髪を分ける。何時でも魔眼を発動させられるという威嚇の様だ。


「じゃあどうするの? 私を止められるロチアートが、ここに一人でも居るって言うのかしら……」


 押し黙るロチアート達を、クレイスが笑顔でなだめ始める。

 するとリオンは去り際に一言、面倒毎を避ける目的でもって付け加える。


「私はこの都が滅ぼうと、あなた達が謀反を起こそうと、どうだって良いわ。私が見たいのは、ダルフが終夜鴉紋を打ち破るその瞬間だけなのだから」


 複雑な心持ちのロチアート達を差し置いて、リオンはコロッセオを立ち去っていく。


「ダルフさんに俺達が礼を言っていたと伝えてくれ、リオンさん」


 クレイスの微笑みを背に受けながら、リオンは冷たく返す。


「自分で伝えなさいよ」


 闇に消えていったリオンであったが、程なくして忘れ物に気付いて悠然と戻って来た。そしてクレイスに指を差し向ける。


「筋肉。ダルフそれを宮殿まで運べ」

「はっはっはっ! 了解した」

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